ガナスの村
「ねぇカケルはさ、時々勘が異様に働くよね。ガルガンがビールを好きだってことも知っていたし。まるで未来を見通しているみたいだ。何で何だい?」
「未来を見通せるはずありませんよ。偶々ですよ、偶々」
あのあと少し仲良くなったポールとカケルは普通に会話をしている。ドゴールはと言えば村を散策して女を探していたが、この村は典型的な田舎の村で少子高齢化が進んでおり、ドゴールが望むような女性はいない。当然娼館などあるはずもなく、あるのは宿屋や鍛冶屋などの現実的なものばかり。それに嫌気がさしたのかドゴールは村の端で、憂さ晴らしに鶴橋を岩肌にぶつけている。曰くこの洞窟はその昔ガルガンが掘ったものだそうで、対抗心を燃やしたドゴールはこうして鶴橋を振り回しているが、ガルガンの様に広くは掘れないようだ。それを見ながらヒハが愉快そうに笑う。
「ここの岩肌は硬いんですよ。そう簡単に掘れるものじゃありませんよ。なにせ怒りの石が埋まっているのでね。怒りの石はガナスの村の特産品ですが、この固い地盤が曲者でして。ですがガルガンさんがいてくれて、ここを掘り進めてくれて・・・。外の世界じゃ何といわれているかは知りませんがね、ガルガンさんはこの村を救ったんですよ」
「アホがっ!こんなもの俺でも掘れる!俺が怒りの石を掘り出したら貰ってもいいんだよな?」
「勿論構いませんよ。掘れたらの話ですがね」
ヒハの言葉はドゴールに対しては火に油を注ぐだけになったようで、ドゴールは一心不乱に鶴橋を振り下ろしている。それを見ながらカケルは話題を逸らすようにポールに話し始める。
「俺は未来は見えませんが、この村の事は色々と知ってますよ。相手を知るには、その頭で推測をめぐらすより、実際にこの目で見てみるのが手っ取り早いものです」
そう言いながらカケルはフッと笑い、ポールにこの村の古い話を伝える。
「実はガナスの村は、昔は洞窟の外にあったんですよ。でも今の村長であるヒハがガルガンと出会い、モンスターから身を守るために洞窟に住むことにしたんです。洞窟の壁は硬いが、ガルガンなら問題なく掘れるんです。見てください、あそこにあるバカでかい鶴橋を。ガルガンが使っていたもので、ミスリルで出来てるって話ですよ。その分途轍もなく重くて、一人じゃとてもじゃないが持ち上がりませんがね」
「何が言いたいんだい?」
「物事には全てに意味がある。何でガナスの村の人たちがこんな洞窟に隠れるように住んでいるのか、なんであんなに頑丈そうな鉄扉があるのか、それらは全て人狼を恐れたからなんです。人狼は赤の日に狂暴化して、特にあと数日でやってくる赤の日が最大まで強くなる日にもなると、ガルガンですら敵わないかもしれないです。別に探偵ではなくてもこの村の過去を知ればこれくらいは分かるんですよ」
そのカケルの物言いにポールは少しムッとする。まるで探偵であるポールの事を小馬鹿にしているかのようだからだ。だがポールにとってはカケルは、この村で唯一話の分かる奴なので、カケルの忠告を無下にすることも出来ず、納得できない顔をしながらも反論せずに受け止める。そのポールの様子を見てカケルは満足したのか、忠告をやめて、悲しい顔でガナスの村の現状を告げる。
「それにこの村は人狼なんていなくても、どっち道破滅の運命なんです」
「え?どうして?」
「先ほど村長がドゴールに怒りの石を掘れるものなら掘ってみろと言いましたよね。あれは強がりでも何でもなく、本当にここに怒りの石は残っていなんです。掘り尽くしたんです。だからガルガンももう鶴橋を握ることは無いんですよ。運命っていうのは残酷で、時には回避できない未来もあるという事です」
「それは・・・でも稼ぎ方は特産品を売るだけじゃないと思う。観光に力を入れたり、冒険者を誘致したりすれば良いんじゃないかな?」
そのポールの言葉に反論したのはカケルではなく、ギンという医者である。
「その話は昔も出ましたよ。だがこの村には観光地になるような名所もなければ、冒険者が来たがるようなダンジョンもない。何もない、何もないんです。あぁすいません、訪問者にこんな愚痴を言うつもりはなかったのですが・・・。ですが、この村には未来ある若者もいるというのに、これじゃあんまりじゃないですか」
そう言ってギンは未だ楽しそうに談笑するピッツとルナを見る。見ればピッツが勇気を振り絞ってルナをデートに誘っているところだ。
「ルナ、明後日、その・・・村はずれの花畑に行かないか?」
「別にいいけど、何で?」
「何でってそりゃ・・・何でもいいだろ!」
