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2千万円

 修羅に相談された、スケートボード作製のための板材の確保が果たせそうな状況になって来たことに気をよくした果奔(かほん)は、鼻歌を歌いながら、隣室に据えてある祖父自慢のスタインウェイ社のフラグシップモデルである D-274を眺めながら、どのようにして天板を外して、そこからスケートボードのサイズの板を切り取るかを思案していた。


「…ところで、お祖母ちゃん、新しい天板はどこにあるの?」


 祖母の茜は、果奔の向かいのソファに座り、テレビ番組を視聴していた。


「…さぁ、どこかしら…地下の倉庫にでも保管してるんじゃないかしら…かなり、高価な部品らしいからね」


「高価って、いくらくらいするの?」


「わたしも知らないけど、本体が、2千万円くらいするから、それ相応の価格はするんじゃないの」


 果奔は、ピアノの価格を聞いて、正直、気持ちが萎えそうだった。いつも、何気なく弾いているあのピアノが、イタリアのスーパーカーが、2台くらい買えると知って、これからは、リラックスした気持ちで、演奏できるかどうか、自信を無くしそうだった。


(…というか、その前に、その超高級ピアノの天板を、他の部位に傷をつけずに、交換しなきゃならないんだから、これはかなりのプレッシャーだぞ…)


 どうしたものかと思案していたところ、ズボンのポケットに入れたスマートフォンの呼び出し音が鳴った。


「はい、加藤です…あっ、お祖父ちゃん!…うん、もう、お祖父ちゃんの家にいるよ」


「果奔、実は、恵母子銀座商興会で、防犯灯を増設することになったんだが、その打ち合わせをしなければならない…で、いまからすぐに出掛けなければならないんだよ。帰宅時間が、いつになるかわからないから、すまんが、話は日を改める。今日のところは、自宅へ帰りなさい」


「うん、わかったよ。ところで、お祖父ちゃん、ピアノの古い天板、貰ってもいいかな?」


「…ん、屋根のことだね?それは構わないが、そんなものどうするんだね?」


「アッシュのスケートボードが壊れちゃって、自分でつくりたいらしいんだけど、適当な板材あったらくれないかって、相談されたんだよ」


 親王の声の向こうに、数人の男の声がしている。親王は、急いでいるのか、慌てた口調で告げた。


「ああ、構わないよ…果奔、すまんな。お祖父ちゃん、急いでいるから、もう行くよ」


 親王から許可を貰った果奔は、喜び勇んで、早速、ピアノの屋根を、調べてみた。普段、演奏するだけで、その構造など、気にしたこともない果奔は、おっかなびっくりで、屋根を支える突上棒(つきあげぼう)を外し、両手で上下させてみた。小柄な中学生1年生の果奔には、思いのほか重い。


(…この金具で留まっていて…外すには、この芯棒を抜けばいいんだな。なかなか、たいへんそうだけど、知恵の輪を解くことを思えば、簡単だな…でも、重くて、僕ひとりじゃ、とても抱えきれないぞ)


 屋根の取り外し方は、だいたいイメージできた。後は、手助けしてくれる者を探さねばならない。かと言って、祖母では、心もたないし、修羅に頼むにしても、屋根を外した後、スケートボードのサイズに切り取る道具がない。これだけ頑強な板材だから、普通の鋸では、かなり苦労することは、容易に想像できる。考えに窮して、ピアノの周囲をウロウロとしていたとき、玄関のチャイムが鳴った。祖母の茜が、カメラの映像を見て、微笑んだ。


「あら、一富士園の津久井さん、いらっしゃいませ。主人は、まだ帰宅してないんですよ」


「あっ、そうだったんですね。会長に、庭園のことで相談があるから、来るようにと、お電話をいただいていたのですが…お帰りの時間、おわかりでしょうか?」


 果奔が、横から、祖母に、祖父から電話があったことを小声で伝えた。


「津久井さん、申し訳ありません。どうやら、商店街のことで、会議に出向いたようです。帰宅時間も、遅くなりそうなんですよ」


 呼ばれて来たにもかかわらず、空振りを食らった津久井だったが、その声に、不機嫌さは微塵も感じられず、いたって落ちついていた。


「…では、いったん失礼させていただきます。会長、お帰りになりましたら、お手数ですが、ご連絡いただきたいと、わたしが申していたと、お伝えください。では、失礼…」


 津久井が暇を告げようとしたとき、果奔が叫んだ。


「待ってください!津久井さん、造園会社の社長さんですよね?」


 津久井は、突然の少年の声に訝しくは思ったが、すぐに、以前、この邸宅で見かけたことがある加藤親王の孫の顔を思い出した。


「ええ、そうです。もしかすると、会長のお孫さんですか?」


 果奔は、自分のことを知っていてくれたことに感謝し、頼み事をした。興奮したのか、少し声が上ずっている。


「知っていてくれて、ありがとうございます。あ、あの…津久井さんに、お願いしたいことがあるんです。ピアノの天板の交換を手伝っていただけませんか?…できたら、スケートボードのサイズにカットするところまで、手伝ってほしいんです!お礼はします!!」


 一呼吸置いて、笑い声とともに、津久井からの答えが返って来た。


「あははは。お礼など不要です。お手伝いすることは構いませんが、わたしは造園業者で、ピアノのことは、まったく素人です。お役に立てますか?」


 果奔は、津久井が了承してくれたことに安堵したのか、胸をなでおろした。


「よかった。天板を外すのは、人手があれば、出来そうなんです。後は、スケートボードのサイズに切り分けるための鋸があればいいんですけど」


 モニターの向こうの津久井は、足元に置いた道具類を指差した。


「それなら大丈夫です。電動丸鋸がありますから、簡単に切り取れるでしょう」


 果奔が、津久井の手を借りて、2千万円のピアノの屋根を外し、スケートボードをつくるための部材を切り取るまでに、1時間とはかからなかった。果奔が、祖父の立ち会いなく、この作業をしてしまったことを後悔するのは、数時間後のことである。果奔は、上機嫌で、部材を抱えて、帰宅した。


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