ガラクタの宝物
大きな屋敷に似つかわしくない狭い部屋に閉じ込められて、子供が一人本を読んでいる。ここには金にがめつい父も、横暴な兄もいない。大好きだった子供の母はとっくに他界しており、彼は逃げるように本の世界にのめりこむ。
「僕もいつか「四人四季」みたいな、立派な冒険者になるんだ!」
少年が読んでいるのは「四人四季」のメンバーが書いた自伝だ。それを呼んで少年は冒険者という職業への夢を膨らませる。少年にとって居場所は、本の中だけだった。これはディープワールドカードゲームのシナリオには登場しない話で、当然カケルは知らない物語。だが少年、つまりはルルにとっては大事な思い出なのだ。
そして現在、ルルは実の手で兄を殺した。その実感が後からルルを襲い、ルルは体の震えが止まらなくなる。一目ぼれしたトゥグリが傷ついたので、それがルルに最後の決断をさせたと言っても過言ではない。だが殺しとは、年端もいかぬ少年が安易に手を伸ばせるようなものではない。彼はこの先ずっと、後悔の道を歩み続けることになるのだ。例えそれが、どれほど正当性があろうとも。
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「終わったね」
フランシスカが辺りを見渡してそう告げる。辺りは血の海、機械工場は地獄と化している。そんな中で生き残った方が溜息を吐くのは、何故だろうか。兎にも角にもこれで終わったのだと、一行が入口に向き直った時、イート国の軍服を着た兵士が一人立ち尽くしているのを見てしまう。その兵士は入り口から機械工場の惨劇を見て、恐怖で足がすくんで一歩も動けない様だ。ただ次第にその形相は怒りに変わっていく。とうとう抑えきれなくなった感情が、カケル達に向かって解き放たれる。
「こっ、この悪魔が!俺たちが何をしたって言うんだ!魔王に脅されて戦争に駆り出されて、それが終われば今度はヒースってやつに脅されて・・・!これ以上どんな地獄を見れば俺は許されるんだ!なりたくて兵士になったんじゃない!これがそんなに悪い事か!」
名前も知らぬ兵士はヒステリックに叫ぶ。感情をおさえられない様だが、機械工場の惨状が戦場での地獄のような光景を思い出させたのだろう。そんな兵士にバルコが吐き捨てる。
「どんな地獄を見れば許される、だと?許されるはずがねぇだろ、後ろを見てみろ」
「へっ?」
その言葉に兵士が後ろを向くと、そこには腕を振り上げたマシーンゴーレムがいる。そしてそのまま腕を振り下ろし、兵士を一瞬にして屠る。バルコの言う様に、許しなどこの世界にはない。先に手を出した時点で、賽は投げられたのだ。例えそれが意にそぐわぬものであっても、マシーンゴーレムにしてみれば、仲間が理不尽に殺されたという現実のみが残るのだ。
「命を奪うってのは因果なもんだ」
ギドが神妙な面持ちで独り言をつぶやく。戦争では、いかに自分の心を殺せるかが重要になる。殺した相手の遺族の気持ちやその後を考え出してしまうと、とどまることなく後悔の渦に飲み込まれ続ける。そうならない様に、いかに相手が悪くて、正義は自分にあるかという事を思い込むのが大切なのだ。一番手っ取り早い殺人のかたちは、イート国との癒着で問題になったヒース家の生き残りに、正義の名の下に石を投げつける事だろう。ヒース家の当主はティラキア王国の国益を損ねたので、死刑になった。それならばヒース家の一族郎党を皆殺しにすることは正義である、と思い込むのだ。これは誰にでも出来るし、罪悪感もへったくれもない。非常にお手軽な殺人のかたちである。
「冒険者っていうのは夢だけじゃないんですね」
「どの職業だって同じだ。知れば知るほど苦しむことになる」
