戦神 ラカール
「ここがクーナ・ラカール。巨大な亀だね、まだ生きてる」
おっかなびっくり足を下ろすカケルと異なり、ポールは興味津々のようだ。クーナ・ラカールの周りは、豊富に魚が泳いでいる。リッツベルとは雲泥の差である。いかにリザードマンが海を大切にしているかが、これだけでも伝わってくるというものだ。そんなことを考えながら歩いていると、突如リザードマンが現れて、剣を向ける。
「とまれ!何故我らの地に足を踏み入れた!」
その口調はかなり強い。元々亜人はあまり人間の事が好きではないが、同法が殺されたことで余計に気が立っているのだろう。問答無用で斬りかかってこない分、まだマシであると言える。リザードマンの言葉に、シータが両手をあげ、申し訳なさそうに答える。
「俺はリッツベルの漁師、シータです。実は先日の領海侵犯をしたのは俺だ。そのせいでリザードマンが処罰されもした。海の神に誓って約束します。俺は全てを謝りに来たんです」
「・・・海の神は寛大だ。ラカール様の下に連行する。武器を外して、ついてこい」
正直に話したシータに対して、リザードマンたちは一瞬顔を顰めるが、何とか理性をおさえて、話し合いに応じる気になったようだ。それにホッとしたのはカケルだ。リザードマンはその全員が戦士だ。戦うことに誇りを持っている。そんなリザードマンの戦士が、人間のだまし討ちを食らい死んだのだ。きっと彼らの怒りは凄まじいものだろう。だがそれでも理性を抑えているのは、偏にリザードマンの族長であるラカールの統率力が見事だからだ。そんなことを考えていると、カケル達は一際異色な地に案内される。地面に円が描かれており、円の外には、無造作に剣や盾が地面に突き刺さっている。まるでこの円の外から逃げることが出来ない様に。そして、円の中心には、立派な剣と盾を持っているリザードマンが仁王立ちしている。
「よく来たな、固くなることは無い。我はこのリザードマンの族長であるラカールだ。クーナ・ラカールの地を治めるリザードマンは、代々ラカールを名乗る。海の神より授かった、大切な名前だ。さて、シータという人間よ、お主が我が同胞を殺したと言うが、それは本当か?」
「正確に言えば俺はティラキア王国に脅されて、リザードマンを殺しました。嵌められたのですが、貴方の同胞を殺したのは事実です。どうか、海の神の名の下に、寛大な措置を・・・」
「・・・フム」
シータの言葉を値踏みするように、ラカールが考え込む。リザードマンからしてみれば、どんな理由であれ仲間が殺されたことには変わらないのだが、人間至上主義のティラキア王国が裏でからんでいるとなれば、面白くない話になる。すると、外野が騒ぎ立てる。
「ラカール様!そんな人間、構う事はねぇ。殺しちまおう!」
「まて、ポーカル。もしティラキア王国が黒幕なら、我々がリッツベルの漁師を殺すのは不味い。それでは、我々は何の罪もないリッツベルの市民と殺し合わなければならなくなる。古くからの盟約を忘れたのか?」
「盟約なんざ、肝心な時に何の役にも立ちはしねぇ!不意打ちで仲間がやられたんだ、こっちもやり返すべきだ。その人間には、仲間の辛さを味わらせてやらないと気が済まない!」
ポーカルと呼ばれたリザードマンは随分と大柄で、その分声も大きい。ポーカルのいう事は一理あるのだが、カケルは、かつて「四人四季」の一員であり、人間への理解もあったラカールの判断に全てを委ねる事を選択する。それに、カケルにはある考えがあった。
「分かった。ここは、我らリザードマンの流儀でいく。決闘の儀を執り行う」
「やはりか」
考えた末にラカールが出した結論は決闘の儀。これは戦闘種族であるリザードマンらしいやり方だ。どうしても決断できない状況に出くわした時、この円の中で決闘を行い、勝者の意見が正しいとするものだ。人間にしてみればバカバカしいと言える、古いしきたりだ。だが、カケルはリザードマンの慣習を馬鹿にするつもりは毛頭ない。
(リザードマンの戦士は、剣と盾で語る。だが、これは別にいい。人間なんて、話し合いが上手くいかない事もよくあるんだ。決闘で意見をまとめ上げるなんて、シンプルだが効果的だ)
特に、戦神と呼ばれたラカールが族長のこの地では、決闘は大きな役割を持つ。この場合、決闘で負けた方は文句を言えなくなるのだ。何故なら、ラカールが強すぎるので、反対意見など出てこない。力でねじ伏せるとは、あまりにも人間が嫌う亜人らしい行動で、そして最も合理的な解決策だ。カケルはシータとカイを見つめる。少ししか話していない間柄だが、彼らを救えないで英雄になるのは夢のまた夢だとカケルは感じる。カケルは声を上げる。
「ラカール様。俺はランク1の冒険者のカケルと言います。見ての通りシータは漁師で、戦闘はからっきしです。ここは代理で、私が決闘の儀に挑むことをお許しください」
「ランク1冒険者?初心者じゃねぇか、ふざけやがって!」
「ポーカル、肩書で人を判断するのはよくない。カケルと言ったな、全力で相手をしよう」
そう言ってラカールは剣と盾を構える。カケルも支給された、木で出来た剣と盾を構える。あくまでこれは儀式の一環なので命を失うことは無いが、ラカールのプレッシャーは凄まじいものだ。思わずカケルは冷や汗を流す。
(これは・・・強い!)