その微笑ましいやり取りを見てギンは笑いながら、帰っていく。一連のやり取りを見てポールは何とも言えない表情を浮かべる。今までポールは自分の生きたいように生きてきた。亜人を探し出したのだって、自分が楽しむためだ。そこに相手への同情などは一切挟んでこなかった。だが今カケルに言われた通りに辺りを見渡して、ポールは気付いた。今まで見落としてきたものの大きさと、それまでの自分の傲慢さに。そのポールにとどめを刺すように、カケルはポツリと呟く。
「さっき避けようのない未来もあるといいましたが、俺は最後まで抗うつもりです。未来が見えないことに感謝もしてるんですよ。俺の心から諦めという言葉が消えますから。そして未来はいつだって子供たちのものです。子供たちのために、これからのガナスの村の繁栄を願う。俺はそのつもりです」
そのカケルの言葉にポールは項垂れる。今までポールは探偵としての優れた観察眼や類まれなる思考能力で、人生を不自由なく生きてきた。だがそれはポールだけの話だ。世の中には観察眼や思考能力では推し量れないほどの人間の感情という奴がある。それが痛いほど分かり、ポールは何も言えなくなる。気分が悪くなったのか、ポールはそのまま宿に帰っていく。そのポールの後姿を見てカケルは呟く。
「人狼の棲む村はバッドエンドしかない鬱シナリオ、か。そんなことはさせない。ガナスの村も繁栄させるし、皆笑顔にして見せる。神も言っていたはずだ。抗う事さえやめなければ未来は切り開ける」
そしてカケルは人知れず決心した後、酒を持ちながら今日もガルガンの家に向かう。そしてそこでワインを開けて、楽しい話に花を咲かせる。ガルガンとカケルは長い間酒を飲んだが、ドワーフであるガルガンは酒に強く、結局カケルのみがベロベロに酔いながら宿屋に帰っていく。そしてそれがガルガンが生きていた最後の姿になった。村の皆が寝静まった深夜、急に大きな音がしてポールは目を覚ます。慌ててポールが宿を飛び出すと、音を聞いたカケルとドゴールが音が聞こえた方に走り出しており、ポールはその後を追いかける。そして三人は大きな音がしたところに到着する。そこはガルガンの家だ。カケルが火炎石で松明に火をつけそれを掲げると、そこには目を疑う光景が広がっている。ガルガンの家の壁、その一面である鉄の壁がひしゃげて地面に転がっており、家の中にはガルガンがいる。いや、それは最早ガルガンではない。体中傷だらけで横たわり、傍には剣を握ったガルガンの右腕が転がっている。そして極めつけはその胸に突き刺さっている、ミスリル製のバカでかい鶴橋だろう。かつてはガナスの村の英雄であったガルガンの死体が、そこには転がっている。
「うわあぁぁ!」
その光景を見てギンが悲鳴を上げる。見ればギン以外にも、ヒハを中心にして村のほとんどの住人が集まっている。少し遅れてピッツとルナが二人揃ってやってきて、この惨状を目撃し、ルナはその場で崩れ落ちて泣き叫ぶ。そしてその混乱の中ヒハが叫ぶ。
「日付が変わって今日は赤の日だ。人狼だ、人狼が出たんだ・・・!」
ガナスの村の英雄であるガルガンさえ屠る人狼の出現。その恐怖はすぐ伝染し村中が混乱に陥るが、その中でピッツが声を張り上げる。
「ちょっと待ってくれ!俺はついさっきまで村の入り口で見張りをしていたが、鉄扉はずーっと閉まっていた。そしてこの村の入り口はあそこしかない!」
その声に思わず全員がごくりと唾を飲み込む。誰も何も言わずとも理解したのだ。この中に人狼が紛れ込んでいるという事実に。場を静寂が支配する。誰も何も言えず、そのまま全員何も言わずに家に帰っていく。夜の村に鍵を一斉にかける音と、ルナの泣き声だけが木霊する。
「何で、何でガルガンさん・・・。う、うぅぅ・・・」
ルナの泣き崩れる横でポールはニヤリと笑う。目の前の惨状を見て、現実離れしたその光景に思わず昂るのだ。
「これだ、これこそが俺の求めていたものだ。本物の殺人事件、絶対解いてみせる」
知らず知らずのうちにポールの口から洩れたその言葉を聞いて、ルナが反応するより早くカケルがポールの胸ぐらを掴みかかる。
「今、なんて言った?」
「なんだいカケル。俺は探偵・・・」
「人の死が探偵の好物か!?まずやるべきことがあるだろう!死者への弔いと、残された者への慰めの言葉だ!」
そう言ってカケルは胸ぐらを掴んで、ポールの顔を強制的にルナに近づけさせる。
「謝れ」
「いや、俺は・・・」
「謝れと言っている」
有無を言わさぬそのカケルの剣幕に、ポールはしぶしぶルナに謝罪する。その姿を見て、ルナは泣きながら許す。一連のやり取りを見てカケルは一息つき、血の海に倒れているガルガンに手を合わせる。
「ガルガンさん、ありがとうございました。貴方と過ごした時間は短かったですが、とても有意義なものでした。今は安らかに眠ってください。明るくなったらまた来ます」
そう言ってカケルは立ち去る。その後姿をヒハ、ギン、ピッツ、そしてルナの四人が眺めている。




