カケルの記憶
「さて、カケル、もう思い残すことはないかい?それじゃ、魔王のところへ向かおうか」
そう言ってポールが歩き始める。カケルがポールについていくと、ポールは未知の森に入っていく。驚きながらカケルは後をついていき、ポールに尋ねる。
「ポール、未知の森に魔王がいるのかい?」
「カケル、答えはとっくの昔にカケルの前に転がっていたんだよ。まずは今までの話を整理しようか。その昔、魔王軍と戦ったのは「四人四季」含む冒険者たちや、クーガ含む王都グーンラキアの騎士たちだった。そこで、何故魔王軍が王都グーンラキアを襲ったかを考えよう」
「それは、ティラキア王国が亜人排斥の風潮が強かったからでしょ?当時の魔王軍は亜人が中心で、ティラキア王国のやり方に反発したんだ」
「そうだね。だから魔王の遺志を引き継いでいる者がいるとしたら、亜人の理解者である可能性が高い。そして、当時魔王軍と前線で戦ったのは「四人四季」だったよね。つまり、「四人四季」のメンバーは、その当時魔王軍として戦った者の顔を覚えているはずだ。カケルは、アルトリアさんと一緒にいたから知ってるでしょ。アルトリアさんが誰と知り合いか、を」
「まさか、オーシス様」
そう言われてカケルは思い出す。イート国と戦う時に、オーシスとアルトリアが一度会ったことがあるような雰囲気を醸し出していたことを。気付けば、周囲の空気が歪んでいる。エルフの村であるウオアムに来ていたのだ。そして、ポールは最後の推理をする。
「カケル、ウオアムを古代エルフ語から標準語に直してごらん。UOAM、反対から読んだらもう分かるよね。魔王の正体は、このエルフの村そのものだったんだ」
そうポールが言い終わるとカケルとポールを取り巻く景色が変わり、エルフの村が二人の目の前に現れる。まるでウオアムが全てを悟り、カケルとポールをここまで運んできたかのような出来事に、カケルは驚く。ポールがウオアムをぐるりと見渡す。すると、エルフ達が全員出てきて、二人を取り囲む。先頭に立つオーシスがゆっくりと口を開く。
「久しいな、カケルと・・・横にいるのは?」
「名探偵のポールだよ」
「そうか、お主がもう一度ここに来たという事は、全てが分かったという事か」
「はい、オーシス様。その昔ティラキア王国と戦った魔王軍、その中に貴方はいたんですね」
カケルがオーシスに尋ねると、オーシスは溜息を吐く。そして、ポツポツよ話始める。
「カケルよ、人間というのは酷く恐ろしい生き物だ。平気で同種を奴隷にしたり、戦争で命を奪ったりする。森を焼き、海を汚し、山を削る。私たち亜人も、人間と少し違うというだけで、当たり前のように人間に命を狙われた。人間の英雄であるテトでさえ、どんな扱いを受けたかはお主も知っておるだろう。私たちの権利を主張するには、抗うしか道がなかったのだ」
「でも貴方が信じた魔王も人間だったはずだ」
そう言ってカケルはエルフの村の中央に聳え立つリンギルの木を見つめる。カケルが前にこの村に訪れた時、喋りたがりのエルフがリンギルの木には「自己再生」の能力があると言っていた。その時のカケルは半信半疑だったが、今ではその理由がはっきりと分かる。
〇傷癒し[アイテム] コストなし ☆6
効果・貴方のプレイヤー、陣地、モンスター全ては【自己再生】を獲得する。
ー自然の理ー
現実世界での初代世界大会優勝者が手に入れた災厄カード。つまり魔王は世界大会優勝者で。この「傷癒し」を使ったのだ。だからウオアムの地には自己再生が付いており、その大地から栄養を吸ったリンギルの木も必然的に自己再生の能力を得たという訳だ。カケルはスペルの余波を思い出す。スペルを使った後も、この世界に効果が残る場合がある。それが余波である。だが、災厄カードと言われるカードが、これほどの神秘をもたらすとは、カードも使いようだとカケルは笑う。そんなカケルの笑いを別の意味で捉えたのか、オーシスは諦めたようにすべてを話す。
「その様子だとお主に隠し立てをしても無意味なようだな。確かに魔王は人間だ。そして私たちの良き理解者でもあった。魔王は最後にこの地を私たちのために遺した。【自己再生】の能力までつけてな。魔王は最後まで私たちの事を考えていたのだ」
