差別
コンビニエンスストアで、お使いをすませた富美が帰宅したときに、父は寝ていた。いい気なもので、起きていれば、怒鳴り散らしてばかりの酔っぱらいも、眠っているときは、いびきひとつかかずにおとなしく寝ている。富美は、そっと父に近寄り、その顔に耳を近づけた。寝息が聞こえる。
(生きてる…)
離婚するまで家にいた母は、父が寝ているとよくこうやって、父の寝姿を窺っていたものだ。蒼白な顔色で、父の寝ているまえで、耳を傾けている母の目は、暗い闇を抱えていた。それは、決して見てはいけないものであったのだろうと、子ども心にも記憶している。
子は、親の背中を見て育つ。富美も父親には従順を装ってはいるが、母のように、その心は黒く淀んでいた。
一方、修羅と富美の父である哲朗の心も、腐りはじめのバナナのように、黒い斑点に侵されていた。生来、貧しくとも、実直な母に育てられたおかげで、善良に育ったのだが、父の放蕩で家業が傾き、生活環境が暗転し、荒んだ日々を過ごすうちに、いつしか心は汚れ、捨鉢に生きるようになった。
哲朗の父、つまり修羅や富美にとっての祖父は、生前、塗装業を営んでいた。真面目な性格と丁寧な仕事をすることで評判がよく、大手ゼネコンからも仕事の依頼があり、規模は小さいながらも、それなりに繁盛していた。
もう40年以上も昔になるだろうか、哲朗の人生観を歪めるひとつの出来事があった。それは、ある日、父に頼まれ、とある大学の建造物の塗替え工事をするための資材搬入を手伝ったときのことだ。哲朗は、真夏の陽射しが、ヒリヒリと肌を焼くように暑かった日だったと記憶している。その日、脚立や足場材である単管パイプを、他の職人といっしょに、汗だくになりながら、体育館の横へ運び込んでいた。
ひとりのスーツ姿の眼鏡を掛けた男が、哲朗に声を掛けた。
「おい、気をつけろよ。ここにいる子どもたちは、みんな立派なご家庭の子弟なんだからな!なにかあったら、おまえらじゃ、補償できないぞ」
声を掛けられた方向を見ると、資材を搬入している現場のすぐ横を、小学生らしき子どもたちが列を為し行進していた。スーツの男は、テレビのCMで見たことがある有名進学塾の名前が入った腕章を腕に巻いていた。どうやら、進学塾が、子どもたちの模試の会場として、この大学の体育館を借りているようだ。この男は、子どもたちの引率係といったところか。
哲朗は、腹の底から、ドス黒い激情が迫り上がるのを感じた。怒りで、顔が紅潮した。幸か不幸か、炎天下での肉体労働での日焼けした肌の色が、スーツへの男への怒りの感情を隠してくれた。哲朗は、スーツの男の方へ身を乗り出した。その瞬間、哲朗の父が、一括した。
「おい、作業に集中しろ」
低く、腹の底から突き上げるような声は、鉛の銃弾のように哲朗を撃ち抜いた。哲朗の動きが止まった。しかし、激情は動き続け、心の声となり、スーツの男に放たれた。
(おい、どこの何様かは知らんが、ここの初代の学長は、“天は人の上に人を造らず”と言った男だぞ。おまえに、ここに立ち入る資格は無い!!)
スーツの男は、哲朗のことなど気に掛ける様子もなく、子どもたちを先導して、先を急いだ。
哲朗は、この日以来、世間で差別的に扱われると、いつも自嘲気味に笑いながら、こう言う。
「天は人の上に、人をつくらないが、人は、人の上に人を造りたがるよな」




