終着点
一行はリッツベルからゴールデンローズ号に戻る。そこでは、バロンが一行を出迎えている。バロンは一行を見渡した後、ゆったりとした口調で告げる。
「皆様、この旅路も残すところ少しとなりました。あと少しでリーガル帝国に戻ります。皆様は当初の目的を覚えておられるでしょうか?私から操舵室の鍵を奪い取り、操舵室にある皆様の大切なものを集めた人に月読みの懐中時計を渡すというものです。どのような方法でも構いません。私から操舵室の鍵を奪ってください。皆様は自己肯定感が低いようですが、皆様が思うよりも随分と、本来の自分というのは強いのです。この旅で皆様は色々と学ばれたと思います。その集大成を見せる時でございます」
バロンのその言葉に、一同に緊張が走る。どうやら、自分が何のためにこの船に乗ったのかを思い出したようだ。ふと、カケルがアルトリアに尋ねる。
「そう言えばアルトリアさんは操舵室の鍵を奪わなくていいんですか?」
「私の今回の目的は月読みの懐中時計ではない。ティラキア王国の代表者と話し合い、亜人と人間の関係を修復する事が目的だった。そして、あわよくばティラキアⅡ世に過去の罪を償わせてやろうとも思っていたが・・・当てが外れた」
「すいません、俺がアルトリアさんの復讐の邪魔をしたみたいで」
「構わない。元々、復讐なんて馬鹿なことだと分かっている」
そしてカケルは考える。カケル自身も、ティラキアに他国が攻め込まないように、牽制をかけるのが目的だった。カンギは脅すことに成功したし、パルメトもザッツバークという良心がいれば、余程の事は起きないだろう。残るはリーガルだが、そこは考えてある。要は、リーガル帝国の帝王であるヨハネス・イークハイムに、ティラキアとは戦争をするよりも、もっと価値があることを提示すればいいだけだ。カケルはチラリとキルクスを見る。最初にティラキア王国の港町リングウェイに行ったとき、キルクスはそこで各国の特産品が売られているのを見ている。頭がいいキルクスなら、戦争より貿易の方が得をするという事が分かるはずだ。
(種は蒔いた。俺が出来ることはすべてやったはずだ。後は、リーとキルクスとアイゼンハルトが、どうやって月読みの懐中時計を手に入れるかを見守るだけだね)
そんなことを考えているとリーが拳を構え、バロンを見据える。突如リーの体から闘志が溢れる。間違いない、リーはこのホールでやるつもりなのだ。それを受けてバロンも拳を構える。
「私は生憎とこれしか取り柄がないから、力ずくで操舵室の鍵を奪わせてもらうわよ」
「リー様の実力を見させていただきます」
バロンが言い終わると、リーは素早く距離を詰める。リーの拳が光り、バロンに触れていないのにバロンの腕を弾く。だがバロンは、カンギの武術に平然とついていく。バロンが目を細めると、途端にリーの魔力爆発を見越したかのように、リーの攻撃を躱していく。
(リーは魔力爆発で間合いを有耶無耶にして主導権を握るつもりが、バロンには通じていない。まるで魔力の流れが見えてるかのように、綺麗に躱している)
思わずカケルは息をのむ。まだこの世界にはこれほどまでに強い人がいたのかと驚くのだ。そして、バロンには敵わないにしても、リーも十分に強い。そんなリーをボコボコにできるクーエンに剣を向けたことをカケルは思い出し、やはりはったりは役に立つと考える。ふとカケルが戦闘を思い出し顔をあげると、リーのスタミナが切れてきたのか動きが鈍くなっている。
「リー様、終わりですか?」
「・・・っ!誰が!もう馬鹿にされるのはごめんなのよ!」
そう言ってリーがバロンに掴みかかる。だがバロンはそれすらも余裕をもって避ける・・・その時だった。バロンの体が一瞬止まる。見ると、キルクスが後ろからバロンの体を拘束しているのだ。
「キルクス様、何をっ!?」
「隙あり!」
戸惑うバロンの一瞬のスキをついて、リーがバロンの服から操舵室の鍵を奪い去る。そこでようやくバロンは気付く。結託していたという事を。急いでバロンはキルクスの拘束を破りリーを追おうとするが、バロンの行く手を阻むようにカケルとアルトリアが立つ。