そのオーシスの言葉に、カケルはディープワールドカードゲームのシナリオを思い出す。確かに昔は亜人排斥の風潮が強かった。「四人四季」の面々は、例え人間に理解されずとも、方々に散ってそこで自分たちの理解者を得た。そしてこの世界も大いに変わった。列強の一つヒイラギ国。亜人たちが治めるその国は、各地で助けを求める亜人たちを受け入れる。ゴールデンローズ号に乗ってカケルがヒイラギの港町ポートルートに寄った時、オーシスが移転の準備をしていたのはそのためだ。そしてカンギ国とリーガル帝国は同盟を結ぶ。そして、カケルはこの先の未来のシナリオを思い出す。
(思い出した。この後、オノムラニアディの公海で船が暗礁にぶつかり、船長が死亡する。そして、その船に月読みの懐中時計があることを知った各国が、魔道具を求めるためにオノムラニアディに意識を向け、ティラキア王国や亜人たちの存在を忘れるんだ。ポール、君はそこまで考えていたのか)
カケルは口を噤む。カケルはティラキア王国が戦争に巻き込まれないように、必死に頑張った。それこそ、自分が出来ることはすべてやったと自負している。だが、ポールはその先まで読んだのだ。一時の激情に流されることなく、少しでもいい未来を選び抜いたのだ。そしてカケルはひとしきり心の中でポールに感謝の言葉を告げた後、オーシスに答える。
「もうこれからの世界は、昔のように亜人と人間が敵対するような世界ではありません。それはオーシス様も分かっているはずです。変わったんです、色々と。ティラキアⅡ世は亡くなり、後を継いだティラキアⅢ世・・・リュートは他人を思いやる心を持っています。貴方もそれが分かっているから、ヒイラギへの移住を決意したのでしょう?」
そうカケルが問いかけると、オーシスはふっと笑う。どうやら、この世界が変わったことはオーシス自体も気付いているようだ。そしてオーシスはくるりと周りを見渡す。
「亜人は長命だ。この世界が随分と変わっても、私たちはあまり変わらない。その時代の変化に取り残された気もしていたが、お主等は私たちの事もしっかりと見ているようだな」
「亜人にも色々いるからね。一括りにできないのが生き物だよ」
オーシスの呟きにポールが応える。そのポールの応えに、オーシスがたおやかに笑う。年を取った人間には話が通じずに、まだ若い人間の方がもっと多くの世界を知っている事に、笑ったのだ。そして、オーシスたちエルフが、ポートルートに向かって移動を開始する。残されたのは誰も住むものがいなくなったウオアムのみ。時代の変わり目なのだろう。もうこのウオアムがなくとも、エルフ達は自由に生きられるのだ。それを見て、カケルは思いをはせる。
(初めから魔王を倒すという事だけを意識していたら、今見ている光景もまた違うものになっていたのかもな。もしかしたら未知の森に火を放っていたかもしれない。それが一番手っ取り早い。でも、俺にはこうするしか出来ない)
そしてカケルは投影装置を見つめる。思えば、カケルはこの投影装置に随分と助けられて、随分と振り回されてきたものだ。理不尽なクエスト内容に怒り、そして、そのクエストのお陰でこの世界をより深く、深く知れたのだ。カケルは最後のスペルを使う。
「さようなら、ウオアム。アースクエイク」
〇アースクエイク[スペル] コスト緑・緑 ☆5
効果・体力が10以上の陣地を一つ破壊する
ー大地が貴方に応えるー
カケルは緑の地を一枚だけプレイして、アースクエイクをウオアムに向かって唱える。すると、地鳴りが響いて、大地が揺れる。まるでこの世界そのものがカケルに応えているかのようだ。地面が全てを飲み込む。エルフ達が造った小さな家も、その家に染み付いた彼らの名残も、仄かな残響も。だがそれでいいのかもしれない。カケルは、もしかしたら森の神も山の神も海の神もいるのかもしれないと考える。そんなことを考えているうちに、カケルの体を光が包む。それを見て、思わずポールが叫ぶ。
「カケル、俺はまだ君と・・・!」
「ごめん、ポール。俺の旅はこれで終わりのようだ」
そして、カケルが言い終わると同時に、ポールの目の前からカケルが消える。泡沫に消える光の粒子を眺めながら、ポールは一瞬悲しそうな顔をするが、次の瞬間にはつとめて笑顔を作る。
「分かっていたことだ。カケルは俺たちとはどこか違うって。そうさ、俺は名探偵だ。これくらい予想していたさ。さて、次はどこに行こうかな」
