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チャリボー

 香坂百合亜のライブコンサートは、大盛況のうちに終わった。主催者である加藤親王(かとうしんのう)は、退場する客の一人ひとりと、丁寧に、握手し、来場への感謝の気持ちを表しながら、見送っている。そこへ、親王の孫である果奔(かほん)が歩み寄った。


「お祖父ちゃん…ごめんなさい…ピアノのレッスン、遅れて…」


 親王は、大声で笑った。


「ワッハハハ。おまえは、利口な子だな!…『忘れていた』と言わずに、『遅れた』と言えば、罪が軽くなると考えたか?」


 果奔は、不安そうに、上目使いで、親王を見つめている。


「まあ、いい。香坂先生に、ご挨拶して来なさい。話は、それからだ。ご挨拶が済んだら、屋上のペントハウスの方に来なさい」 


 果奔は、祖父の思いもよらない穏やかな対応に安堵したが、後から、厳しく説教されるのではないかと、少し不安を覚えながらも、とりあえず、頷くと、その場を離れた。


 一方、R33シーサイドカフェを出て帰路についた修羅は、自転車を押して、恵母子通りに入ったところだ。傍らを、チャリボーを装着し、サーフボードを載せた数台のビーチクルーザーが、通り過ぎて行く。チャリボーは、ゴッドの鈴木聖が特許を取得しているサーフボードを自転車に懸架するためのサイドキャリアだ。いつもであれば、彼らサーファーに羨望の眼差しを送るだけの修羅だったが、今日は、晴れ晴れとした気持ちで、彼らの姿を見送ることができた。


「スケートボードをつくるための道具は、レジェンドから借りられたし、後は、材料の調達だな…まずは、デッキにするための板材を、どうするかなぁ…果奔に相談してみるかな…普段は頼りないけど、頭はいいから、よいアドバイスが貰えるかもしれない」


 修羅は、途中にあるコンビニエンスストアに立ち寄り、公衆電話から果奔のスマートフォンに電話することにした。スウェットパンツのポケットから、小銭を出し、公衆電話に投入した。果奔は、すぐに出た。


「もしもし、俺、修羅。今日は、心配掛けたな…えっ…病院?……うん、ちょっと、どうしてもやっておかなきゃならないことがあってね。まだ、行ってないんだ。それに、いまは痛みもないから、とりあえず、様子を見るよ。それより、ちょっと、相談したいんだけど、いま、いい?」


「うん、いいよ。相談って何だい?」


「俺のスケートボード、今日、壊れちゃったじゃんね。で、いまゴッドへ行って、見てもらったんだ。そしたらさぁ、修理は無理って、言われたんだよ。俺、新品は買えないって言ったら、スケートボード、つくるための工具、貸してくれたんだ」


「うわぁ、そいつは凄い話だなぁ。修羅、ラッキーだね。あのレジェンドから、工具、借りられるなんて…」


「ところがさぁ、材料がないんだよなぁ。ウィールやトラックはもちろんだけどさぁ、デッキに使う板材もない…果奔、なんかいいアイデアないかなぁ?」


「…材料の相談?うーん…僕の家、運送会社だから、もしかしたら、荷物の梱包材かなにかで、板材、あるかもね…でも、サイズ的に、どうかな?」


「悪いけど、適当な板材あったら、連絡してくれるかい?他のパーツは、最悪、父さんに、買ってくれるよう頼んでみるから」


「わかったよ。あったら、アッシュの家に、電話する…痛くなったら、病院、行きなよ」


「ああ、わかってる。じゃぁな」


 修羅は、電話を切ると、また元の道に戻り、自宅に向かって、自転車を走らせた。

  

 片や、果奔は修羅からの電話を終えると、赤坂百合亜に、レッスンに遅刻したことを侘びるとともに、きょうのコンサートの無事の終演を祝った後、屋上へと上がった。そして、修羅に頼まれた板材のことを尋ねるために、父へ電話をした。


「もしもし、お父さん、果奔だよ。会社に、僕が貰ってもいいような板材、ないかな?」


「ああ、果奔か?どこにいるんだい?板材?何に使うのかな?」


「お祖父ちゃんのところ。スケートボード、作りたいんだよ」


「梱包用のものなら、いくらでもあるが、横幅が足らないんじゃないかな?お祖父ちゃんにも、尋ねてごらん。造園屋さんが、出入りしているから、あるいは役に立ちそうな板材があるかもしれない」


「うん。わかった。ありがとう」


 果奔は、レッスンをすっぽかしていたので、気まずいなとは、思いながらも、少しばかり期待した。新王の自宅の呼び鈴を押すと、妻の茜の声がインターホン越しに聞こえた。防犯カメラを通して、孫の姿を確認できているのであろう。親しみのある優しい声だ。


「あら、果奔!いま、ドアのロックを外すから、少し待ってね…」


 70歳を越えてからというもの、動くことが、なにかと億劫な茜には、ドアの鍵を、スマートロックに変えてからは、一々、玄関まで出てくる必要もなく、手間が掛からず、助かっている。すぐに解錠された。


「どうぞ。いつものように、ドアの鍵は、そのままで構わないわよ。こちらで、ロックするからね」


 果奔は、玄関から応接間に入った。茜は、白い陶磁器のカップに、お湯を注いでいるところだった。


「そこにお座りなさいな。あなたの好きなココア、入れたわよ…お祖父ちゃんと、お約束でもしたのかしら?」


 果奔は、ソファに腰を下ろした。


「うん。ここで待ってなさいって…ねぇ、お祖母ちゃん、ここに要らない板切れ、ないかなぁ?スケートボード、作れるくらいの大きさで、人が載っても折れないくらいの厚みがある板、探してるんだ」


「さぁ、そんなものあるかしら…あるのは、交換する予定のピアノの天板くらいかしらね…猫が、この間、跳び乗って、爪、立てちゃったのよね。お祖父ちゃん、ああ見えて、潔癖症だから、新品に交換するんだと言って、メーカーから取り寄せたみたいよ。もう、新品の天板は届いているはずよ。古いのでよければ、お祖父ちゃんに、尋ねてごらんなさいな。くれるかもしれないわね」


果奔の瞳に、喜色が浮かんだ。


(…新品が届いているのか…じゃあ、僕が交換してあげて、傷のついたほうを貰えばいいんだな。それをカットして、デッキとして使えばいい)


「お祖母ちゃん、僕が天板、交換するよ!」


「あら、おまえがかい?大丈夫なのかい?お祖父ちゃんに、断りを言っておいたほうがいいんじゃないのかい?」


 果奔は、自信に溢れた声で、断言した。


「絶対、大丈夫!任せておいて!!」


 ところが、これが後日、大きなトラブルを招くこととなる。もちろん、このとき、祖母の茜、果奔自身も、そんなことは、露ほども想像してはいなかったが。

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