ポツリと呟いたルルの言葉に、マウリがこの世の理を告げる。それぞれが小さくない心の変化を抱えて、機械工場を後にする。カケルは最後に機械工場を振り返る。そこには、仲間の仇であるダンジョン荒らしを殺して、生きる気力を失ったかのように佇むマシーンゴーレムの姿がある。カケルは複雑な気持ちになりながら、マシーンゴーレムの古いパーツを握りしめて機械工場から離れていく。カケルは気分転換に、努めて明るくルルに話しかける。
「そうだ、ルル。俺が貰ったこの古いパーツ、使ってみるかい?」
「それはカケルさんの大切な宝物なんじゃないですか?」
「別にいいよ。俺がただ持っているだけじゃ意味がない。古いとはいえ、このパーツはまだまだ輝けるはずだ。それに俺の手を離れたって、宝物はいつまでも宝物だ。違うかい?」
その言葉は妙に説得力があり、ルルは納得する。そしてマシーンゴーレムのパーツを見る。古い型のレーザー砲で、撃つには大変な量のエネルギーが必要になる代物だ。またそれだけでは収まらず、撃った後は凄い熱を持つので、冷却装置も必要である。
「骨董品ですね。でもロマンがあります」
「ルル、分かってるとは思うけど・・・」
「夢は追うだけじゃ夢のまま、ですよね?それは痛いほど理解しました。もう僕は前までの僕じゃありません。このレーザー砲の技術は人を殺すためではなく、別の技術に応用するつもりです」
ルルは古いレーザー砲を研究して、それを世のため人のために使うと宣言する。その宣言を受けて安心したのか、カケルは笑顔でルルにパーツを渡す。パーツを受け取ったルルは最後にトゥグリに向き直る。トゥグリの背中はもう遥か遠くに行ってしまったが、ルルは自分の決意を口にする。
「トゥグリさん。今は無理でも、僕は頑張ってみますから!」
相も変わらずその言葉に応える者はいない。だがそれでいいのかもしれない。機械工場で機械部品を集めて、ルルは去っていった。また道案内役だった戦士も、役目を終えて冒険者ギルドに戻っていく。残された面々は顔を見合わせる。そしてバルコがフランシスカに尋ねる。
「何でフランシスカは未知の森を彷徨っていたんだ。いくらお前が一匹オオカミ体質とはいえ、あまりにも無謀だろ」
「別に私が何処で何をしてようが、バルコには関係ないでしょ」
「はぐらかすな、本当の目的を言え。顔見知りが死んだりしたら、こっちも後味悪いんだよ」
フランシスカも最初はとぼけていたが、バルコの追及に観念したのか、自分がここにいる理由を話し始める。
「はぁー、仕方ない。出来れば言いたくなかったけれど、言わないとバルコの事だから永遠に聞き続けてくるだろうし。実はこの未知の森に新しダンジョンが生成されたの」
その言葉にトゥグリ、マウリ、バルコ、ギドの目の色が変わる。新しいダンジョンの生成となれば、中にある魔道具は持ち出されていない可能性も大いにある。カケルが持っているような魔道具は、そのどれもが高値で取引されている。カケルの様に、魔道具を二つも持っているというのは相当珍しい部類に入る。だがダンジョンには当然危険も付きまとう。ダンジョンというのは広さに比例して難易度が上がる。ダンジョンの広さとは、ディープワールドカードゲームで言う所の、陣地の体力である。獣の通り道にいるモンスターなどたかが知れているが、背水の陣には大型モンスターも平気で居座る。つまりダンジョンが小さければ小さいほど、リスクを冒さずに魔道具を得られる確率が高いという事だ。そしてカケルは投影装置を見る。
クエスト:竜殺し
内容:「竜殺し」を得ること
報酬:???の記憶
投影装置には災厄がいることを示すクエストが表示されている。同時に、新たに生成されたダンジョンの情報も載っている。
〇竜殺し[アイテム] コスト0 ☆6
効果・相手のコスト5以上のモンスター全てを墓地に送る