「カケル様、アルトリア様。何故邪魔をするのですか?」
「アイゼンハルトにお願いされたんですよ」
そう言ってカケルは笑う。バロンが見ると、アイゼンハルトがカケルとアルトリアに向かって手を振っている。商業国家パルメトの教えからか、アイゼンハルトは交渉術が優れている。カケルとアルトリアは、アイゼンハルトのお願いを聞き入れて、バロンの前に立ちはだかっているのだ。そこでバロンが言う。
「成程、どうやら結託して操舵室の鍵を奪うようですね。ですが、分かりませんね。月読みの懐中時計は一つしかありません。結局最後は奪い合う事になりますよ」
「バロンさん、俺たちは一度でいいから父上たちを見返したかった、それだけだよ。結局最後は奪い合う訳だけど、俺たちも無能じゃないって証明したかったんだ」
バロンの呟きにキルクスが答える。どうやらこの作戦の立案者はキルクスのようだ。頭のいいキルクスは、皆が力を合わせれば鍵を奪えるという事に気付いたのだ。全てはそれぞれの国王を見返すため。その王族たちの成長ぶりにバロンはふっ、と笑う。そんなバロンにキルクスは告げる。
「バロンさん、俺はあなたのことを完璧な人間だと思っていた。でも、力を合わせれば、俺たちの勝ちだ!」
「私は完璧などではございません。この世に完璧な人間など、一人もおりませんよ」
キルクスに褒められて、バロンは自分自身を嘲笑する。何故ここでバロンが自分自身を嘲笑するのかが分からず、キルクスは首をかしげる。その一連のやり取りをポールが黙って見つめている。そして、操舵室からリーの声が聞こえる。
「どういう事よ!カブさんはいないし、大切なものもなくなってるんだけど!」
その言葉に、思わず全員が急いで操舵室に向かう。すると、確かにリーの言う通り、操舵室にはカブがおらず、皆から集めた大切なものもなくなっている。それを見て、キルクスがバッと振り返り、バロンを見つめる。
「バロンさん、カブさんはどこ!?」
「・・・答えられません」
その返事にキルクスは顔を歪め、やられた!と叫ぶ。
「カブさんが大切なものをもって、この船から出ていったんだ!パルメトに向かうまでの間は、ジョーフィッシュが現れて、カブさんは操舵室で暗礁地帯を潜り抜けていた。だから、その後に大切なものを全て持ち去って、リッツベルに降り立ったんだ。くそっ、リッツベルから今まで、暗礁地帯が全然ないから、自動操縦で事足りるんだ。何で気付かなかったんだ!」
キルクスが悔しそうに叫ぶ。大人を見返してやろうと一計を案じたにもかかわらず、最後は華麗に躱されたのだ。キルクスは悟る。きっとこの事は忍びから報告が入り、父の耳に届くのだろう、と。結局自分は無能なのか、と言う感情が湧いてきて、空しく笑う。だがそこで、バロンが急にポールに向き直る。
「ポール様は、今回の事件についてどこまで分かっておりますか?」
「全て分かってるよ。バロンさんが知りたい答えも知っている」
「是非教えてください!」
「・・・いいけど」
一体なんの話だとキルクスは首をひねる。だがポールはそんなキルクスの心情など知らず、話始める。
「今回は色々なことが起きたね。まず皆が思っていることを整理しよう。カブさんが大切なものを持ち去ってゴールデンローズ号から消えたと、皆は考えているはずだ。でも、実際はもっと別の事が起きているとしたらどうだろうか」
「分かりやすく言いなさいよ」
「まぁまぁ慌てないで。リーはザッツバークが言っていたことを覚えてるかな?去年、パルメト周辺で船が事故に遭い、船長が亡くなる事件が起きた、と言っていたよね。そしてカブが旅をしたのも去年の話だ」
「あっ!?」
ポールの推理に思わずラパツが声を上げる。そんなラパツを放っておいて、ポールは推理を進める。
「俺が最初に感じた違和感は、一度船が大きく揺れた時だね。あの時、アイゼンハルトは船の操縦を申し出たよね?」
「あぁ・・・」
