勘違い
果奔と造園業者である株式会社一富士の津久井を見送った加藤親王の妻の茜は、夫の帰りを待ちながら、テレビ番組を見ていたが、いつの間にか眠ってしまった。
何時間が過ぎたのだろ。ただならぬ気配を感じて、目が覚めた茜は、その気配の源と思われる隣の部屋のピアノの方に目を向けた。そこには、ピアノの前で、胡座をかいて座る“鬼”がいた。いや、鬼など架空の怪物など存在しないことを承知している茜には、それが人であることはわかっているつもりなのだが、その人物が醸し出す雰囲気が、まさに、鬼気迫るものがあったために、勝手に、鬼をイメージしただけのことである。鬼の横顔に向かって、言葉を掛けた。
「あ、あなた、大丈夫なの?」
その鬼とは、夫の加藤親王であった。親王は、妻の問い掛けに振り向きもしない。
「茜、風邪ひくぞ」
鬼が、仏様に変わった。茜は不思議だった。伝わって来る空気は、決して穏やかなものではない。怒気を含んだ苛烈な空気だ。しかし、夫の言葉は、言葉少なだが、気持ち悪いほどに優しい。茜は、壁の時計を見た。果奔たちを見送ってから、3時間くらい経っていた。
「お帰りなさい…あなた、本当に大丈夫なの?いつもと、雰囲気が違うみたい…商興会の会議で、なにかあったの?」
親王は、小さく首を振った。
「(…果奔、とんでもない勘違いをしてくれたな…なぜ、こんなことになったのだろう)…いや、とくには」
親王は、一言、否定すると、そのまま押し黙った。
(なぜ、取り替えたばかりの屋根が外されて、しかも、無惨にも、一部が切り取られているのか?)
親王は、妻の存在を忘れたかのように、考えに耽っている。
(わたしの言葉が足らなかったか?…いや、確かに、“古い屋根”をやると言ったはず…しかし、なぜか、部材を切り取られたのは、“新しい屋根”のほうだ…しまった!古い屋根は、地下の倉庫に置いてあることを伝えていなかったな…それにしても、見れば、気付きそうなものだが)
妻は、夫に留守中に、果奔と津久井の来訪があり、“古い屋根”からスケートボードの部材を切り取って帰宅したこと、津久井から連絡が欲しいという伝言があったことを伝えた。
「果奔、たいそう、喜んでましたよ。親友の…修羅くんでしたか?…彼が困っていたけど、お祖父ちゃんのおかげで、助けられると、切り取った板抱えて、飛んで帰りましたよ」
「(言うべきか、言わざるべきか)…それは、なによりだ」
「津久井さんに、ずいぶん、お手伝いいただいたのよ。道具まで、お借りして」
「(しまった。わざわざ呼んでおいて、留守にすることを知らせてなかったな)…後で連絡した際に、礼を言っておこう」
親王は、決心した。




