海のジェームズ・ディーン
恵母子駅南口から恵母子ビーチへと続くアロハ通りと、恵母子市の最南端を東西に延びる国道33号線との交差点から、国道沿いを東京方面に歩いて3分、ピンク色のお洒落な外壁が人目を引くサーファーの聖地、サーフボードメーカー・(株)ゴッドがある。目前に広がる相模湾を眺望できて、その日の波のコンディションを即座に知ることができるロケーションは、サーファーはもちろんのこと、サーフボードをつくるシェーパーにとっても、絶好の立地といえる。サーフボードを試作する、あるいは、改良するために、すぐにテストできる環境は、シェーパーにとっては、作業する上で、なによりも都合がよい。
日本のサーフィン業界はもとより、テレビ出演のおかげもあり、一般市民にも、すっかりその名前と顔を知られるようになったレジェンドサーファー鈴木聖は、一方では、練達のシェーパーでもある。若い頃は、思い立てば、いつでもサーフボードをつくるための時間があった。しかし、会社が大きくなり、仕事量が増え、その一方で、世間で、サーフィン人気が盛り上がって来るとともに、サーフィン業界以外からも、様々な仕事の依頼が来るようになった。いろいろと多忙になり、サーフボードづくりに割ける時間が減った聖には、会社の目の前に海があることは、なによりもありがたかった。
この日も、昼食を終えた聖は、特別注文のサーフボードを研磨していた。通常の規格では、サーフボードのもっとも小さいサイズは、約150cm。このサイズを下回ると、作業時にボードを支えるシェーピング台の関係から、作業が困難であり、シェーパーなら誰でもつくれるというわけにはいかない。現在作成中のサーフボードも、ある広告代理店を通じて、テレビCM用の極小タイプのものをという要望があり、社長の聖自らが、手掛けていたのだ。
(…サーフィンと音楽の融合。サーファーを歌手としてデビューさせるだけでは、もったいないよな。サーフィンをショー仕立てで、見せることはできないだろうか?)
(…そういえば、フィギュアスケートも競技がある一方で、アイスショーだってある)
(最近は、花火にしても、音楽をBGMにしてショー化しているしな)
作業をする合間に、ふと、先日、思いついたサーフィン人口に、音楽愛好者を取り込むというアイデアについて、考えを巡らせてしまう。シェーピングに、雑念は禁物である。研磨し過ぎれば、取り返しがつかない。聖は、作業の手を止め、椅子に腰掛けた。
シェーピングルームは、建物の一番奥にあった。妻の智美が、ドアを開け放った入口に立ち、声を掛けた。
「あなた、お客様です」
「うん。どなただい?」
「それが中学生くらいの男の子なんだけど…ちょっと不思議な感じの子なの…泥だらけで、顔にすり傷があるし…言葉づかいも、あまりいいとは言えないの…お会いになりますか?」
聖は、生来、鷹揚な人柄で、相手の社会的地位や経済力、年齢、人種、国籍など、世間一般にありがちな、差別化するための“物差し”で人物の評価を決めるような男ではない。
「もちろん、会うよ。いまは子どもかもしれないが、プロサーファーになれる逸材かもしれないし、もしかすると、将来、なにかの縁から、この会社を助けてくれる人物に成長する可能性だってある」
聖は、ゴーグルと防塵マスクを外し、作業台の上に置いた。身体に付いた埃をはらい、応接間へ入った。聖の少年への第一印象は、そう悪いものではなかった。
(ほぉ、確かに智美の言う通り、不思議な雰囲気を持った子だな…それにしても、透き通るように白い肌だ。灰色の瞳に、金髪…妖精のようだ…この子が、青い海で、波に乗っている姿を見てみたいものだな)
聖は、一瞬、夢の世界を彷徨っているような気分になった。
「おじさんが、レジェンドかい?」
しかし、ぞんざいな少年の口調に、すぐに現実に引き戻された。
(言葉づかいは、決して褒められたものではないな)
聖は、苦笑した。
「スケートボード、修理してほしいんだ」
聖は、挨拶の言葉を掛け、少年が差し出したスケートボードを受け取り、見回した。
「いらっしゃい。僕が、鈴木聖です…見たところトラックを留めていたビスのネジ穴が緩くなって、飛んでしまったようだね。これは修理しようがないな」
トラックとは、デッキと呼ばれるボード部と車輪であるウイールをつなぐための金属台のことである。
「じゃあ、どうすればいいのさ?」
「申し訳ないけど、これを修理して使うのは危険だから、デッキを交換することになるね」
少年は、舌打ちをした。
「チェッ。やっぱダメかぁ!…でも、新しく買い替えるなんてできないよ…俺、お金なんて、ないもん」
少年は、気落ちしたのか、少し元気がなくなったかのように見えた。傍らの写真に目をやり、聖に尋ねた。
「レジェンド、これ、なに?」
聖は、少年の口調に気を悪くする素振りも見せず、懐かしそうに目を細めた。
「ああ、これはわたしが生まれて初めてつくったサーフボードだよ。ベニヤ板でできているんだ。そのときの記念写真だよ」
少年は、なにが気に入ったのか、じっとその写真を、魅入られたように見つめている。
「俺も、スケートボード、自分でつくろうかな…」
少年は、突拍子もないことを言った。
(おもしろい子だな)
「きみ、名前は?」
少年は、顔を上げて、しっかりとした口調で答えた。
「長田修羅」
これが、サーフィン界のレジェンドである鈴木聖と、後に、“海のジェームズ・ディーン”、“レジェンドⅡ”と呼ばれた修羅との、初めての出会いであった。




