人の思い
カケルがシータの決意を目撃した次の日、カケルとポールは、シータとカイと一緒にリッツベルを歩き回る。ちなみにリザードマンであるラカールとポーカルは、流石に歩き回れないのでボロ小屋で留守番だ。リッツベルの市場では、相変わらず魚の値段の高騰が続いている。だがそこで、工業排水への垂れ流しや、長年の乱獲への怒りの声をあげる者はいない。そんな風に海上都市を歩いていると、リュートとカイが隠れていた空き家が目に入る。その時、市場が騒がしくなる。
「リュート様!どこですか!?」
どうやら王国の騎士たちがティラキアⅢ世、もといリュートの事を探しているようだ。その声を聴いて、カイがいきなり空き家に向かって走り出す。まさかとカケルとポールとシータがその後を追うと、その空き家にはリュートがいる。
「リュート、やっぱりここだ!」
「カイさん、お久しぶりです」
リュートとカイは再会を喜ぶ。だが、一度ならず二度までも王国の王子が、こんな空き家にいるのはどう考えてもおかしな話だ。状況を飲み込めていないシータは放っておき、ポールが前に出る。
「ちょっと待ちなよ。前回は見逃したけど、今回ばかりは見逃せない。何でティラキア王国の王子がこんなところにいるのか、理由を聞かせて貰おうか」
「え?えっと、それは・・・」
「言っとくけど、そのカイが家に帰らなかったせいで、彼の父親のシータは大罪を犯したんだ。そんなタイミングでやってきたティラキアⅡ世と、都合よくカイと仲良くなった一国の王子。あまりにも怪しすぎる」
「え?カイさん、それは本当ですか?」
ポールの話を聞いて驚くリュートに、カイは頷いて肯定する。そしてリュートは、後ろにいるシータの表情を見て、今の話が本当だと理解する。カイの父親であるシータの表情は、酷く苦しそうだったから。リュートはカイとシータに向かって頭を下げる。
「私のせいで皆さんにご迷惑をおかけした様なので、謝らせてください。あの時、市場でリザードマンが処刑されたのは、父から聞きました。まさか、そのせいでカイのお父様が被害を被られていたとは。いつも厳しい父が、あの日だけは友達と遊んでいいと言ったのは、こういう理由があったのですね」
リュートは非常に上品な言葉を使って、シータとカイに謝罪する。これでティラキアⅡ世の関与があったことは確定する。だが、ポールは今の言葉に少し引っかかるようだ。
「あの日だけ外出が許されたのなら、何で今君はここに居るんだい?」
「それは、私がインビジブルというスペルを使っているからです。それで少しだけ抜け出してきました。父には内緒にしておいてください」
〇インビジブル[スペル] コスト緑・緑 ☆3
効果・このターン、モンスター1体の攻撃は防御されることはなくなる
―誰かがいる気がする―
リュートの言葉に、ポールは素直に驚く。魔力持ちという事も珍しいが、何よりこの年でスペルを覚えているという事が、素晴らしい。スペルは、カケルの様に魔導書を読むことによって覚えることが出来るか、王子として多忙だろうに、どうやってスペルを学んだのかと気になったようだ。だが、ポールのその疑問に気付いたのか、リュートは少し照れながら、自発的に答える。
「魔法の先生からは、物覚えがいいと言われました」
「へぇー、因みに現役バリバリ冒険者のカケルは、どんなスペルが使えるの?」
「体力増強と自然の治癒」
「それ以外にもいっぱいスペルを使ってたけど?」
「あれは全部スクロールだよ」
カケルの答えに、ポールは憐みの目を向ける。カケルは必死に強がり、シータとカイとリュートが宥めるという面白い光景が現れる。だがポールは知っている。カケルは剣の腕は大したことは無いし、スペルを使わせても確かに三流だ。しかし、腕っぷしの強さだけが重要ではないのだ。カケルは他の冒険者とは異なる魅力を秘めていると、ポールは感じるのだ。そしてひと悶着あったが、話は元に戻る。リュートの話を聞き、全ての元凶がティラキアⅡ世だと知ったカケルとポールは、目を合わせて頷く。そんな二人を見て、リュートが伏し目がちに尋ねる。
「えっと。やはりカケルさんとポールさんは父を、その・・・処罰するつもりですか?」
「ポールがどう思っているかは分からないけど、俺はそのつもりだよ。リッツベルとクーナ・ラカールの関係を滅茶苦茶にした責任は取らせるよ。それがケジメという奴だ。リュートはまだ子供だし、シータとカイが良いというなら見逃すけど、ティラキアⅡ世はもう立派な大人だ。物事には責任が伴うものだよ」
「そうですか・・・」
「いやなのかい?」
「父は確かに酷い人です。亜人への理解はなく、敵が攻めてきても逃げ出して、金のためなら何でもやります。でもそれでも、私にとっては父なのです」
