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ラスボス

聖は、エレベーターの中で、スマートフォンに届いたメールをチェックした。妻からの連絡があった。


「波多野沙織選手、ロサンゼルスオリンピック出場、決まりましたとのこと。いま、サーフィン協会から連絡がありました」


恵母子市在住のプロサーファー波多野沙織が、ロサンゼルスオリンピックに出場が決定したとの報だった。


「うむ、これは、朝から縁起がいい……交渉には有利な材料となるな」


聖は、独り言ちた。エレベーターは、6階に到着し、ドアが開いた。勝手のわからない聖は、目の前の議会事務局のカウンターにいた職員に、案内を乞うた。


「おはようございます。本日、佐堂市長より会議への参加を要請され伺いましたゴッドインターナショナル株式会社の鈴木聖と申します。お取り次ぎ願えますか?」


若い女性の事務員は、内線電話で、市長室に彼らの来訪を告げてくれた。


「……こちらに、どうぞ。すでに市長と、お客様2名様がいらっしゃいます」


そう言うと、その女性職員は、2人を応接室まで案内した。彼女がドアをノックすると、太い声で返事があり、招き入れる言葉が聞こえた。


ドアが開かれる。


聖は一礼し、入室し、左手の壁に、歴代の市長の写真が飾られていることに気づき、一礼した。修羅は、日頃の粗暴な振る舞いを封印さたかのように、大人しく、聖の背中に隠れるように立っていた。


目の前には、10人以上が座れるであろう応接テーブルと革張りのソファがあり、立ち上がろうとする2人の男性と目があった。手前には、市長の佐堂がおり、やはり、立ち上がるところだった。


先客とは、歌手の醍醐剣介と恵母子市議の大栄勇斗である。


「鈴木さん、本日は、わざわざご来庁、ありがとうございます。いま、本日の議案について、こちらのお二方と打ち合わせさせていただいていました」


佐堂は、聖に、来庁への感謝の言葉を述べるとともに、握手し、着席を促した。大栄が、席を移動し、佐堂の横に座り、空いた席には、聖と修羅が座った。


「鈴木さん、本日は、先日ご相談させていただいたプロジェクトについてのご意見を、お伺いしたいのです。……その前に、お二人を紹介させていただきますね」


佐堂は、掌で差し示しながら、剣介と大栄を紹介した。


「……まずは、こちらが、ご紹介するまでもなく、鈴木さんもテレビでおなじみだと思います。恵母子市出身の歌手の醍醐剣介さん、そして、わたしの隣にいらっしゃるのが、市議の大栄さんです」


そして、二人を紹介した佐堂は、今度は、醍醐と大栄に、聖を紹介した。


「…醍醐さん、大栄さん、こちらが、サーフボードメーカー・ゴッドインターナショナル株式会社の代表である鈴木聖さんです。サーフィン業界では、日本サーフィンの草分け的存在として、“レジェンド”と呼ばれていらっしゃいます……大栄さんは、ご存知ですよね?」


大栄が、大きく頷いた。横から剣介が、聖に声を掛けた。


「鈴木さん、お久しぶりです。その節は、たいへんお世話になりました…」


剣介と聖は、昔、聖が、剣介主演のテレビドラマに、サーフボードを提供し、波の乗り方までも指導している縁から顔見知りだった。


「おお、まさか市役所でお会いするとは思いもしませんでしたが、お元気そうでなによりです」


聖も、懐かしそうに、握手を求めた。一通り、挨拶をすませた後、佐堂が、目に微笑みを浮かべて、聖に尋ねた。


「鈴木さん、こちらの少年は、どなたですか?」


みんなの視線が、修羅に集まった。修羅は、見知らぬおとなに注目されて、身をかがめた。聖は、修羅の方に右手を置き、紹介した。


「すみません。この子が、先日、お約束したときに、お断りしておいた同伴者です。長田修羅くんです。中学一年生のスケーターであり、わたしの“秘密兵器”です。なかなか見どころがある子でして、洞察力が鋭く、本日の会議で、有益な意見を出してくれるはずです」


修羅は、尊敬する聖から、“秘密兵器”と紹介されて、うれしくなった。しかし、中学生の自分に、いったい何を期待しているのかと、ただでさえ、緊張しているところに、さらに不安が増した。


佐堂は、身を縮めるように座っている修羅をリラックスさせようと、右手を差出し、握手を求めながら、声を掛けた。佐堂は、修羅の特異な容姿には、とくに触れるようなことはしなかったが、内心は、非常に興味をもっていた。


「(鈴木さんが、冗談にしても、“秘密兵器”と呼び、しかも、重要なこの席に同伴して来るのだから相当な才能をもっているにちがいない。それにしても、透き通るように白い肌だなぁ。髪の色もシルバーだし、もしかしたら、ハーフ?)修羅くんと言うんだね。“秘密兵器”とは、カッコイイな。スーパー戦隊みたいだね。今日は、わざわざありがとう。よろしくね」


修羅は、褒められて、佐堂に好感をもったが、恥ずかしさから、挨拶の言葉が出ない。その様子を見守っていた大栄が助け船を出した。


「修羅くん、ようこそ、僕は、大栄と言います。幼稚園児の格好をしているけど、きみよりは年上だよ」


声を掛けられて、改めて注意を払い気づいたのか、修羅は、大栄の不似合いな姿に、笑いが噴き出した。


「あはははは。おじさん、おもしろいね」


修羅が、場の雰囲気に馴染んだように見えたので、佐堂は、大栄に、目で感謝の意を伝え、言葉を引き取った。


「……さて、本日は、東京より醍醐さん、地元のサーフショップ代表として、鈴木さん……そして、“飛び入り”で、当自治体の市議である大栄さんを交えての討議となるのですが、まだお見えになっていらっしゃいませんが、実は、もう、お一人、この会議にとって、非常に重要な存在となる方をお招きしています」


修羅は緊張から解き放たれて、油断したのか、脳裏に浮かんだジョークが口をついた。


「ラスボスだね!!」

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