充血
修羅が果奔から板材を受取り、自宅アパートの部屋へ戻って来ると、父の哲朗が、缶ビールを片手にもち、お気に入りのバラエティー番組を見ながら、大声で笑っていた。
(バカ親父、アホ面さげて、いったい何がそんなにおもしろいのか…)
「父さん、どれだけおもしろいのか知らないけど、もう少し離れて見なよ。眼、悪くなるよ」
修羅は、腹の中で、小馬鹿にしながらも、肉親の情を失っているわけではない。父の健康を気遣っていた。
「おお、友達、帰ったのか?…何かくれるとか言ってたけど、食べられる物か?そうなら、つまみにするから、少しくれよ」
哲朗は画面から視線を逸らすこともなく、ぶっきらぼうに答えた。意地汚い言葉を投げ掛けた後、取ってつけるように言葉を継いだ。
「そうそう、ゴッドのスズキさんって人から電話があった。『もしも明日、都合がいいようなら、10時に、市役所の受付へ来てくれないか?』だってよ」
修羅は、驚いた。あのレジェンドと呼ばれ、大人達ですら、一目置く、サーフィンの神様が、中学生の自分に用があるという。
「レジェンドが?…それで、父ちゃん、何て答えたのさ?」
修羅は、この非常識で欲張りな酔っ払い親父が、レジェンドに、失礼なことを言ったのではないかと、内心、心配だった。哲朗は、胡座をかいたまま肩越しに、修羅の方を見た。
「ん?おまえ、どうせ夏休みだし、用事があるにしても、板切れに乗って遊ぶだけだろ?行かせますと答えておいた…なんだ、食い物じゃないのか…気の利かないガキだな」
修羅が小脇に抱えた板材を見て、恨めしそうな顔をしている。その無精ひげの伸びた父の顔を見て、修羅は驚いた。
「父さん、眼、真っ赤だよ!痛くないのかい?」
哲朗の両眼は、まるでホラー映画に出て来る化け物のように充血していた。瞳の周囲が、血の海のように赤く染まっている。充血というより、内出血と言ったほうがよいだろう。哲朗は、テレビのブラウン管に触れるほどに顔を近づけ、鏡に自分の顔を映すようにして、眼の状態を確認した。
「んー、ぜんぜん。それに、ここのところ、たまにこうなるんだ」
哲朗は、まったく気にする様子もなく、ブラウン管から顔を離し、また番組に集中し始めた。
「ふーん。おかしいと思ったら、病院、行きなよ」
修羅は、父の横顔に声を掛け、部屋へ入った。
(市役所って、どこにあるんだろう?)
板材が手に入った安堵感からか、まだ午後8時だというのに、睡魔に襲われた修羅は、布団に潜り込みながら、明日のことを考えていた。




