醍醐剣介と澤田弘
剣介が、九曲坂で、修羅や果奔を相手に話をしているとき、突然、スマートフォンが鳴った。電話番号を確認すると、子どもの頃からの友人である澤田弘からである。もっとも、友人とはいっても、剣介と澤田は、年齢が一回り以上も離れており、どちらかと言えば、叔父と甥のような関係だった。
醍醐家と澤田家は、ともに西海岸町にあり、仲がよく、いっしょに外食したり、旅行に行ったりと、親戚同様の付き合いをしている。剣介も、中学生時代、赤子だった澤田をおんぶして、子守をさせられたことがあり、自分の弟のように可愛がった。剣介が、毎年、帰省した際は、必ず連絡をとる仲間のひとりである。剣介は、スマートフォンの通話アイコンをタップした。
「はい、醍醐です…おお、弘か?…ああ、大丈夫だ。いま?九曲坂のふもとにいる。ああ、夕凪もいっしょだよ。…えっ?おまえの番組で、新曲の話してもいいかって?ああ、構わないよ。どうせ、午後には、どのメディアでも取り上げられるだろうから…用件はそれだけ? じゃ、また」
剣介は、スマートフォンの通話オフのアイコンをタップし、ポケットに仕舞った。そして、少年たちに、話が中断されたことを詫た。
「修羅くん、果奔くん、話の途中でごめんね。きみたちとの話は、とても楽しかったよ。でも、そろそろ出発しなければならない時間だ。ところで、僕たちは、これから西海岸町の実家に帰るんだけど、きみたちさえよければ、乗って行かないか?」
修羅と果奔は、お互いの顔を見合わせて、頷き合った。アッシュが答えた。
「ありがとう。俺たちは、まだもう少し滑ってから帰るから…それに、自転車もあるしね」
剣介は、彼らに別れの挨拶を告げ、夕凪に車に乗るよう促しながら、声を掛けた。
「すっかり道草しちゃったなぁ。親戚回りは、後まわしにして、とりあえず実家へ帰ろう」
剣介が、車をスタートさせようとしたとき、突然、スマートフォンの呼び出し音が鳴った。
「はい、醍醐です」
しかし、相手は、一言も発することなく、通話を切ったようだ。剣介は、通話記録を確認した。先程、話したばかりの澤田の番号だった。
「…なんだろう?」
訝しく思った剣介は、澤田へかけ直してみた。澤田が出た。
「あっ、醍醐さん、すみません。間違えて、切っちゃいました。それがですね、僕の番組のアシスタントの女の子が、醍醐さんの新曲情報をどこから聞いて来たんだ、と尋ねるので、醍醐さんご本人だって答えたら、そんなわけないって、信じてくれないもんで。じゃあ、自分自身で確かめてごらんと、電話させていただいた次第なんです。お忙しいところ、本当に、すみません」
剣介は、鷹揚な性格だから、これくらいのことなど気にも留めてはいない。それどころか、
「それは、ご苦労さま」
と、澤田を労った。さらには、
「アシスタントの彼女に代わらなくていいのかい?」
と、気づかいまでしてくれた。周囲のスタッフはもちろんのこと、ファンにまで、剣介の人柄のよさは有名だった。
澤田は、恵美に尋ねる。
「恵美ちゃん。醍醐さん、きみと代わらなくていいのかと言ってくださっている。代わるかい?」
恵美は、大袈裟に腕を伸ばした後、ゆっくりと下ろしながら、胸の前で、交差させて、✕印をつくった。それを見てから、澤田は、微笑みながら、電話の向こうの剣介に、軽率な行動を詫た。
「大丈夫だと言ってます。お忙しいのに、つまらないことで、お騒がせして、本当に、すみませんでした」
剣介は、笑いながら、
「いいよ。いいよ。なにかあったら、遠慮なく、電話してね。じゃ、おじさんやおばさんに、よろしく!」
と愛想よく応じた。実るほどに、頭を垂れる稲穂かな。名声が大きくなればなるほど、本人はそれほど意識してはいないのだが、気持ちにゆとりができ、他人に優しくできるようになるものだ。いまの剣介がそうだった。
剣介が、車に乗り込み、ふとバックミラーに目をやると、アッシュと果奔が、両手で手を振っている。大人びたことを言っても、まだ子どもらしいところもあるんだなと思い、剣介は、微笑んだ。夕凪は、再び、スマートフォンに視線を落としている。剣介は、ゆっくりとアクセルを踏んだ。