プレッシャーで言えば、「地喰い」や「魂殺し」の方が大きかっただろう。何しろ、あれらは命の奪い合いだったのだから、緊張感も尋常ではなかった。だが、「地喰い」戦でも「魂殺し」戦でも、カケルの横には仲間がいて、カケルの背中を押してくれた。そして、この場には、カケルの横に立ってくれる仲間は一人もいない。戦神と呼ばれたリザードマンとの一騎打ちなのだ。英雄と言えば真っ先に思い浮かぶのはテトの名前だが、殊戦闘技術でラカールの横に出るものはいない。
「だが、それでも!負けられない!」
カケルは叫び声をあげ、ラカールに向かって突進する。一歩踏み出すたびに襲い来るプレッシャーを大声で打ち消すように。そして剣の間合いまで詰めたところで、剣を振り下ろす。だが、ラカールはその剣を盾で容易に受け止め、綺麗にいなす。思わずバランスを崩したカケルに、ラカールが思いっきり剣を叩きこむ。
「フン!」
「うわっ!」
何とかカケルの防御が間に合うが、人間とリザードマンの筋力差は大きいらしく、カケルは面白いくらいに飛ばされる。地面に剣を突き立て、何とか円の外にまで飛ばされることは防いだが、技量も力量も、何もかもが違う。カケルの中に不安が湧きたつ。
(死ぬ心配はないが、このままじゃ絶対に勝てない。思い出せ、「地喰い」の絶望を!「魂殺し」の技を!災厄に比べれば、まだ付け入る隙はあるはずだ!せめて一太刀!)
そんな不安をかき消すかのように、カケルは過去の強敵との戦いを思い出す。カケルとて、何度も死線を潜ってきた身だ。このままやられるわけにはいかないのだ。
「うおおおぉ!脳天、もらったぁ!」
カケルが大声をあげながら、上段から剣を振り下ろす。そんなカケルの攻撃を、ラカールが盾で防ごうとしたその時だった。剣の振り下ろしと同時に、カケルがもう片方の手で盾を構えて、ラカールにタックルを仕掛ける。
「剣じゃなくて盾で攻撃だと?汚ねぇぞ!」
円の外でポーカルが叫んでいるが、カケルはなりふり構わず勝利を目指す。この決闘でラカールに認めてもらわなければ、シータとカイはリザードマンの掟により死刑になるのだ。決闘の作法や、美しさなど気にしてられないのだ。冒険者とは、例え泥臭くとも最後まで足掻く生き物なのだ。カケル渾身のタックルを受けてもなおピンピンしているラカールを見て、カケルは若干顔を引きつらせながらも、ラカールに向かって話し始める。
「ラカール様はかつて「四人四季」というパーティーに所属しておられましたよね?ドワーフのガルガン、エルフのアルトリア、人間のテトと一緒に、英雄を目指したはずだ」
「・・・それがどうした?」
「クーガさんとガルガンさんが亡くなりました」
「っ!」
カケルの衝撃の告白に、ラカールは絶句する。決闘の最中に相手の精神を乱そうというのは、およそ褒められたものではない。いやそれどころか、カケルはガルガンから、アルトリアとラカールには、自分の死の事を話すなと釘を刺されている。だがカケルは、躊躇なくガルガンの死を伝える。ラカールは目に見えて動揺するが、カケルは斬りかからない。
「ガルガンさんは、貴方にはこのことは言わないでくれと言っていました。でも俺は、戦友の死を隠すことの方が有り得ないと思いました。自分の知らないところで戦友が死んでいたという事を後から知ったりしたら、何ともやりきれないじゃないですか」
「そうだな。ガルガンは元気だったか?」
「苦手な酒を飲んで、テトさんを弔うくらいには。それに、過去の「四人四季」の話をしているときのガルガンさんは、とても嬉しそうでした。いいパーティーだったんですね」
「あぁ、我の自慢のパーティーだった。そうか、これで残されたのは、もう我とアルトリアだけ、か。時の流れというのは残酷だな」
命というのは平等ではない。特に人間なんかは亜人より早く死ぬし、亜人の中でも種族間で差が出てくる。だから、旅立つものと残されるものが出るのは、ある種必然と言えるかもしない。だが、それでも。カケルは、ガルガンの死をラカールに伝えてよかったと、心の底から感じる。確かにラカールの動揺を誘うためにこの切り札を取っておくことも出来た。だがカケルはそうしなかった。決闘場の中で、先ほどまで激戦を繰り広げていた両者は、先ほどまでの熱を忘れたかのように、穏やかに話している。それは周りから見れば不思議な光景であろう。ポールもシータもカイも、ポーカルさえもが二人の話し合いを、固唾をのんで見守っているのだ。だが周りから見れば不思議な光景でも、カケルとラカールの間では、魂の対話が為されている。「四人四季」は、その功績とは裏腹に、テト以外は王都から追放された。離れ離れになった四人の絆を、時を超えて一人の冒険者が繋げているのだ。その事実に、ラカールは思わず涙を流す。
「不思議だ。あの頃の楽しかった思い出が、頭の中から離れないのだ。時間にすれば、人生の中のほんの一瞬の出来事なのだがな」
「それが思い出というものでしょう」
そこまで言って、二人は同じタイミングで剣を下ろす。結果は誰の目から見ても、明らかであろう。シータとカイの命は助かったのだ。