「でも断られた。操舵室の中からカブさんの声で、酒を飲んでいる奴には任せられない、って言われて。でもカブさんはラウンジには現れなかった。何でカブさんは、アイゼンハルトが酒を飲んでいたことを知っていたのかな?普通に考えれば、未成年であるアイゼンハルトが酒を飲むはずが無い。でもカブさんは言い当てた。つまり、あの時操舵室にいたのはバロンさんだったんだよ。バロンさんは直前に酒を飲んでいたから、ふらついて船が揺れたんだ」
「ちょっと待て、ポールよ。私とカケルとリーがジョーフィッシュの群れと戦っていた時、確かに甲板にはバロンはいたぞ。そしてあの時は暗礁地帯を潜り抜けるために自動操縦ではなかった。それは一体、どう説明する?」
「よくぞ聞いてくれた、アルトリアさん。実はバロンさんには共犯がいたんだ。あの時、共犯者が船の操縦をしていた。カケルから聞いたんだけど、バロンさんの剣の切れ味はとても良かったそうだよね。皆、覚えてるかな?船が出発する時に、皆から集めた大切なものの中に、切れ味が抜群に言いナイフがあったことを。船が操縦出来て、切れ味のいい剣を作る技術がある・・・。共犯者は君だよ、アイゼンハルト」
「・・・っ!」
ポールに言われて、思わずアイゼンハルトが竦む。構わずポールは続ける。
「アイゼンハルトは、カケル達がジョーフィッシュの群れと戦っている間に、大切なものを取ったんだ。カブは元々いないから、大切なものがなくなっても、気付く人はいない」
「そこまでして月読みの懐中時計が欲しかったのか?」
「カケル、バロンさんが俺たちに見せたあの懐中時計は偽物だよ」
「え?何でそう言い切れるんだ?」
「それはバロンさんの本心を考えれば分かるよ。思い出してみなよ。バロンさんの兄のカブさんは、去年船の事故で亡くなった。事故の状況は、暗礁に乗り上げたことによる船の大破。でも、カブさんは船の扱いに余程自信があるはずだ。それはバロンさんの証言だから確かだろう。ならばどうやって事故が起きたのか?あの海域は、公海だ。各国の船が行き来している。考えられるのは接近する船に気付かずに舵を切って、暗礁に衝突したくらいだ。でも、そんなこと、霧でも出ていなければ起こらない」
「それじゃあ、一体・・・?」
思わずポツリと漏れ出たカケルの疑問に答えるように、ポールは語りだす。
「一つ答えがあるじゃないか。船にインビジブルのスペルをかけていれば、接近には気付かない。そして、そんなことをする船は、一つしかない。バロンさんも同じ答えに辿り着いたはずだ。カブさんは密漁船によって殺されたのだ、と。そしてバロンさんは、今回の旅路を利用した。各国の代表者を集めたこの船で、1年前の海路を辿る。俺たちに月読みの懐中時計を見せた状態で、だ。過去の事を見れるこの月読みの懐中時計を餌にすれば、真犯人はこれを奪い取ろうと躍起になるはずだと考えたんだ。つまりこれは、月読みの懐中時計を手にするに値する人を見つける旅なんかじゃなく、一年前の密漁船が何処の国から来たものかを探るための旅だったんだ。当然月読みの懐中時計は偽物。本物なら魔力を流して真相を見ればいいだけだしね」
「流石でございます、ポール様。兄が亡くなったと知った時は酷く辛かったです。何故兄が生きている間に、もっと一緒に過ごさなかったのかと嘆きました。兄は無鉄砲でしたが、それに見かねて兄を一人で海に行かせた私も、今思えば酷い事をしたものです。ですので、これは兄の弔いのための旅路なのです。兄を死に追いやったものを後悔させるための旅路なのです。そして、今ようやく犯人が分かりました。私の予想では、犯人は事件が起きたパルメト周辺で、強引にでも私から月読みの懐中時計を奪いに来るはずでした。何故犯人が月読みの懐中時計を奪いに来なかったかが分からなかったですが、元々月読みの懐中時計が偽物だと伝えていた共犯者なら、納得ですね」
そう言ってバロンはアイゼンハルトに向かって剣を構える。だがアイゼンハルトは首を振り、慌てて否定する。
