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経済的自立

 修羅(しゅら)の突拍子もない言葉に、果奔(かほん)は、驚かずにはいられなかった。わずか13年ほどの人生だが、こんなに驚かされたのは、祖父の加藤親王(かとうしんのう)が、自分の誕生日プレゼントとして贈ってくれた自転車が、50万円以上もする高級車と知らされたとき以来だ。

 

「ア、アッシュ!自分が何を言ってるのか、わかってるのかい?」

 

 修羅は、得意そうな顔で、返答した。

 

「もちろんさ!果奔、俺は、スケートボードを製造する会社をつくる!!」

 

 果奔は、修羅の言葉が、あまりにも突飛過ぎて、思考がついていかない。

 

「…アッシュ、でも、きみ、まだ中学1年生だぜ!」

 

 修羅は、ちょっと驚いた表情を浮かべた。

 

「あれ?中学生だと、会社を経営してはいけないのかい?…知らなかった…年齢制限とかあるのか?」

 

 果奔は、慌てて、言葉を補った。

 

「いや、そういうことじゃなくて…経営する能力がないんじゃないかなって思うんだよ…だって、僕ら子どもだろ?…それに、こんなこと言ったら、アッシュ、怒るだろうけど…きみ、学校の成績だって悪いじゃん…」

 

 果奔にすれば、自分の父が、運送会社を経営しており、父の仕事ぶりを、幼少時より、ずっと見てきていたので、その苦労を思うと、修羅の言葉が、あまりにも世間知らずに思えた。果奔の指摘は、辛辣だったが、修羅は微塵も動じることなく言い返した。

 

「果奔、学校の成績が悪いと、社長にはなれないのかい?じゃあ、日本中の社長は、みんな学校の成績は良かったのか?」

 

 果奔は、口ごもった。

 

「…そんなこと、わからないよ」

 

 修羅は、胸を反らして、声を張り上げた。

 

「だろ?やってみなきゃわかんないだろ?やらないで、『できない』って言うの矛盾してるもんな。これくらいのことは、学校の成績の悪い俺でもわかるぜ!」

 

 居直りともとれる発言だったが、妙に説得力のある修羅の言葉に、果奔は、ひきつった笑いを浮かべるしかなかった。

 

「でも、なぜ、急にそんなことを言い出したのさ?」

 

 果奔の問い掛けが、話したくないことに触れようとしているのか、修羅は、いままでの元気な様子が、嘘のように、沈んだ声で、答えた。

 

「“ケイザイテキ ジリツ”のためさ」

 

 果奔には、耳慣れない言葉だった。

 

「…なんだよ?その“ケイザイテキ ジリツ”って?」

 

 修羅は、ポケットに突っ込んでいた手を出し、掌を開いた。

 

「…これが、俺の全財産。これっぽっちじゃ、バスにも乗れないだろう?…母さんが家にいる頃、夫婦喧嘩の後に、決まって、母さんは、財布の中身をぶちまけて、呪文を唱えるように呟いていたんだ。よくわからないけど、お金を稼いで、家を出るという意味みたい」

 

 開かれた掌の上には、100円硬貨が1枚、10円硬貨が3枚、後は、5円硬貨と1円硬貨が数枚ほど、乗っていた。

 

「…果奔、おまえが来るまえに、父さんと喧嘩したんだ。スケボー、つくるのに板材を買うからお金をくれって言ったら、『そんな金はない!!』って、いきなり怒鳴られたんだ…まぁ、怒鳴られることは、いつものことだから、慣れっこだけど…母さんのことまで悪く言うんだ…もう家にはいないのに…関係ないじゃんね?」

 

 声が、震えていた。暗くてよく見えないが、修羅は、もしかすると涙ぐんでいるのかもしれない。

 

「…で、そのとき思ったんだ。お金があれば、アパートの家賃が払える。そしたら、富美(ふみ)を連れて、こんな家、出て行けるってさ」

 

 果奔は、修羅の境遇をよく知っているだけに、まるで鋭利な刃物のように、言葉が、心に突き刺さった。しかし、親友のためにと、気まずいながらも、勇気を奮いたたせて、告げた。

 

「…アッシュ、言っちゃ悪いけど、お金がなければ、家を出るどころか、スケボーをつくるための部品や材料だって、仕入れられないじゃん…まさか、ずっと、ピアノの天板で代用するつもりかい?」

 

 修羅は、果奔の顔のまえで、手を振った。

 

「まさか…売物には、きちんとした材料を使うつもりだよ…とはいえ、どうするかな?…なぁ、どうすればいいと思う?」

 

 果奔は、この無計画な友人に、呆れ果てたかのような顔で、首を左右に激しく振った。

 

「それは、僕が聞きたいくらいだよ…でも、本当に、どうしたものかなぁ…」

 

 修羅は、果奔の言葉など聞いてはいない様子で、薄暗い空を見上げて呟いた。

 

「どうすればいいんだろう。あの人に相談してみるかなぁ…」

 

 二人の暗澹とした気持ちとは裏腹に、アパート群の合間から覗く月は、皮肉にも明るく輝いていた。

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