そう言ってポールは、先ほどまでカケルがいた場所に背を向ける。それで忘れ去れるほどポールにとってカケルという存在は軽くはない。だが、ポールは強がって前を向くのだ。同時刻、世界のどこかで顔に目隠しをした女性が、ふと空を見上げる。
「星が落ちる。カケルさん、貴方は・・・」
オフィーリアは空を見上げ、ポツリと呟く。それだけですべて伝わったのか、オフィーリアの横に立つスケルトンとマシーンゴーレムのギアが、揃ってオフィーリアの肩に手を置く。別れはあまりにも呆気なく、そして唐突にやってくるものだ。オフィーリアは目が見えないというのに、カケルがこの世界から消えたことを感じ取り、静かに涙を流す。
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(やれやれ、かつては人間相手に戦った私が、随分と絆されたものだ)
そう考えながらオーシスはポートルートに向かって歩く。かつてオーシスは、亜人の地位向上のために、人間と戦った。亜人でありながら人間と共に歩む道を選んだ「四人四季」の面々を恨んだこともあったが、直にオフィーリア達にも理解者は現れた。その男は驚くほどこの世界の事を知らず、常識がなく、そして無鉄砲だった。その姿がカケルとダブり、思わずオーシスは込み上げてくる思い出を噛み締める。
「なぁ魔王、私たちは元気だぞ。見ず知らずの他人のために命まで張れたお主は、間違いなく私たちにとっての英雄だ。だから今は安らかに眠れ」
魔王が戦うために使った「傷癒し」という災厄スペル。だが、今の時代は平和すぎる。およそ戦いとは無縁のこの世界で、ウオアムはその役目を終えたのだろう。その日突如として起こった局所的な地震は、幸いにも人的被害は出なかった。同じ日に、始まりのエルフであるオーシスたちがポートルートに移住をして、ヒイラギ国の発言力は一気に強まった。また、不可能だと思われていたヒイラギ国とティラキア王国の友好条約も、長い話し合いの末決定された。
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何の脈絡もなく、カケルの意識は唐突に覚醒する。目を開けると、そこは何度も見た光景。カケルの目の前には相変わらず形容しがたい不可思議な紋様が浮かんでいる。この世界の人々が言う所の、創造神ユナテクトだ。だがカケルは今ならわかる。創造神と崇められているが、実際のところは他の世界から人や物を持ってきているだけだという事を。そしてユナテクトが知らないところで勝手に崇められていることも知っている。そしてカケルはユナテクトを見据え、まるで旧知の親友かのように、乱雑に切り出す。
「魔王を倒してやったぞ。これで文句ないだろう、ユナテクト様」
『お前まで私をそのように呼ぶのか。他人に勝手に決められた名前など、むず痒い』
「じゃあなんて呼べばいいんだ?」
『名前などはないから、好きに呼ぶといい』
「そっか。じゃあユナテクトで。その方が分かりやすいし、何より他の人間が何といおうが、俺が知っているユナテクトは一つだけだ。どんな名前で呼ぼうが、見方まで変わるわけじゃない」
そう言い切ってカケルはニッと笑う。つられてユナテクトの紋様も、微妙に変化する。カケルは過去を回想する。最初はとんだ無理難題を押し付けられたと憤慨していたが、時が経つごとにカケルは地球の事を思い出したのだ。引き籠りでニートで、その癖甘ったれた自意識を持っていた自分を。周りが誰も自分を認めてくれないと勝手に思い込み、この世から消えていなくなりたいと願った、どうしようもない自分を思い出したのだ。いい年をして部屋に閉じこもって、現実には冷めていてゲームには熱くなる。そんな自分を思い出して、カケルはそのみっともなさに自嘲する。だがそんなカケルを見て、ユナテクトはぶっきらぼうに告げる。
『お前が望むなら地球に帰れるぞ。他の奴らと違って、お前は地球で死んだわけではないからな』
「え?帰れるの?」
『あぁ、魔王を倒したんだからな。これできっと魔王も報われる。お前はこの世界で多くの命を救ったんだ。だからこれは当然の権利と言える。当然、お前が望めばの話にはなるがな』
