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「向日葵さん、ねえ、あれはなに?」
修羅が指差した方角には、パラシュートのようなものを身に付けた人らしきものが、恵母子ビーチの沖の海上をゆっくりと、西から東へと移動していた。
「ああ、あれはね、“パラセーリング”というマリンスポーツよ。パラシュートを付けた観光客を、クルーザーで引っ張ってるのよ。パラシュートが風をはらんで、空に浮き上がるのね。最近、恵母子ビーチでもご商売にしている方がいると聞いたわね」
「ふーん」
修羅は、頭の中でシュミレーションした。
(…もしも、俺がパラシュートを背負いスケートボードでダウンヒルをする。スピードが乗って来る。オイル溜まりを見つける。パラシュートを開く…待てよ…あんなデカい布みたいなものが、あの狭い九曲坂で開けるかなぁ?…そもそも、九曲坂を滑走しているときに、緊急停止するためには、どのくらいの大きさのパラシュートが必要なのだろう?)
修羅が、ぶつぶつと独り言を呟く姿を見て、店主である圭が声を掛けた。
「どうしたんだい?ホットチョコレートが冷めちゃうよ」
修羅は、圭に、馬鹿にされるんじゃないかと、少し心配しながらも、自分の考えを言葉にしてみた。
「うん。パラシュートを、スケボーのブレーキ代わりに使えそうだなと思って…」
ところが、圭は案に相違して、素直に同調してくれた。
「いけるかもね。僕の学生時代の友人が陸上競技をやってたんだけど、彼はトレーニングのときに、小さなパラシュートを身に付けて走るんだよ…開いたままの状態でね…走り始めると、それが空気をはらんで、後方に浮き上がり、負荷の役目をするようになる。そうやって脚力を鍛えてたなぁ。つまり、スケボーのスピードをゼロにするほどの負荷となる風量を受けるだけの大きさのパラシュートであれば、ブレーキにできるってことじゃないかな?」
修羅は、圭の言葉に光明を見出した。パッと視界が開けた気がした。
(実験してみる価値があるかもな)
「でも、もしもパラシュートをブレーキ代わりに使えるとしても、きっと高価なんだろうなぁ…俺、スケートボードすら買えないのに、パラシュートなんて、とても無理だよ」
思案の闇に、一縷の光が差したかに思えたが、資金問題が修羅の策を阻んだ。どうしたものかと、腕組みをしながら呻吟する修羅に、店の奥から声が掛かった。
「わたしがスポンサーになって、パラシュートを提供してもいいわ!」
驚いて、声がした方角を見ると、修羅の座るテーブルからは見えにくい場所だったので、先客がいることに気付かなかったが、店の一番奥のテーブル席に、3人の若い男女が座っていた。その中の一人の女性が声の主だった。修羅が目をやると、その女性は、自身を指差した。
「わたしよ!ほら、あの坂で、道を尋ねたじゃない!!」
なんと、東京からやって来たというスタイリストの高梨純子である。
「あっ、よくしゃべる女!…」
つい口をついた本音の間の悪さに気づき、修羅は、慌てて、口を押さえた。しかし、純子は、聞こえなかったのか、そんな失礼な修羅の言葉には気にもかけない様子で、しゃべり続けた。
「よかったら、わたしが提供するわ…というか、わたしの会社がね。パラシュートは、もちろん、一切の必要なものを提供してもいいわよ」
修羅は、面食らった。突然の再会に驚いているところにもってきて、スポンサーになってくれると言うのだから、驚くのも無理はない。
「パラシュート、本当に、買ってくれるのかい?」
「ええ。でも、私からもお願いがあるの…」
「お願いって?」
純子は、鞄から、自社の新品のTシャツを取り出した。
「オールドサマーの服を着てほしいの。ジュニア・ アンバサダーとしてね」
修羅は、一瞬、目を輝かせたが、すぐに、薄く微笑みを浮かべて、純子の申し出を断った。
「…おねえちゃん、名前、なんだっけ?」
「えっ?…高梨純子よ」
「純子ねえちゃん、ありがとう。おねえちゃんの気持ちは、すごくうれしいけど、それはできないよ」
純子は、驚いた。修羅は、二つ返事で受けると思っていたからだ。
「父さんがなんて言うかわからないし…うまく言えないけど、他人から、モノを貰うのは嫌なんだ」
純子は、さらに説得した。
「お父さんには、わたしからお話させてもらうし…ちょっと言葉は悪いけど、ゴメンね。決して、“施し”ではないのだから、もっとよいイメージで考えてほしいな」
修羅は、目を伏せた。
「…でも」
純子は、言葉を継いだ。
「いずれにしても、修羅くんの同意だけではだめだから、きみのお父さんに、お願いしなきゃね。連絡先、教えてくれないかな?」
修羅は、考えあぐねているようだ。しばらく黙考していたが、意を決したのか、顔を上げた。
「わかったよ。じゃあ、俺にもお願いしたいことがあるから、それを聞いてもらえたらでいい?」




