ティラキア王国
あの後宴は解散となり、それぞれが部屋に戻った。そして、ゴールデンローズ号はティラキア王国を目指す。この船はカブが1年前に通った海路と全く同じ道を進む。ティラキア王国の次はヒイラギ国、カンギ国、パルメト国、最後にリーガル帝国だ。眠れないポールが甲板に行くと、そこには夜風に当たるカケルの姿がある。思わずポールがカケルに近づくと、カケルは海に向けて手を伸ばしており、その手は緑色に光り輝いている。おもわずポールはカケルに尋ねる。
「カケル、それは?」
「あぁ、ポールか。この広大な海、オノムラニアディに向かって自然の治癒を使ってるんだ」
「海に向かって自然の治癒を?それにどんな意味があるんだい?折角の緑の魔力なんだ、自分自身に体力増強のスペルを使った方がいいんじゃない?カケルは冒険者でしょ、体力を上げるのは大事だと思うけど」
「ポール、確かに俺も昔は、自分自身に体力増強を使っていたよ。あの頃はとても弱かったし、何より死にたくなかったから、必死に自分が強くなる道を探していたよ。でも、リッツベルで学んだんだ。例え微力でもこの自然を守りたい、ってさ。誰かがやらなきゃこの自然はあっという間に崩壊するんだよ」
「カケル、でもこの海は平和そのものだよ。確かにリッツベルでの工業排水の垂れ流しは酷かったけど、この海は広大だ。現に、ここら辺には綺麗な海が広がっているよ」
「・・・ポール。それは仮初の平和だ。平和に見えているようで、その実平和じゃない。例えばリッツベルの赤潮は、魚が生きる事を不可能にさせる。そのため魚はリッツベルから逃げていき、今度は逃げた魚の影響で、自然環境が変化する。巨大な亀でもあるクーナ・ラカールも、自然環境の変化で日々移動しているんだ。俺らが感じたあの揺れは、クーナ・ラカールが移動していた証拠さ。ポール、平和というのは、影で誰かが不幸になっているって事だよ」
カケルのその言葉は妙に説得力があるようで、ポールは何も言えなくなる。だがそこまで言われても、ポールは考える事をやめない。それが名探偵、ひいては人間の性なのだ。どんな無理難題でも、最後まで考える事をやめないのだ。例え空想論だと馬鹿にされても、ポールは必死に、この世界を良くするための策を模索する。そしてそれはカケルも一緒だ。オノムラニアディに自然の治癒を使っても、焼け石に水だという人もいるだろう。だが誰かが水をかけないと、きっと誰も水をかけない。そして、一人では無理でも、多くの人が水をかければ世界は変わる。カケルはそういう人間だという事をポールは知っているから、カケルの言葉にポールは笑い、ご飯を差し出す。
「はい」
「ポール、これは?」
「差し入れだよ。きっとお腹がすいてるだろうと思って」
「名探偵には敵わないね」
それだけで、二人は笑顔になる。結局、似た者同士なのだろう。そんな折、いきなり船が揺れ、二人は慌てて振り落とされないように、手すりに摑まる。やがて揺れは収まり、一体何事かとポールとカケルが操舵室に向かうと、そこには既にアイゼンハルトがおり、操舵室の扉を叩いている。
「カブさん!船が大きく揺れたのですが、大丈夫ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ!ちょっと手元が狂っちまって、危うく暗礁に乗り上げるとこだった!まだ暗礁地帯は抜けれてないが、もうさっきの様なことはない。安心しろ!」
「カブさん、体調が悪いのなら僕が代わりますよ!パルメトは領海も大きくて、僕も幼少のころから船の操縦を学んできましたから!」
「流石に子供に任せる程、俺も落ちぶれちゃいねぇよ!それにお前は酒を飲んでただろ、舵取りは任せられねぇな!」
そう言われてアイゼンハルトは引き下がる。そのやり取りを見てカケルは、アイゼンハルトが船の操縦が出来るという事に驚く。王位継承権はないが、王族として色んなことをやらされたのだろう。そして次の日、ゴールデンローズ号は最初の目的地であるティラキア王国に到着する。ティラキア王国の港町は、ティラキアⅡ世の急死を受けて、混乱している。そんな人々の混乱している姿を船の上からカケルとポールが眺めていると、リーがやってくる。
「ちょっと、カケルとポール!アンタたち、ティラキア王国の代表で来たのよね?それならこの国を案内しなさいよ!」
「別にいいけど・・・リーはティラキア王国の内情を知りたいのかい?」
「私だけじゃないわよ。アイゼンハルトもキルクスも知りたいって言ってるわ。敵情視察なんて当たり前でしょ」
「はははっ、敵、ね・・・。まぁいいけど」
そうやってカケルとポールはリーとアイゼンハルトとキルクスを連れてティラキア王国を回ることになる。バロンとカブは船に残るようだ。バロンは船の守りをしないといけないし、カブに至っては月読みの懐中時計があるので、操舵室に閉じこもっている。アルトリアとラパツはやることもないので、ついてくることになる。そして7人はティラキア王国の港町に降りたつ。正確に言えば7人の背後に忍びたちが付いてきているのだが、王族たちは気付かない様だ。
