二回目の神頼み
ティラキア王国の国王、ティラキアⅡ世は人々の喧騒で目を覚ます。ここはリッツベルの高級宿。とはいっても、リッツベルの中で一番高い宿であって、とてもではないがティラキア王国の国王には釣り合わない宿なのだが。そんな宿で、人々の喧騒に起こされるまでは、ティラキアⅡ世はぐっすりと熟睡をしていた。というのも、このリッツベルでの謀が上手くいって、快適な眠りが出来ていたのだ。イート国との戦に勝利してから、ティラキア王国は一気に列強の仲間入りを果たした。大陸には、イート国以上の強国が山ほどある。歴史あるリーガル帝国、商業国家パルメト、亜人たちが治めるヒイラギ、武術を極めたカンギ・・・。それらの列強の仲間入りをしてから、ティラキアⅡ世に心休まる時間はなかった。だが、このリッツベルで謀がうまくいき、運が良ければパルメトとの繋がりを強くしながら、公然と亜人を狩ることが出来るようになったのだ。
(やはりこれからのティラキア王国を担うのは奴隷産業だ。特にリザードマンの奴隷なら、戦闘用として高く売れる。未知の森にすむというエルフを捕らえられなかったことは悔しいが、リザードマンの奴隷が手に入るのなら上々だ)
そう考えて熟睡していた矢先にこれである。ティラキアⅡ世は額に青筋を立てながら、家来に尋ねる。
「外が喧しい。何が起きた?」
「それが、どうやら市場にリザードマンが現れたようで。しきりに今回の騒動は仕組まれていた、と騒いでいるのです。それにつられて、リッツベルの市民も野次馬根性で集まっております」
「ふん、くだらんな。亜人の癖に人の言葉を話すトカゲモドキと、それに集まる愚民どもか。だが、私の気分を害したのは罪深い。どれ、私が直々に赴いてやるとするか。剣をもて」
そう言ってティラキアⅡ世は宿の外に出る。その日のリッツベルは曇天で、まるで人々の心の不安を表しているかのようだ。ティラキアⅡ世についてくるように、ティラキアⅢ世も市場にやってくる。最近ティラキアⅢ世がふらりといなくなるので、それがティラキアⅡ世の不安の種だったが、今日は大丈夫なようだ。実は色の日に左右される影響で、今日はインビジブルのスペルをうまく使えないのだが、当然ティラキアⅡ世はそんなことを知る由もない。
「父上。あそこに人だかりができています」
「うむ。リュートは危ないから離れておけ。亜人というのは危険で野蛮な生き物だから、何をしでかすか分からん」
そこだけ聞けば子を思う心優しき親なのだが、如何せん思考の偏りがひどすぎる。他国からやってきてリッツベルを荒らすだけ荒らすこのティラキアⅡ世は、当然褒められた生き方ではない。だが当のティラキアⅡ世はどこ吹く風で、人だかりに向かって歩き出す。ティラキアⅡ世が歩くと、人波がわれ、自然と道が出来る。まるでモーセのようだ。そしてティラキアⅡ世はリザードマンと対峙する。
「ほぉ。父の話で聞いたことがあるが、お前はかつて「四人四季」の一員となって魔王軍と戦ったリザードマンではないか。時にザッツバーグ殿、何故貴公がそのリザードマンの横にいるのか?」
「私はこのリッツベルの市民を代表して、クーナ・ラカールの族長であるラカール殿の話を聞いていただけです。リッツベルとクーナ・ラカールの友好はご存じかと」
「何を言う。いくら友好を築いても、亜人というのはここぞという時に裏切る種族なのだ!よもや、昔魔王軍が侵攻してきた理由をお忘れか?「亜人のために」、そう魔王は言ってきたのだ!亜人とはそういう生き物なのだ。亜人には神の裁きが下されるだろう!」
ティラキアⅡ世が大声を張り上げる。実際、過去の魔王軍は亜人のためにと言って戦争を仕掛けたが、もとはと言えば、人間至上主義のティラキア王国が、亜人に対して圧政を敷いていたのが元凶だ。ちなみに魔王が現れた当初は、亜人たちが治めるヒイラギの刺客だと認識されていたが、どうやら魔王はどこの国の出身でもないというのが最近分かっている。いきなり現れた魔王は、不思議な存在なのである。話を戻すが、ティラキアⅡ世が声を張り上げると、急に空が淀む。すわ、神の裁きかと市民が身構えると、轟音と共に本当に空から雷が落ちる。
「グァッ!な、何故だ・・・!」
だがその雷は、リザードマンではなく、ティラキアⅡ世に直撃する。人々が落雷の眩しさに目を瞑り、少しして恐る恐る開けると、そこには無残にも焼け焦げたティラキアⅡ世の焼死体が転がっている。その表情は苦悶で歪んでいる。それを見て、ザッツバーグが語りだす。
「皆の者、聞くがいい。このティラキアⅡ世には悪魔が乗り移っていた。だが、創造神ユナテクト様の神の裁きが下され、悪魔は滅びた!今ここに、リッツベルとクーナ・ラカールの友好を確かなものとする!」