その言葉にカケル達は何も言えなくなる。事件の被害者であるシータとカイからしてみれば身勝手な言い分であろう。だが、今のシータには、これ以上罪の十字架を背負うだけの余裕はないし、子供であるカイにそんなことをさせるのは酷である。ラカールとポーカルが手を出すのも、これからのリッツベルとクーナ・ラカールの未来を考えれば、好ましいものではないだろう。そして、探偵であるポールも、殺しはしたことがない。つまり、この中で汚れ仕事を引き受けられるのはカケルという話になる。カケルは今一度リュートを見つめて、つい考えてしまう。
(汚れ仕事を引き受けるのは俺の役目だ。問題は、一人取り残されたリュートが、王国で生きられるのかという事だ。リュートはまだ若い。きっと悪い大人にいいように利用される。それにリュートが緑の魔力を2つも持っていたという事も問題だ。魔力持ちで、未来の国王。恐らく、心が休まる日は来ないだろう)
カケルは考えてしまう。怒りに任せてティラキアⅡ世を殺した後の事を。ここでティラキアⅡ世を殺さないことは問題ではあるが、体裁やリュートの未来を考えると、何が正解か分からなくなり、行き詰まるのだ。カケルは一旦答えを出すのを保留して、先にザッツバーグに会いに行くことを決める。幸い、リュートと話をしていて、ザッツバーグに会う方法を見つけたのだ。
「ティラキアⅡ世をどうするかは一旦置いておこう。先にザッツバーグ市長に会う事にするよ。インビジブルを使えば、市長の屋敷に入り込めるんじゃないかな」
「カケル、インビジブルのスペル使えないでしょ」
「だからスクロールを買うんだよ」
いっそのこと清々しささえ覚えるカケルの開き直りに、ポールは思わず苦笑する。だが、今度はシータがくぎを刺す。
「カケルさん、確か市長の家は警備がしっかりしてるはずだ。建物の仲間では何とか入れても、市長の寝室には侵入防止の魔道具がある」
「寝室には入り込まないよ。厨房に入り込んで、食事に細工をするんだ」
「市長の使う食器は銀食器だから、毒の混入は難しいと思うんだが・・・」
「シータ。毒なんて使う訳ないじゃないか。俺が使うのはこれだよ」
そう言ってカケルはいつも持ち歩いている袋から、永眠茸を取り出す。それを見て、ポールが驚く。そう、ガナスの村でカケルが使った、人を12時間眠らせる茸。その危険性を、ポールは知っているのだ。ポールは思わずカケルに抗議しようとするが、永眠茸を持ったカケルの悪い笑みに思わずたじろぐ。カケルは、やる時はとことんやる男なのだ。
_____
ところ変わってここは、ザッツバーグ邸。大勢の警備兵が、一度に夕食を取っているところだ。この夕食はザッツバーグも食べるもので、先に警備兵たちが食べて、その後ザッツバーグの家族が食事をとる。例え市町でも豪華なものではなく、部下と同じものを食べるというザッツバーグの考えがそこにはある。そんなザッツバーグだからこそ、このリッツベルがクーナ・ラカールと揉める事無く、今まで無事にあるのだが。兎に角、警備兵たちが一斉に食事をとる。
「「「海の神に感謝を!」」」
警備兵たちは、海の神への感謝を告げてから食べだす。海上都市リッツベルらしい、感謝の言葉だ。この言葉をリザードマンが聞いたら、それだけでいい人間と認定されるだろう。そして警備兵たちは、一瞬で机に突っ伏す。あと12時間は起きない。
_____
「俺の手にかかればこんなもんだね」
「カケルはフランシスカより盗賊の素質があるんじゃないかな?こんなのモンスター使いのやる事じゃないよ・・・」
皆が眠りこけた食堂を堂々と闊歩するカケルと、そんなカケルに苦言を呈するポール。その後ろにはシータとカイ、そしてここまでインビジブルで透明化してやってきたラカールとポーカルがいる。ザッツバーグとの話し合いの場にはリザードマンもいた方がいいというポールの意見を採用したのだ。そうこうしているうちに、一行はザッツバーグの寝室までやってくる。誤算があると言えば、ザッツバーグが食堂ではなく寝室で食事をとるという事だ。結局、一行は鍵のかかっている扉の前で悩む。すると、カケルが徐にピッキング道具を取り出す。
「カケル、まさか・・・」
「流石名探偵は察しがいい。ご明察、フランシスカから習ったピッキングで、この扉を開けるんだよ」
「もう、モンスター使いじゃなくて盗賊を名乗った方がいいんじゃないかな?」
そんなやり取りをしながらカケルは扉の開錠に取り掛かる。初めは苦戦していたカケルだが、盗賊としてのカケルの才能が開花し、鉄の扉はただのオブジェクトになり果てる―――
「ひでぶっ!」
―――はずが無かった。開錠が成功したと喜んだカケルが扉を開けると、侵入防止用の鉄球が物凄い勢いでカケル目掛けて飛んできて、カケルは盛大に吹き飛ばされる。窓を突き破り地面に落下してくカケルを見て、ポールは何事もなかったかのようにザッツバーグの寝室に入る。そしてスヤスヤと眠っているザッツバーグを揺すって起こす。
「何者だ!?」
「落ち着いてほしい、ザッツバーグさん。俺らは、貴方に大事な話をしに来たんだ」
驚くザッツバーグに、ポールは正直に切り出す。