「待って、僕じゃない!僕が今大切なものを持っているのは、真犯人の動揺を誘うためだよ!それに、僕が犯人ならバロンさんに協力を申し出たりしないよ!」
「それは私の油断を誘うためでしょう」
「本当に違うんだって!」
「バロンさん、アイゼンハルトは事件の真犯人じゃないよ」
「ポール様、何故そう言い切れるのですか?」
「言ったでしょ、俺はバロンさんが知りたい答えも知ってる、って。カブさんは無鉄砲で、自信家だった。きっと岩礁地帯の海も、スイスイと進んでいたんじゃないかな?旅は順調そのものだった。でも、海というのは何があるか分からない。カブさんは、いきなり現れたものに驚いて急に舵を切り、事故を起こしたんだ」
「だからそれは密漁船でしょう」
「いいや、違うよバロンさん。カブさんの目の前に突然現れた物、それはクーナラカールだ。リザードマン達が住む巨大な亀だけど、実際に降り立って、生命の鼓動を感じないと亀だと分からない。カブさんは島だと思っていたそのクーナ・ラカールが当然動き出し、驚いて事故を起こしたんだ。これがどこかの国の密漁船なら、今頃バロンさんはこの世にいないよ」
さらっと恐ろしい言葉でポールは自分の推理を締めくくる。そのポールの推理を聞いて、誰も何も言えない。何故なら、バロンが顔を覆って、涙をこらえて叫んでいるからだ。そんな光景を見て、誰も何も言えないのだ。だが、ポールだけは最後の謎解きをする。
「さて、最後にこれだけは言っておくね。本物の月読みの懐中時計の在処だ。実は、鍵はザッツバーク市長の話にある。古代の人は、月読みの懐中時計を定期的にメンテナンスしていたと言うが、よく考えればこれは可笑しな話だよね。だって、魔道具は魔力さえ流せば効果が発動するものだから、時計の部分なんていらないはずだ。そこで考えるべきことは、もしかして古代の人にとっては、時計の部分こそが重要だったんじゃないか?という事だよ。古代のパルメト人は海を大切にしていた。つまり、海が活性化する青の色の日を重要視していたはずだ。でも人間はリザードマンみたいに、青の日に気分が落ち着くなんてことはない。そこで、古代の人が青の色を見分けるために使っていたのが、潮の満ち引きの時間だよ。満潮になる時間を比べることによって、色の日を見極めていたんだ。カケルが言う通り、何が宝物かは人それぞれっていう奴だね。彼らは月読みの懐中時計を魔道具として見ていなかった。だから、リッツベルで少し探したら、時計売り屋に売っていたよ」
そう言ってポールは平然と懐から月読みの懐中時計を取り出す。そして、未だ顔をおさえているバロンに話しかける。
「この月読みの懐中時計はバロンさんに渡すよ」
「・・・何故ですか?」
「魔道具は見つけた物勝ち。だからこの魔道具をどうするかは俺が決める。バロンさん、この魔道具があればカブさんの軌跡を辿れるよ」
「待ってポール、それはつまり・・・!」
「カケルは黙ってて。これはバロンさんの選択なんだ」
バロンは顔を上げ、月読みの懐中時計を見つめる。そして震える手で月読みの懐中時計を受け取る。バロンはカブを殺した真犯人に後悔させる旅路だと言っていた。だが、本当に後悔しているのはバロン自身だろう。何のことはない、一番許せないのは、近くにいたのに何もしてやれなかったバロン本人なのだ。だからバロンは月読みの懐中時計を見つめる。きっとバロンはこれから、この魔道具を胸にカブが通った海路を辿るのだ。そこで過去を見て、なぜ自分がいてやれなかったのだと嘆き悲しむ。過去は過去だから、今更どうすることも出来ない。だが、一つだけ残された道はある。「後悔の旅路」は、バロン自身が後悔するたびなのだ。その旅路の果てに、バロンがどうやって罪を償うか・・・。それは今のバロンの表情を見れば、自ずとわかるものだろう。思わずカケルは止めようとするが、ポールがカケルを制する。まるで、これがバロンの望んだ生き方だとでもいう様に。バロンは一同を見て、顔を伏せ、囁くような声で告げる。
「皆様、短い間でしたがありがとうございました。私はこれより、後悔の旅路へ行ってまいります」




