右肩
夏の九曲坂は、路面温度が上がり、いわゆるサーキット族の練習走行には、絶好のコンディションとなる。タイヤの表面温度も上がり、路面との密着性も高まるからだ。高梨純子と修羅たちの横を、2台のバイクが、凄い勢いで駆け下りて行った。
「…そろそろ、出発しなきゃね。きみたち、これからどうするの?よかったら、車、乗ってく?」
果奔が、はにかみながら答えた。
「…いいのかなぁ。じゃあ、お言葉に甘えて、アッシュを乗せてもらえませんか?もしかしたら、右肩を骨折してるかもしれないんです。ここから西へ、10分くらい走ると、西部病院があるので、そこまでお願いしていいですか?」
そこまで言うと、修羅の顔色を窺いながら、言葉を付け足した。
「…恵母子ビーチへは、ちょっと、遠回りすることになるんですが…」
修羅の顔が、心なしか曇った。
純子は、修羅を見ながら、
「お安い御用よ。きみはいいの?」
「はい。実は、僕たち、自転車に乗って来ていて、2台ともいっしょに載せてもらうわけにはいかないので」
「そう…ごめんなさい。わたしたちの荷物があるから…1台ならなんとか積めそうだけど」
修羅が、会話を遮る。
「俺もいいや。うれしいけど、他人に頼っちゃいけないって、父ちゃんに言われてるし、他人の時間を盗むなとも、言われてる。それに、このぶんなら、自転車にだって乗れそうだから。それに、初めてあった人の車に乗って、拉致されたら嫌だもんな!!」
笑いながら、冗談めかしに、そう言うと、果奔の後ろに立っていた修羅は、左肩を回して見せた。
「…まぁ、本人がそこまで言うなら、しかたないわね」
純子は、ハイエースの助手席に乗り込んだ。運転席で、待っていた部下が声を掛けた。
「怪我、たいしたことなさそうで、よかったですね」
しかし、純子は顔を曇らせて言った。
「…たぶん、あまり肩の具合、よくないんだと思う。聞いてなかった?果奔くんは、アッシュくんの“右肩”が骨折しているかもしれないと言ったわ。でも、いま、アッシュくんが、肩の調子は問題ないと言いながら回したのは、“左肩”だった。彼はなぜ、右肩を回さなかったのかしら?…恐らく、わたしたちに時間を取らせるのを申し訳ないと思っての配慮だったんじゃないかしら」
そうは思いながらも、純子は、車を出すように言った。
「本人が、強くなろうと努めている。わたしは彼の母親じゃない。甘えさせていい権利を持たないわ」




