シンガーソングサーファー
電話を終えたラジオパーソナリティーの澤田弘は、アシスタントの小桜恵美の方を向き、おどけた調子で話しかけた。
「…ということなんだよ~ん」
恵美は、興奮気味に、答える。
「さわっちって、ただの不良中年DJだと思っていたのに。すごいわ! あの醍醐さんと知り合いだなんて!!」
澤田は、爆笑する。
「ワッハッハ。いや、きみの見立ては間違ってはいない。ただの不良中年DJには違いないからね。それに、俺のようなコミュニティーFM局のパーソナリティーが、あの伝説となった“ミスターファイブハンドレッド”と呼ばれる醍醐剣介氏からスクープを、直接、貰ったなんて話、すぐに信じろというほうが無理だろうな」
“ミスターファイブハンドレッド”とは、剣介が、デビュー10周年に、発売した曲“UMINARI”のシングルCDが、音楽業界史上、最高の売上枚数を記録したことに由来する。それまで、1位だったシオンまさおの“おれたちカゴノトリーマン”の450万枚を、50万枚以上の大差をつけて抜いたのである。
アシスタントの恵美がようやく、スクープできた理由に納得したところで、番組は、醍醐の話題を終え、次の“教えてくださいあなたの朝ごはん”のコーナーへと進んだ。
聖は、ラジオの音量を絞り、業界誌を手に取った。表紙には、“どうなる? 2022年のサーフィン業界!!”の文字が踊り、大いに興味を引かれた。表題のページを開き、読み始め、独り言ちた。
「サーフィン人口が、約40万人…去年より、20万人近く減少してるのか。他のスポーツとの比較?おもしろいな…うわっ!!ボーリングが、1900万人! 本当なのか?野球やサッカーでも、700万人くらいなのに…それにしても、サーフィンの低下が気になるなぁ」
サーファーであり、シェイパーでもある聖のもうひとつの顔は、サーフボードメーカー・ゴッド株式会社の経営者である。経営者としての心得として、常に業界内外にアンテナを張り巡らし、ビジネスチャンスを窺っている。
「…ウインドサーフィン、スノーボード、スケートボード。サーフボードメーカーとしての実績を活かせる分野に、事業を広げることは出来た。しかし、どんな事業でも栄枯盛衰はある。意気盛んなときに、下り坂になったときのことを考えておかなければ、いざそのときというときに間に合わない。つぎの手をどうするか?…」
聖は、両手の掌を合わせて、後頭部へ回し、伸びをした。ラジオから懐かしいメロディーが聞こえて来る。ポップスの女王と呼ばれる伊集院由美の“湘南ゴッド”という曲である。聖は、目を細めて耳を傾けた。遠い記憶が蘇って来る。歌詞を歌に合わせて口ずさみながら、この株式会社ゴッドを設立した頃のことを思い出していた。伊集院由美は、歌手でありながら、大のサーフィン好きなのだが、最初の手ほどきを受けたのが、実は、聖からだった。それはおよそ55年まえのある日のこと。お忍びで、由実が、聖を訪ねてきた。聖の年齢は、25歳、由美もほぼ同じくらいの歳のように見えた。
「社長さんですか?ずいぶん、お若いんですね。あっ、失礼しました。わたし、伊集院と申します。東京からサーフボードを買いに来たんです。この会社のことは、雑誌の記事で拝見しました…」
このとき、すでに伊集院由美といえば、日本音楽アカデミー大賞を受賞し、人気絶頂の女性シンガーソングライターとして、名を轟かせていたから、こんな開業したばかりのサーフショップに、彼女が来店するなどとは夢にも思っていなかった。
「…できましたら、サーフボードの乗り方も教えていただけたらありがたいのですが」
この日から、聖は、マンツーマンで、彼女にサーフィンを教えることになった。なんとか、波に乗れるようになるまで、3ヶ月かかった。毎週日曜日、休むことなく、この大スターは、聖のもとへ通って来た。そして、はじめて、サーフボードの上に立ち、わずかな距離だが、波に乗れた日に、由美は、聖に頼んだ。
「社長さん、曲をつくったんですが、歌詞の中に、こちらでの体験を織り交ぜたいのです。会社のお名前、使わせていただいてもよろしいですか?…これ歌詞です」
そう言って、渡されたA4サイズのコピー用紙を見ると、歌詞らしきものの一部がボールペンで書かれていた。
サーファーの伝説湘南ゴッド
寄せては返すアプローチ
いつしか心を引き寄せられた
恋のライバル湘南ゴッデス
わたしと同じ口説き文句で落とされました
ポセイドンも色香に迷うCマークの雪化粧
涙で滲む沖の雛島遠くに霞み
恨んでも愛しても最後は信じる女でした
聖にすれば、願ったり叶ったりである。天下の大スターが、歌の中で、自分の会社の宣伝をしてくれるというのだから、断る理由はない。そして、出来上がった曲が、“湘南ゴッド”だった。
彼女が作詞作曲したこの曲は、その後、CD化され、折からのサーフィンブームに乗って、120万枚を売り上げている。彼女にとつては、シングルCD販売枚数、歴代3位の大ヒットとなった。この曲のおかげで、サーファー以外の一般客も、恵母子ビーチへの観光がてら、歌のモデルとなった聖の店を訪ねるようになっていた。
聖の脳裏に、小さな閃きが輝いた。
(音楽とサーフィンか…)
聖は、スマートフォンを手に取り、インターネット上の資料を見つけるために、[音楽 人口統計]というキーワードで検索してみた。記事がヒットした。“社会生活基本調査”という総務省のデータを紹介するウェブサイトだ。
(人口1億3千万人として、約1200万人が、なんらかの楽器を演奏している…か…ということは、ほぼ10人に1人の割合だな)
聖がなにかを確信したかのように、頷いた。
聖の向かいで座り、伝票整理をしていた妻の智美に声を発した。
「ねぇ、うちの所属プロに、歌のじょうずなメンバーはいなかったかなぁ?できれば、作詞作曲ができればいいんだけどね」




