C-STYLE
果奔は、ドロップハンドルのスポーツ車を懸命にこいでいた。
果奔の自転車は、電動アシスト機能付きのいわゆる“E-バイク”と呼ばれる車種で、地元の自転車メーカーであるミカササイクルの“ROADMAX 999 R”を、中学校の入学祝いとして、祖父の親王から贈られたものだ。価格が、40万円を超えるメーカーのフラグシップモデルであるこの車種を、中学生が乗るにはとんでもなく贅沢であるように思われる。現に、果奔の母であり、親王の息子の嫁である佳子などは、
「お義父さま、お気持ちはありがたいのですが、通学にも使いますし、他のお友達との兼ね合いを考えますと、贅沢過ぎるように思います」
と、いたって常識的な考えだった。
しかし、親王の、
「友達の目が気になると言うのか?それは結構なことだ。他人の批判ややっかみに慣れるよい機会ではないか。それに、わたしは、これまでの人生経験から、『どんな事物も、最高とは、どんなものかを、早い時期から知っておくべき』と考えているんだよ」
という持論から、買い与えられたのだ。
電動アシスト自転車といえば、ママチャリというイメージが強いが、E-バイクは、同じバッテリーを搭載している自転車とはいえ、開発コンセプトは異なる。重い荷物を楽に運ぶ、あるいは坂道を楽に上ることを主な目的として生まれたものが、ママチャリタイプとするなら、ペダルを踏み込む力をダイレクトに、推進力に変えることに特化させたスポーツタイプのものがE-バイクである。
ところで、日本では、時速24km以上でのアシストは、法律で認められておらず、タイムトライアルなどで、それ以上の速度になった場合、自力走行を強いられ、バッテリーの重さが、逆に、仇となる。しかし、親王は、その不利な点をも、果奔が成長するための利点と考えた。
「足腰を鍛えることを目的とするならば、むしろ、高速時に、車重が負荷となるE-バイクのほうがいいだろう」
逆転の発想である。
果奔は、全力でこいで、疲れたら、アシストが効く速度まで、スピードを下げて、脚を休めながら流した。走りはじめて10分ほどで、自働車専用道の湘南西湘ラインの高架下を抜けて高畑町へ差し掛かった。
ガソリンスタンドとスーパーマーケットがある交差点で、信号待ちしていると、そこへ、背後からバイクの排気音が近づいて来た。原動機付自転車特有の軽快なクラクションの音に、果奔が振り返ると、そこに見覚えのある天蓋付き三輪スクーターがいた。三輪スクーターは、果奔の自転車の真横に並んで停止した。荷台のボックスには、アルファベットで、“C-STYLE”と印刷されたステッカーが貼られている。
「千場さんじゃないですか?配達ですか?」
「うん。それと、里山公園で開催予定の“里山ジャンボリー”の記事に使う現場写真を撮りに行ってたんだ」
「そうなんですね」
C-STYLEは、恵母子市に特化した地域情報誌であり、千場光一郎は、その編集長である。そして、市内の商店や企業を、自らが営業して回り、協力店として登録してもらい、C-STYLEを店頭で配布してもらっている。恵母子市を拠点に出版される情報誌は、他にもあるが、C-STYLEには、独自のコンテンツがある。それは、“C-MAP”と名付けられた市内の商店、観光スポットを紹介するための地図である。見開きページの半分以上のスペースを占めており、情報量は豊富だ。地図とはいっても、ただ名称を記載しただけのものではない。千場自身が訪問し、店で買い物をしたり、サービスを利用した感想を記してある。読者とは、即ち、消費者でもあるという観点から、「本当に役立つ情報とは?」を突き詰めて考えた結果、いまの編集スタイルとなった。
「…それはそうと、さっき、九曲坂のふもとの交差点で、修羅くんに会ったよ。今日は、いっしょじゃなかったんだね。いつも、いっしょにいるのに、珍しいこともあるもんだ」
果奔は、不思議そうに尋ねた。
「千場さん、“さっき”っていつのことですか?」
「えっ?ここへ来る直前だよ」
果奔は、いま来た道を振り返り、凝視した。
(忘れ物でもしたのかな…)




