リニアモーターカー
田中は、受話器を耳元から離し、一瞬、沈黙した。そして、調子に乗って喋り過ぎた自分を諌めた。いくら竹馬の友である親王とはいえ、客観的に見れば、部外者である。情報の守秘義務の観点から見れば、企業モラルを問われる会話である。それどころか、この会話が、公になれば、コンプライアンス違反で、手が後ろに回ることも、充分、考えられる。
「…加藤、ちょっとしゃべり過ぎたようだ。最後の案件に関しては、キーワードだけ教えるから、詳細は、別ルートから情報を入手してくれないか?すまんな」
親王としても、あまり聞きすぎて、友人の立場を悪くすることは本意ではないので、会話を打ち切るにはよい頃合いだと思った。
「いや、もう充分だ。おまえの協力には、いつも感謝している」
田中は、その言葉を聞いて、ほっとしたのか、安堵のため息を吐いた。
「…親王、覚えておけ。“パシフィックスタジアム計画”だ。じゃあ、切るぞ。おやすみ」
親王は、友への礼を述べて、相手が受話器を置くのを待った。
「ありがとう」
そして、電話を切り、いま聞いたことを、頭の中で、整理した。
(まず、“K育成プログラム”が、自治体による自前のミュージシャン育成プログラム。そして、“SNS観光”を実現するための自前インフラの用意。最後は、“パシフィックスタジアム計画”か…どうやら、自治体は、観光対策に、本腰を入れる気になったようだな)
そう思ったとき、親王の頭の奥で、なにかが光った気がした。それは火花ほどの閃光でしかないが、明らかに閃きの印に違いないと感じた。
「…確か、3日前の新聞記事に、リニアモーターカーの記事があったな。神奈湖県駅が相模山市にできるとあった…なにか、関係あるのかな?…そして、K育成プログラム、SNS観光に、パシフィックスタジアム計画という、まだ内容はわからないが、多分、大きなスポーツスタジアムの建設計画が、この恵母子市で進められているようだ…点と点。いくつもの点を繋げると、全容が見えるはずだが…この街で、いったい何が起ころうとしているんだ?」
親王は、腕組みをして、この“パズル”を組み立てた後に、どんな“絵”が完成するのかを考えていた。そのとき、きょうのコンサートに出演する香坂百合亜が、リハーサルのために、ギャラリーに入って来た。