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市政のご意見番

 恵母子市長である佐道輝(さどうてる)の横に座った市議会議員の大栄勇斗(だいえいゆうと)は、言葉にならない感動を味わっていた。

 

(辣腕で知られる佐道市長の横に座り、向かい合う相手は、人間国宝とまで讃えられる国民的歌手の醍醐剣介(だいごけんすけ)である。この町に生まれて来て、本当によかった…)

 

 黙って、噛みしめるように、感慨にふけっている大栄に、佐道が、声を掛けた。剣介は、微笑みを浮かべて、大栄の言葉を待っているようだ。

 

「…さて、大栄さんの芸能推進課についての案というのをご紹介いただけますか?」

 

 佐道は、ノートを開き、愛用のボールペンを手に取った。佐道は、貴重面な性格から、必ずメモを取る。話の内容を正確に記録することができる上に、同時に、事案を時系列に知ることができるので、どんなに煩わしいと感じたときも、止めることはなかった。

 

 大栄は、身を乗り出した。

 

「(さて、ここからが本番だな…)まず、わたしがこの“芸能推進課”の話…その段階では、まだ、“夢”と申しますか、“お告げ”でしたが…」

 

 大栄が、悪戯な微笑みを浮かべて、佐道の顔を見る。佐道は、小さく頷くと、瞬きし、アイコンタクトで、話を続けるようにと、促した。剣介は、相変わらず、ただ微笑むだけで、じっと、大栄の顔を見つめているだけだ。

 

「その“お告げ”を聞いたとき、恵母子市に、この課を新設する目的を考えました。そして、ある仮定を思いつきました。それは、イメージの継承を図ろうとしているのであろうということです。幸運なことに、わが恵母子市からは、これまでに、なぜか有名な歌手が、立て続けに輩出されています」

 

 大栄は、身振り手振りで、相手の注意を引きながら熱を込めて話し続ける。

 

「…尾田紀世士郎(おだきよしろう)氏、海城行進丸かいじょうこうしんまる氏、そして、ここにいらっしゃる醍醐剣介(だいごけんすけ)氏…いまや、音楽の分野では、恵母子市の代表的存在ともいえる人物が生まれました。しかし…醍醐さん、たいへん失礼なことを申し上げます。先に、お詫びしておきます…」

 

 剣介の表情から微笑みが消えた。少し、身構えたようにも見えた。大栄は、軽く会釈してから、話を続けた。

 

「…人間には、寿命があります。これは誰しも回避できるものではない。そして、どんな偉大な功績を残した人物も、期間の長い短いはあれど、やがて世間の人々の記憶から消える…間違ってはないですよね?」

 

 大栄は、剣介の気分を害してないかと、様子を、チラリと窺ったが、剣介は変わることなく、話に聞き入っているようだ。

 

「…そこで、次世代のスターを育成し、各時代にスターが途切れることなく輩出され、“スターが生まれる町恵母子市”のイメージを継続できればと考えたのです」

 

 大栄は、間を置いた。話を、意図的に中断することで、聞き手の注意を促す彼の会話のテクニックだ。佐道と剣介が、身を乗り出した。大栄は、壁に貼られた恵母子市の地図を指差した。

 

「…では、そのためには、どうすればいいのか?…結論から申し上げます。そのためには、北部の丘陵地帯に確保されている予定公物(市が後日公共施設として使用する土地)に、米国のハリウッドを模した…否、さらにスポーツ施設や映画村、市民のための住宅街をも含めた総合エンターテイメントタウンをつくることを提案いたします」

 

 市長である佐道が、目を細めて、口を挟んだ。

 

「行山村から芹ヵ谷村にかけての遊休地のことですね…ふむ、話としては、おもしろい…」

 

 佐道は、一瞬、沈黙した後、右手に持ったボールペンで、鼻の頭をチョコンと叩いた。

 

「…しかし、問題が2つあります」

 

 大栄は、佐道の言葉を予期していたのか、微笑みながら、言葉を引き取った。

 

「資金と住民の同意を得ることですね」

 

 大栄は、どうだと言わんばかりに、得意顔である。しかし、佐道の表情は、曇っていた。

 

「その通りですが、大栄さんは恐らくご存じないと思うのですが、この遊休地には、自治体が利用することに支障となる、大きな“棘”が刺さっているのです」

 

 大栄は、そんなことを知る由もなかった。

 

「…?」

 

 それもそのはず、予定公物に関しては、つい先程、エレベーターの中での職員同士の会話で知ったのだから。

 

「市長、その“棘”とは?」

 

 佐道は、窓外に、視線を移しながら呟いた。

 

「…“棘”と言うか、“杭”ほどに大きい存在です」

 

 佐道は立ち上がり、地図のそばに立ち、ある一点を、ボールペンの先端で指した。

 

「ここに、20坪ほどの小さなギャラリーがあります」

 

 佐道の示した先にあるものは、地図上に記された黒い点だけである。恐らく、目印として、以前、佐道が、ボールペンで記しておいたものだろう。

 

「緑色の屋根に、赤い壁の木造建てのなんの変哲もないギャラリーです。“ストロベリーハウス”という屋号で、細々と営業しているのですが、ここだけは、用地買収の話に、耳を貸そうともしないどころか、協力を頑なに拒み続けています」

 

 今度は、大栄が、尋ねる番だ。

 

「…そのような事情があるのですね…しかし、なぜ、その小さなギャラリーが、この計画にとって、なぜ、“杭”ほどの障害となるのでしょうか?失礼な言い方ですが、代替え地を用意し、それ相当の買収額を提示すれば、為さぬ話でもないでしょう?」

 

 佐道は、再び、ソファに腰掛けた。

 

「もちろん、自治体としても、万全の策は講じました。しかし、それでも、答えは『ノー』でした。登記簿上の表向きの所有者は、田中真弓という高齢の女性ですが、この方ご本人は、我々の話に、比較的、好意的なんですよ…ところが…」

 

 佐道は、ボールペンを指先で、くるりと回した。

 

「実質のオーナーが、なんと“市政のご意見番”の異名を取る、あの加藤親王(かとうしんのう)翁なんですよ」


 佐道の言葉を聞いて、大栄の額に、薄っすらと汗が滲んだ。

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