転落
修羅は、スケートボードを加速させながら、最初のカーブへ進入、軽くスライドさせて、方向を修整し、難なく、クリアした。
この九曲坂のコーナーの総数は、公称48箇所。第1コーナーから第47コーナーまでは、区間の距離が短く、ヘアピンカーブをはじめとしたテクニカルカーブが続き、最終コーナーであるスプーンカーブまでは、長い下り坂で、最もスピードが出る。ダウンヒルのプロが最高速に挑戦し、時速86kmを記録したと、修羅は友人から聞いたことがある。ちなみに、その最終コーナーで、車の事故発生率が一番高い。連続する47箇所ものカーブを抜けたドライバーは、解放感から、アクセルを踏み込む。そして、他のコーナーに比べて、緩やかなスプーンカーブに、目測を誤った車は、減速しないまま突入し、曲がりきれずに、崖下へ転落してしまうのだ。
修羅は、スピードが増すごとに、さらに身をかがめ、重心を下げる。次のコーナーに進入するまえに、微妙に重心移動し、カービングさせ、スライドの挙動を促すための準備をする。パワースライドで、一気に減速し、コーナーをクリアしてゆく。急激な減速に、圧がウィールに掛かり、悲鳴をあげるが、修羅は動じない。
スケートボードのウィールの直径は、車やバイク、自転車と比較して、圧倒的に小さい。僅かな路面の凹凸をも、敏感に拾う。しかも、路面からの衝撃を吸収するショックアブソーバなどは装着されていないから、路面の状態を見て、轍や亀裂を避けながら、滑降しなければならないのだ。
プロサーファーになると決意して、その予備練習のために、もう何度、スケートボードで、この坂を下ったことだろう。時間さえあれば、ここへ来た。早朝から、夕暮れ近くまで、練習に没頭した日も、数え切れない。いまでは、各コーナーの路面状態、スケートボードの走行に危険と思われる亀裂の位置、どこに砂利がまかれているかなど、あらゆる路面状況を把握するためのデーターが、脳裏に刻み込まれている。
修羅は、巧みに、各コーナーを抜けて、最終コーナーへとつながる直線路へ出た。スピードは、限界まで上がる。たいていのスケートボーダーは、ここで速度を落としてしまう。足場が、歩幅ほどしかないデッキに乗り、しかも、スノーボードのようにデッキ面と足が固定されているわけではないので、転倒への心理的プレッシャーや、恐怖心は、尋常ではない。中には、そのプレッシャーに負けて、自ら転倒する者もいるくらいだ。
修羅は、長い直線の下り坂に入った。空気抵抗を軽減するために、前屈となり、手を後ろ手に組む。その姿は、まるで、世界最高峰とも呼ばれる超高級車ロールスロイスのエンブレム“フライング・レディー”を想起させるほどに、美しい。しかし、スピードが乗れば乗るほど、スケートボードは、ガタつき、まるで暴れ牛に跨がるカウボーイの様相を呈する。
(あはははは。まるでボードが、武者震いしてるみたいだな)
修羅は、常に、プラス思考である。涙は、うれしいときに、感極まり、流すもので、悲しさから泣くものではないと思っているくらいだ。
しかし、きょうばかりは、楽観的ではいられない事態に、直面した。
スプーンカーブのクリッピングポイント(コーナリング中の軌道の一番深いところ。頂点)周辺に、黒いシミが広がっている。
「やべぇ!オイルだ!!」
それは、恐らく、バイクが転倒した際に、溢したものにちがいない。
修羅は、とっさにノーズ側に体重を掛けた。さらに、腕を振りながら、身体をひねり、スライドの挙動を起こすきっかけをつくった。テール側のウィールが横滑りをはじめた。
(よし!止まれる!!)
パワースライドで、ドリフト状態になつたボードは、身悶えするように、デッキが震える。そのとき、前後のウィールから鈍い金属音がした。ガキッ!!それは、長年酷使されたウィールのベアリングが、ひしゃげた音だった。と同時に、ウィールがロックされ、ハイサイド状態になった。
(うわっ!!)
修羅は、ハンマーで打ちつけられたかのような衝撃を、背中に受け、進行方向に、身体が放り出された。あっという間だった。修羅に、この後の記憶はない。