そう言ってザッツバーグはラカールの手を取る。対するラカールも、しっかりとザッツバーグの手を握り返す。人々は、神の裁きが下されたとなると、ティラキアⅡ世には本当に悪魔が乗り移っていたのだと納得する。例え目の前で不可解なことが起きても、納得できる答えがあるならそれに飛びつくのが人間という奴だ。ザッツバーグとラカールの握手を、市民が褒め称える。
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「今のは・・・?」
リュートが異変を感じたのは、雷が落ちた衝撃と、一瞬の閃光からだ。急いでリュートが駆けだすと、そこには焼死体となったティラキアⅡ世が転がっている。
「うっ、父上・・・!」
その無残な光景を見て、思わずリュートは口を手で押さえる。周りが神の裁きだと口にしているので、本当に神の裁きが下りたのだとリュートは納得する。だが、そうは言っても実の父親を失ったのだ。リュートはショックのあまり、頭が真っ白になる。そんなリュートの背中をなでる小さな手。振り返れば、そこにはリッツベルで知り合った、リュー路の友達の姿がある。
「カイさん・・・」
「リュート、俺は頑張ってティラキア王国の王都に行く。そして、将来はティラキア王国の騎士団に入る。父ちゃんにももう話しているんだ!お前を1人にはさせないから、待ってろよ!」
「・・・待っていますから」
リュートを慰めるそのカイの言葉に、思わずリュートは微笑む。これからはリュートの手にティラキア王国の未来がかかってくるのだ。当然一筋縄ではいかないだろうが、カイの気持ちに応えなければいけないとリュートは思ったのだった。
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「名前も知らぬリザードマン、今日すべてが終わった。約束通り、俺は自分のケジメをつける!」
手作りの墓に向かってシータは手を合わせている。そして、おもむろにナイフを取り出し、震える手で首元に当てる。そんなとき、声がかかる。
「やめといた方がいいよ。滅茶苦茶痛い」
「カケルさん、何故ここに?」
「シータを止めに来たんだよ。最初はシータの決意を尊重しようと思ってたんだけど、やっぱりやめだ。俺も最近死にかけたけど、改めて生きててよかったと実感したよ。死んだら楽になれるなんて、嘘っぱちだ」
そのカケルの言葉がトドメとなったのか、シータの手からナイフが零れ落ちる。シータはつい最近、息子であるカイに、王都の騎士団を目指すと言われたばかりだ。身勝手だが、子供の成長を見守ってやりたいと願うのは、親心というものだろう。崩れ落ちるシータを見て、カケルはもう大丈夫だと判断したのか、リッツベルを後にする。最後に、昼間だというのにマーメイドの歌声が聞こえる。まるで、これからの未来を祝福しているかのように。
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「本当にこれでよかったのかな?確かにティラキアⅡ世は死んだけど、これじゃ残されたリュートが可哀想じゃない?」
「実はリッツベルにいる間に、王都にいるルルに手紙を出したんだ。リュートの事はヒース家が全力で守るよ」
「抜け目ないよね、カケルって。でも、国王の入れ替わりの次期を見て、戦争とか起こされたりしないかな?」
「そうだね、その可能性は大いにある。パルメトはつい最近イート国と戦ったばかりで、まだ戦力は回復してないだろうし、ヒイラギは好戦的じゃない。問題はリーガル帝国とカンギだね。そのためにも、まずはリーガル帝国に向かおうか。丁度、今は時期がいいから」
そんな会話をして、カケルとポールは次の目的地であるリーガル帝国を目指す。ふと、思い出したようにポールが言う。
「それにしても、本当にカケルにはユナテクトの加護があるんだね。ガナスの村で言っていたことは本当だったのか」
「名探偵ならそれくらい気づいてるんじゃないの?」
「うん、そりゃ気付いてるけどさ。見て見ぬふりをしてたんだ。カケルが、段々俺の知ってるカケルじゃなくなっていく感覚が怖くて。もしかしたら、カケルはある日急に俺の前から、霧のようにいなくなってしまうんじゃないか、っていう恐怖があるんだ」
そう答えるポールに、カケルは何も言えなくなる。探偵の勘というのは妙に鋭い。だからカケルは無言でその場をやり過ごすしかない。実のところ、カケルが魔王を倒したとして、その先は分からない。カケルが地球に帰るのか、それともこの世界に残るのか、そんな先の未来を見通せない。それでも、少しでも長くポールと一緒に居ようと、カケルは感じたのだった。かくして、二人はリーガル帝国に向かう。リッツベルとクーナ・ラカールがこれからどんな未来を歩んでいくのか・・・それはまた別のお話。