「ふむ、ティラキア王国に帰ってくるのも久しぶりだ。この国には思う所もあるが、この港町リングウェイはテトの生まれた町でもある。また帰ってくることになるとは思わなかったな」
そうしみじみというアルトリアに思わずカケルは町の真ん中を見やる。そこには、銅像が立っている。しかしその銅像は一つだけ、つまりテトだけだ。いくら英雄と言えども、亜人は銅像にはしていないのがこの王国らしいとカケルは感じる。それを見て、リーが驚く。
「噓でしょ?「四人四季」と言えば魔王を退けた英雄なのに」
「国王の権力が行き届いている王都グーンラキアには、テトの銅像すらないよ。それにリーだって、テト以外の名前は知らないんじゃない?」
笑いながらカケルが答える。そう言われてリーはうっ、と黙る。その様子を見て、もしアルトリアが「四人四季」のメンバーだと知れ渡れば皆混乱するだろうな、とカケルは感じる。すると、そんな7人の様子を見ていた村人が口を出す。
「お前さんら、リングウェイは良いところだからゆっくりしていけよ」
「あー、船の出向の時間もあるし、ゆっくりはできないけど、存分に観光はさせてもらうつもりだよ」
ポールはそんな見ず知らずの人間の語り掛けに、気さくに答える。そうして、敵情視察だと張り切るリーとアイゼンハルトとキルクスに話しかける。
「どうかな、皆。このリングウェイに並べられてる商品を見て、何か思う所はないかな?」
「思う所と言っても・・・。あ、このジョーフィッシュはパルメトの特産品ですね。ティラキア王国の周辺では取れない筈ですから、パルメトからの輸入品ですか?」
「こっちの指輪はカンギの意匠よ。特徴的だからすぐわかるわ」
「骨董品のほとんどはリーガル帝国からの出土品だ。やはりリーガル帝国は歴史があるんだね」
「そうだね。君たちは敵情視察だといきこんで来たけど、俺は純粋に観光のつもりで来たよ。戦争が起きていない時でも敵国だというのは、いささか神経質すぎる。それに子供はそんな事考える必要はないんだよ」
そう言ってポールは後ろに向かって石を投げる。するとその石を避けるように、忍びが隠れ場所から飛び出す。それを見て、リーとキルクスが自分たちに忍びがつけられていることに気付く。忍びたちはポールを恨めしく睨むが、そのポールはどこ吹く風で王族たちに話しかける。
「今はこのリングウェイを見て回ろうよ。もしかしたら、もう二度とここには来れないかもしれないんだよ?」
そのポールの言葉に納得したのか、それから3人はリングウェイの市場を見て回る。王族というプレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、世界の広さを知るのだ。
_____
時を同じくしてカケルは、アルトリアとラパツと一緒にリングウェイの町を歩いている。リングウェイについてからというもの、アルトリアがどんどん先行して歩いているので、カケルとラパツはついていく形になっている。そしてアルトリアは一つの廃墟に辿り着く。
「ここは・・・?」
「テトの家だ。笑える話だが、この国での英雄の扱いなんてこんなものさ。「四人四季」というパーティーの名前は知っていても、メンバーの名前はテト以外知らないものだ。そのテトの活躍を知る者も、随分と減ったものだ。人間というのは寿命が短いくせに、昔の事を代々伝えようとしないから、すぐに忘れ去る」
そう言ってアルトリアはビールを取り出し、テトの墓に手向ける。見ればテトの家は、テトが死んでから盗賊に荒らされたようだ。かつての英雄も、時代が変わればただの金持ち。そして死後、遺品を狙われるのみとなり果てる。その時代の流れという奴をカケルは感じて、何とも言えない表情を浮かべる。見れば、カケルはホワイトナイツに手を出したというのに、町中には指名手配のポスターの一つもない。あるのは、ティラキアⅡ世が急逝したという報だけだ。人というのは、自分の身近なことにしか興味を示さない。
(その無頓着さが人間の人間たる所以か。対して亜人は自然を気にしすぎて、発明などには縁がない。全ての種族が一つになるという事が夢物語とは、言うまでもないか)
だが、カケルはそう理解しながら、最後まで考える事を諦めない。その諦めの悪さも人間だろう。ふと、カケルはラパツが前に比べて少し変わったことに気付く。
「そう言えばラパツさんは変わりましたよね。前までのルピー原理主義が嘘みたいに、丸くなった気がします」
「そうですか?そう感じるのは、私がルピーより大事なモノを見つけたからかもしれませんね」
カケルの言葉にラパツは嬉しそうに頬を掻く。そして、その様子を眺めて何処か嬉しそうなアルトリア。ここでようやくカケルは全てを悟り、アルトリアとラパツについてきたことを後悔するのだった。同時に、王族たちの方についていったポールを恨む。
(ポールにハメられた!)
時すでに遅し。どうやら名探偵の方が一枚上手だったようである。




