うつくしいアヒルの子
勝ち気な性格なのだろう。修羅は、果奔の心配してくれる言葉に、素直に応じられないようだ。もしかすると、二人の境遇の違いが、影響しているのかもしれないと、剣介は思った。
今度は、果奔が言い返した。
「アッシュといったら、相変わらず素直じゃないなぁ。…だから、クラスのみんなから“怪物”なんてあだ名付けられて、陰口を言われるんだよ」
剣介は、果奔の言葉を聞いて、まるで、自分が揶揄されているようで、内心、ドキッとした。知らなかったとはいえ、つい先程まで、修羅のことを“幽霊”扱いしていたのだから。
(…怪物であれ、幽霊であれ、どちらにしても、修羅にとっては、いい気分はしないだろう)
剣介は、修羅が、周囲の者から、心無い言葉を投げ掛けられ、きっと苦しんでいるに違いないと思い、同情した。ところが、当の修羅は、これっぽっちも悲観している様子もなく、明るく言い放った。
「あはははは。確かに、みんなの言う通り、俺は“怪物”だよ。ただし、“身体が”という意味じゃない。俺が言う“怪物”とは、“精神力”が、みんなの理解を超えているという意味なんだけどな。どんなに意地悪されたって、怒ったりしないからな。俺の心は、“怪物”みたいに、大きくて、強いんだ。そして、もっともっと、大きく、強くしなくちゃいけないんだ。俺が大人になって、いずれ社会に出たら、もっともっと、嫌な思いをする。だからといって、それらの一つ一つを気にしてたら、引っ込み思案の弱虫になるって、母さんが言ってた。俺もそう思う」
修羅は、果奔を見据えて、言葉を続けた。
「みんなの俺へのいじめは、“神様の進級試験”だ。俺が、立派な大人になって、サーフィンの日本選手権で優勝するにふさわしい人間かどうか、神様が試してるんだ」
修羅は、そこまで言うと、少し間を置いて、言葉を継いだ。
「…それに、おまえたちからすれば、病気だから、俺が辛いと思っていると考えるだろうが、俺は、この症状を、そんなに嫌ってはいない。“アルビノ”って言ったっけ…詳しくは教えてくれないけど、母さんは、『おまえの姿は、神様が与えてくださったんだ。おまえが、人生の中で、ここ一番の大勝負に臨むとき、神様はおまえが世界中のどこにいたって、探し出して“運”を授けてくれる。世界中の人間の中からおまえをすぐに見つけるために、特徴を与えてくださったんだよ』と言ってた。それに、白いトレーナーを着た俺が、スケボーで、跳躍する姿を見て、米軍基地の友達は、『スワン‼️』と言ってた。俺は、正直、誇らしかったぜ」
(アルビノ…)
剣介には、聞き覚えのあることばだった。
(確か、白子症といったな。生まれながらに身体の色素が不足している状態で、約2万人にひとりに発症するんだっけ。毛髪、体毛、皮膚、眼などの色に影響し、視力障害などの症状もあるんだよな)
そして、修羅は、笑いながら、最後にこう言って、話を締めくくった。
「果奔、“みにくいアヒルの子”って、知ってるだろう?黒い白鳥の雛が、白いアヒルの雛に、『黒くて醜い』といじめられ、仲間外れにされるけど、やがて、成長して美しい白鳥になるという寓話だな。俺も、白鳥の雛なんだ。でもな、俺は、“美しいアヒルの子”。生まれながらに、白いのさ。あははははは」