そのユナテクトの言葉に、カケルは一瞬言葉が詰まる。もしこのユナテクトの話を断ったら、カケルはまたウオアムの世界で生き続けられるのだろう。涙で別れを告げた奴らに何食わぬ顔をして再開すれば、相手は随分と驚き、同時に嬉しくなるのだろう。そんな未来もいいのかもしれない。だが、カケルの中で答えはすでに出ている。
「地球に帰してほしい。お世話になった人たちに別れは告げたから、今更戻ったら格好がつかない」
『そうか・・・』
「それに、もう逃げださないって決めたからな」
そう言ってカケルは笑う。それに、ユナテクトは何も答えない。だが、その無言が最大限のカケルへの賛辞の証なのかもしれない。もうユナテクトがカケルに小言を言う余地は無くなったのだ。カケルがユナテクトと別れる際、少しばかり目に涙が溜まる。だが、ユナテクトは相も変わらず不可思議な紋様のままだ。そのいつも通りのユナテクトに、カケルは笑顔を見せる。しみったれた顔をして別れても後から辛いだけだ。それならば、せめて笑顔で別れるのだ。
「さよなら、ユナテクト」
『あぁ、さらばだカケル』
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カケルの意識は、再度覚醒する。だが、その覚醒は今までのものとは異なるようで、目を覚ましたカケルは思わず辺りを見渡す。そして、現代的な時計を見やり、数か月の月日が経過している事に驚く。カケルが部屋を見渡すと、数か月が経っているにも関わらず、部屋の中は綺麗だ。それを見て、カケルは急いで部屋のドアを開ける。ドアには「開けるな」という張り紙が貼ってあるが、カケルはドアを開けっ放しにして、すぐさま階段を駆け下り、リビングに入る。
「カケル、カケルなのか・・・?」
「良かった、本当に良かった!心配していたのよ、今までどこに行っていたの!いや、そんなことより、ケガはない?」
カケルの姿を見て、カケルの両親は一瞬でカケルに詰め寄る。だがその言葉はとても優しくて、カケルは思わず顔を手で覆う。
「ごめん、俺どこか遠くに行っていたんだ。でも、もう無断で遠くに行ったりしないから。部屋からも出るし・・・あぁそうだ!買い物も行こうよ。母さん、もうすぐ誕生日だよね。あ、お金も稼がないとな。俺、これから真面目に働くよ。なりたい職業が出来たんだ」
余りの感動にカケルは早口になる。様々な感情が沸き上がり、上手く言葉にできないのだ。だが確かに、離れ離れになっていた一家に、温もりが戻った気がする。
そして月日は流れる。ある日急にカケルが地球からいなくなってから、十数年という年月が流れた。その間も地球は変わり続け、人々の生活も同様に変わり続けた。技術はさらに発展し、人類は遂に新しい惑星、ウオアムを見つけた。それも、ただの惑星ではない。無人ロボットの調査によると、そこでは人間や、人間に似た生き物がいるというのだ。移住地にもなりえる存在に、人々は大いに湧いた。そして、今日はその惑星に向けてのロケットの発射日だ。亜空間ワープによる長距離移動を可能にしたそのロケットは、様々な国の代表を乗せて発射する予定だ。当然搭乗者は、各国の精鋭宇宙飛行士だ。今では珍しい人間のアナウンサーが、声を張り上げる。
「見てください!今日本代表の宇宙飛行士が姿を見せました!かつては引き籠りでありながら、その後の驚異的な猛特訓と、ウオアムの言語への類まれなる理解力を持っていたことから、日本代表に選ばれました」
そう言ってアナウンサー見つめる先には、一人の男がいる。男は腕を見つめている。地球に帰ってきたころの男の腕には、くっきりとした日焼けの跡があった。それこそが、男が経験した不思議な出来事が、夢ではなかったと証明していた。だが、今では投影装置の跡はきれいさっぱり消えている。だが男は、不思議と後悔はない。今までひたすらに頑張って、ここに立っているのだという自負があるのだ。ふと男が顔をあげると、目の前にアナウンサーが迫っている。
「それでは最後に立木駆さんに意気込みを伺いましょう!立木さん、ウオアムに旅立たれるという事で、今どんな気持ちでしょうか?」
そのアナウンサーの問いに、男はふっ、と笑う。男にあるのは未知の場所に向かう不安ではない。ただただ憧れの場所へ向かう高揚感のみ。男は笑顔でアナウンサーの質問に応える。
「今の気持ちは―――」




