中学生社長
津久井の協力を得て、祖父である加藤親王のピアノの屋根を外し、修羅のスケートボード作製のための部品として切り取った板材を、自転車の後部キャリアに積んだ果奔は、一路、修羅の住む鷺ノ台市営住宅を目指して、自転車を走らせていた。
(…これから行くことを連絡しておいたほうがいいかな?)
果奔は、自転車を車道の端に停め、ポケットのスマートフォンを取り出し、修羅の父の哲朗の番号をタップした。修羅はスマートフォンを持たせてもらえないので、連絡するときは、いつも父の哲朗に電話するのだ。すぐに、大きな声で、哲朗が電話に出た。
「はい!サザンタクシーでおなじみの長田タクシーです!」
果奔は、口早に尋ねた。
「あっ、おじさん?果奔です。すみません。修羅くん、帰ってますか?」
哲朗は、仕事の依頼かと思い、畏まって、電話に出たものの自分の息子の同級生とわかり、態度がガラリと変わった。
「なんだぁ、おまえかぁ~。修羅なら、さっき、工具箱、抱えて帰って来たと思ったら、自分の部屋に閉じこもったきり出てこないんだ…まったく、自分の子どもながら、よくわからないやつだよ…で、修羅に代わるかぁ?」
果奔は、友人の父とはいえ、この粗野なタクシー運転手が苦手だった。
「いえ、いいです。ところで、おじさん、いまから、おじさんの家、伺ってもいいですか?修羅くんに渡したいものがあるんです」
哲朗の意地汚く笑った顔が、電話越しに、見えないことは、果奔にとっては幸いだった。哲朗の声が、猫なで声に変わった。
「…渡したいもの?…それは、なにか、食べるものかなぁ〜?だったら、腐るといけないな…いいよ、気をつけておいで」
果奔は、一刻も早く電話を切りたかった。
「ありがとうございます。10分くらいで、着くと思います」
果奔は、電話越しに、酒を帯びた息の臭いを嗅いだようで、不快だった。空を見上げて、大きく深呼吸をした。
(まったく、おじさんと来たら、なにか貰うとなったら、態度が、あからさまに変わるんだから。こんな人と一緒に暮らさなければならないなんて、アッシュや富美ちゃん、かわいそうだよな)
果奔は、スマートフォンをポケットにしまい、自転車を走らせた。頬を撫でる風が優しく、昼間の日差しに焼けて火照った肌の熱を冷ましてくれる。夕暮れの町並みは、とても感傷的で、人恋しさが、胸を締め付けるようだ。
(ふぅ、よく考えてみると、僕は、アッシュに比べたら、恵まれているよなぁ。幼い頃から、ピアノがそばにあり、ピアノや歌の先生に教えてもらえるし、高価な自転車だってプレゼントしてもらえる。それに引き換え、アッシュは、自分でスケートボードを作らなければならないほど、お金に不自由してる。でも、だからといって、僕の方が、なにかを一生懸命やっているかといえば、そうではない。アッシュは、それこそ命懸けでスケボーやってるけど、僕は、正直に言えば、音楽やスケボーに命なんて懸けられない…なんか中途半端な気がする…どちらが幸せなのか、よくわかんないなぁ)
果奔は、数時間まえ、九曲坂から祖父の待つギャラリーへと下った道を、いま、物悲しい気分で、逆方向へと、自転車で遡った。しばらく走ると、薄暗い闇の中に、白い建物が浮かび上がり、入口に人影が見えた。父から果奔の来宅することを聞いたのであろう、修羅が、出迎えてくれたのだ。果奔が、入口に辿り着くと、修羅が声を掛けた。
「果奔、父さんから、おまえが俺に渡したいモノがあると言ってたけど、もしかして、スケボーのデッキに使う板材、見つかったのかな?」
修羅は期待しているのか、声が明るい。果奔も、微笑みながら答えた。
「うん、使えるか、どうかわかんないけど、お祖父ちゃんのピアノの使わなくなった天板があったから、切り取って、持って来たよ…これ、使えそうかな?」
修羅は、板材を受け取り、しげしげと見回している。
「俺も初めて作るから、大丈夫かどうかわかんないけど、試してみるよ。果奔、本当に、ありがとね。凄く、助かるよ!!」
果奔は、いつもつっけんどんな話し方をする修羅が、珍しく、改まって礼を述べることに、くすぐったいと感じながらも、悪い気はしないようで、微笑みながら答えた。
「えへへ…なんだよ…いいよ、たいしたことじゃないから」
しかし、次の瞬間、修羅が、神妙な顔で、衝撃なことを告げたことで、その笑顔が驚愕の表情へと変わった。
「…果奔、俺、会社をつくろうと思う」