―竜だろうが関係はない―
〇カタコンベ[陣地] 体力15 ☆4
効果・この陣地は、自分の陣地を墓地に送ることによってプレイ可能。毎ターン終了時に「スケルトン」を召喚する
―寒気がする。死者の行進だ―
〇スケルトン[モンスター] コスト1 1/1 ☆1
効果・ターン終了時、このモンスターのHPを最大まで回復させる
―死の兵士―
(間違いない、このダンジョンは召喚者がプレイした陣地だ。つまり自然生成じゃないから魔道具は眠っていない。この事実を伝えたら荒れるだろうなぁ。よし、見なかったことにしよう)
カケルは無責任な選択をする。カタコンベに魔道具がないとも知らず、一行はダンジョンを探し回り、遂にはカタコンベを見つけ出す。カタコンベは地下墓地という名に相応しく、入り口は狭く隠されていた。だが苦労の末にフランシスカが見つけ出したのだ。
「行くよ、魔道具は見つけた者勝ちだ」
そうフランシスカが告げ、全員がダンジョンに飛び込む。唯一魔道具がないと知っているカケルだけは乗り気ではない。それにカタコンベの臭気も慣れてなければ苦痛である。ポールなどは鼻をおさえながら辺りを見渡し、一人ごちる。
「地下にこんな大きな墓地があるなんてすごいけど、腐臭が強すぎるよ」
そしてそんな一行を歓迎するように、至る所にある棺桶がカタカタと揺れ、中からスケルトンが現れる。その数、上限いっぱいの15体。例え一体一体は弱くとも、油断はできない数だ。だがここにいるのは、熟練の冒険者たちだ。ギドが矢を放ち、フランシスカがギドの矢に当たらぬようにスケルトンたちに肉薄する。そしてスケルトンたちをある程度攪乱すると早々に離脱し、狼狽えるスケルトンにトゥグリ、マウリ、バルコがそれぞれ得物をふり、一網打尽にする。その一連の様子を、カケルとポールはボーっと眺めている。ポールが手出しできないのは理解できるが、冒険者であるカケルが見ているだけというのにポールは驚き、思わず尋ねる。
「カケルは参戦しなくていいの?」
「俺が出るまでもない」
「本音は?」
「臭いがきつすぎる・・・」
どうやらカケルはスケルトンたちの腐臭にやられている様である。所詮カケルはランク1の冒険者、そしてウオアムの世界に来る前は地球でぬくぬくと暮らしていた身だ。軟弱なのも無理はない。カケルは口をおさえながら、油断なく辺りを見渡す。このダンジョンは自然生成ではないので魔道具がないのは確定しているが、「竜殺し」というアイテムがあるのも確定しているのだ。「竜殺し」は刀身が白く光り輝くレイピアで、その細い剣先が竜の鱗さえ貫くことから名付けられた。カケルは地球での記憶を頼りに、「竜殺し」を持っていた人の名前を思い出そうとするが、どうにも上手くいかない。
(駄目だ、やっぱり記憶が混濁している。地球でのことをほとんど覚えていない。いつも通り、クエストを完了して記憶を呼び戻すしかない。それに、クエストを完了するごとに、地球の事を少しずつ思い出してきている)
カケルはクエストをクリアする毎に、世界大会優勝者の記憶のみならず、自分自身の記憶も少し蘇っていることを確信する。神は、カケル自身が望んで地球からの逃避を願ったと言ったが、今のカケルにはそれが本当かさえ分からない。なぜ自分がこの世界にいるかをカケルが知るためには、クエストをクリアして記憶を取り戻すしかないのだ。
(それにクエストをクリアしたら、他の召喚者が歩んできた道のりを知ることが出来る。彼らの思いを知ることも、大切なことだ)
カケルはそう考える。この世界は驚くほど多くの命が輝き、そして人知れず消えていく。その輝きを全て見ることは誰にも出来ない。だが少しでも知る努力をすれば、それは決して無駄にはならないのだ。




