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第2話 廃工場にて

「ひもじい……ひもじいよぉ……」


 異世界から転移してきて一週間。情報収集の末に様々なことが分かった。

 まず一つ目に、この世界は元居た世界から百年間もの月日がたっているということ。

 孤児院で暮らしていた阿蓮に元々身寄りなど無かったが、この時代では宿なんて絶望的だ。廃工場の隅で雨風をしのぎ、身分証明の必要ない日雇い労働で金銭を稼ぐ必要がある。

使われている科学技術も見たことが無い。車は日常的に空を飛んでいて、誰もスマホなんて持っていない。

 だが意外と服装は百年経っても変わらないらしい。転移時に来ていた日常服を着ていれば怪しまれることは無かった。


 二つ目に魔法だ。この世界では阿蓮は魔法が使えない。この世界に帰ってきたその日、何度も魔法を試してみたが小さな火を一つ灯すことすらできなかった。何かあった時の為に魔法に頼り過ぎず、身体をある程度鍛えておいてよかったと阿蓮は思った。


 そして三つ目。あの二つの天高くそびえる摩天楼についてだ。

 廃工場の錆びたトタン屋根の隙間からも見える二対の摩天楼は、この世界の科学技術の粋を牛耳っている二大企業の本社屋だ。


 東の赤黒い光を纏った社屋を構えているのは『槙島(まきしま)財閥』だ。

 この百年の間、これまでの電子機器に使用されていたどれよりも優れた伝導率を持ったレアメタルの合成素材となる鉱脈が東京の地下深くのみで発見された。その合成方法と地中深くの掘削権を保有していた槙島財閥は、世界の科学技術レベルを百年早めたと言われている。

 また、その技術で巨大な資金によって発展途上国の支援と開発を一手に担い、瞬く間に世界経済の二分の一のシェアを獲得した。


 西に聳え立つ青白い巨大なビル。その下に広がるいかにも前衛的なフォルムの施設群は『メタ・アトラス』傘下の会社が広がっている。

 世界の物流とネットワークインフラを一手に担うメタ・アトラスは、資源こそ槙島財閥に寡占されているものの、世界的に卓越した頭脳が集まっている。

単純な技術力という面で言えば、槙島財閥の追随を許していない。

 

 そしてどちらにも共通して言えることだが、この二社の管理下にいない全ての人間には、いわゆる基本的人権は保障されていないと言うことである。


 阿蓮のように、どこの馬の骨とも分からない人間はこうして寒空の下でひもじい思いをする他ない。


「それにしたって酷いだろ……。市民パスだかなんだか知らないけど、それを持っていなければ給料の半額が持っていかれるなんて。事前に説明してくれよ!」

 

 廃工場の隅にあったボロ毛布に包まり、阿蓮は泣き叫ぶ。

 あるときは一国を救った大賢者と言えども、魔法が使えないのであれば、この世界での生は保障されない。


 阿蓮はポケットからこの時代の紙幣を取り出す。一日働いても、手に入ったのは二日分の食料を賄えるかどうかほどのはした金だ。描かれている偉人には、全く見覚えが無い。


「英世さん、一葉さん、諭吉さん……。この見知らぬ世界で貴方たちだけが、俺の心の支えだと思ってたのに……誰なんだよこのオッサンたちは!!」


 皺の入った紙幣と数枚の硬貨を、手のひらでくしゃくしゃに丸める。


「ピッチャー大きく振りかぶって……投げました!」


 ――ズガァン!!


 それ同時に、廃工場内に巨大な炸裂音が響き渡る。


「あ、あれ? そんなに強く投げつけたつもりは……」


 戸惑う阿蓮。それもその筈だ。大賢者だったころの阿蓮ならまだしも、今はただの一般人だ。石ころを投げたとして、成人男性のそれと同じ程度の力でしか投擲できない。

 そう考え込む暇もなく、炸裂音は続けて二度三度、廃工場内を駆け巡る。

 炸裂音は段々と阿蓮の方へと近づいてくる。そうして六度目の衝撃が廃工場を襲った後に、闇から一人の少女が姿を現した。


 ボロボロの姿の少女は阿蓮の姿を見つけると、悲痛そうな表情を浮かべて、絶え絶えになりながら口を開いた。


「だ……れか知らないけど……逃げなさい。見つかったら、口封じされる……わよ」


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