SNS観光
加藤親王は、出入りの造園業者である津久井岳志への電話を終えると、すぐさま友人の田中健作に電話をした。
「あっ、もしもし、加藤だよ。久しぶりだな。俺?ああ、もちろん、元気だよ。今日は、ちょっと、おまえに尋ねたいことがあって連絡したんだ」
親王の幼なじみである田中健作は、印刷所を経営しており、恵母子市役所をはじめとした行政機関からの仕事の依頼も多い。必然的に、各行政機関との人脈も出来るから、いろんな情報も集まるはずと、親王は考えている。
「おお、久しぶりだな。おまえが連絡してくるからには、なにか情報を寄こせということなんだろうな。なにを知りたい?」
親王は、田中の率直な性格を、好ましく思っている。
「おまえは、話が早くて、ほんと助かる。おまえんとこ、恵母子市から、広報誌の印刷、請け負ってたよな?最近、新しく新設された“芸能推進課”についての原稿の入稿はなかったか?」
田中の反応は、速い。
「もしかして、K人材育成プログラムのこと知りたいのか?おまえんとこのギャラリーに出演しているジャズシンガーの“卵”たちを、売り込もうという算段だろ?」
親王の声が、明るさを増した。
「♪ピンポーン♪のようだな。K人材育成プログラムという名称なのか?俺の勘は、まだまだ鈍ってはいないようだ。で、どんな内容なんだ?概略だけでも教えてくれ」
親王の耳に、電話越しに、資料を弄る音が聞こえた。
「ああ、あった。…えーとな、簡単に言うと、市の財源確保を、観光客の増員を図り観光客が飲んだり食ったり、遊んだりする金で賄いたいという発想が根底にあるプロジェクトだ。市民の多くが、認識しているように、ここ恵母子市には、観光資源となるスポットがほとんどない。アロハビーチと、地元出身の国民的歌手の醍醐剣介の…ほら、恵母子市には大きな会場がないということで、お隣の平岡市のサッカースタジアム借りて凱旋ライブコンサートやっただろう?あのときにつくった記念モニュメントくらいしかない」
親王は、ここまで聞いて、田中のことばを制止して、自分が話を引き取った。
「…観光資源に恵まれないわが街ではあるが、一縷の光明があった。醍醐のコンサートが集めたファンの数が、2日間で、約3万人。同時にインターネット配信中継をやったんだが、その視聴者が、なんと合計6万5千人。行政は、ここに眼をつけたんだろ?」
田中が机を、握りこぶしで軽く殴る音がした。
「ビンゴだ」
親王は、さらに続ける。
「要するに、第2、第3の醍醐剣介を、この恵母子市から輩出したい。例えは、悪いが、“客寄せパンダ育成プログラム”がその実体だな。しかし、なかなかおもしろいな。自前で、育成すれば、やれ、肖像権だ、やれ、パブリシティ権だなどという面倒くさいことを考えなくてもいいし、なによりも莫大なマージンを割譲する必要もなくなる…問題は、その制度を立ち上げ、運用できる人間がいるかどうかだな…」
今度は、田中が話を遮った。
「加藤、話はそれだけではない。これは、市民はもちろんのことだが、行政機関のごく数人しか知らされてないネタがある…」
親王は、つばを飲み込んだ。受話器をもつ手に力が入る。
「観光という概念を根本的に見直したバーチャル観光を自治体自身で行う。観光客に来てもらうのではなく、こちらから出向く。動画配信で、楽しんでもらうということだ。行政機関の連中は、“SNS観光”と呼んでいる。これは、端にプラットフォームをもつというだけでなくデータ通信のための回線ケーブル自体も自前で敷設し、それを地域IP網に繋ぐ計画だ。これは、やがて導入されるであろうネット選挙をも見据えての取り組みなんだ。計画を練るにあたり、おまえも知っているように、前回の米国の大統領選挙で行われた不正投票問題を教訓として、同じ轍を踏まないようにとの配慮がなされている。投票システム運用を、どんなかたちであれ、民間に依存すれば、恣意的な介入を受ける可能性があるからな。そこで、システムの全運用を、自治体自身でやりたいと考えるようになったんだ。つまり、公正な選挙を実現するためのインフラ整備を兼ねているというわけだ」
田中は、調子に乗ったのか、語気を強め、さらに言葉を継ぐ。
「まだあるぞ…」