人狼伝説
ティラキア王国から少し離れた場所で、二人の人間が話している。訛りの強さから、随分と田舎なのだと分かる。二人はどうやらこの地に古くから伝わる伝承について話しているようだ。
「だから人狼はいるんだべ。この道をまっすぐ行ったとこにあるガナスの村にはその人狼の伝説があるんだべさ。曰く人狼ってのは普段は人の姿だけんど、赤の色が最大まで強くなる日に狼の姿に変わり、人並外れた腕力を発揮するんだべ。その爪で鉄をも引き裂くんだべ」
「本当か?また嘘ついてんじゃねぇで?」
「本当だべ。ガナスの村は人呼んで人狼の棲む村だべ。あそこには人狼が棲んでるんだべ!」
人狼の話に白熱する二人に、一人の人間が近寄り、話しかける。見た目は優し気な感じだが、腰には「地喰い」の素材を使った立派な剣をさしている、冒険者だ。
「すいません、その話、詳しく聞いてもいいですか?」
にこやかに笑うその顔に反して、カケルは心の中で焦っている。今目の前にいる二人の話が本当なら、今からカケルが向かおうとしているガナスの村は人狼の棲む村と呼ばれており、ディープワールドカードゲームのとある期間限定シナリオの舞台にもなった場所だ。シナリオの名前は「人狼の棲む村」、ブラッドムーンの日だけの期間限定イベントである。そして、様々なエンディングがありながら、そのどれもがバッドエンドという、尖ったイベントなのである。
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ところ変わってここはガナスの村、人呼んで人狼の棲む村だ。今その村の入り口に一人の青年が立っている。顔に眼鏡をかけ軟弱そうなその体は、冒険者には向いていないが、人に博識な印象を与える。その青年は異様な雰囲気を醸し出すガナスの村を前にして、ニヤリと笑う。
「ここが人狼の棲む村、か。悪くない。本当に人狼がいるのなら一目見たい」
だがその青年の背後から巨漢が現れ、釘をさす。
「おいおいポール、一目見るのは構わねぇが人狼は亜人の中でも特に危険な奴だ。人狼を見つけ出したらすぐに俺がぶち殺してやる。当然、ギルドから貰える人狼討伐報酬は山分けだ。それでいいな?」
「あぁ、いいよ。元々ルピーはそんなに興味がないし。俺の目的は村に隠れた人狼を探り当てること、それだけだ。謎解きほど楽しいものはないよ」
探偵と冒険者の目的はどちらも人狼のようで、目的が一致した二人はガナスの村に入っていく。探偵はポールと言い、謎解きに関しては一流と言って差し支えない。冒険者の方はドゴールと言い、ランクで言うと2と、冒険者になったばかりでランク1のカケルより1高いだけである。だがこれは普段の行いが悪く降格されただけであり、実力で言えばバルコと仲がいい戦士と同格である。ポールとドゴールの二人を出迎えたガナスの村の雰囲気は一言で言えば異常である。ガナスの村の村人たちは余所者の二人をジロリと舐めまわすように見て、そして何も言わずに去っていく。
「何だコイツら、不気味な奴らだぜ」
ドゴールが不信感を募らせると、彼らに声がかかる。
「おや、この村に訪問者ですか。私は村長のヒハと言います」
「ポールです」
「ドゴールだ」
「こんな辺鄙な村までよく来ましたね。もしかして人狼目当てですか?」
村長のヒハは温厚そうな顔をしながら、ポールとドゴールの目的を見抜く。思わず硬直する二人だがヒハは笑いながら、この時期に来る人間の目的は人狼しかないと告げる。そして二人はヒハに招かれてガナスの村の奥に入っていく。ガナスの村は山をくりぬいて、その中に造られた村である。人工洞窟と言って差し支えない。二人は村に招き入れられ、外の世界に繋がる大きな鉄扉が音を立てて閉じていく。思わずポールは驚いてヒハに尋ねる。
「え?何で扉を閉めるんですか?この扉が外に繋がる唯一の扉だから、閉めたら俺たち日の光さえ浴びられないんですが」
「仕方ないですよ、ここは人狼の棲む村ですからね。もうすぐ赤の色が最大まで強くなる日が来ます。人狼は赤の日の夜に狼に変身すると言いますが、赤の日が最大まで強くなると人狼はその残虐性をより露にします。だから人狼が入ってこれない様に鉄扉を閉めるんですよ」
そうヒハは説明する。ヒハたちガナスの村の住民たちはこの方法でこの何年も乗り越えたと言っている。だがそのタイミングで、一人の男が口を開く。
「どうでしょうか、今回も同じとは限らないですよ。もうすぐ皆既月食、ブラッドムーンです。この世界には色の日があり、世界そのものが色の日の影響を受ける。赤の日は赤のスペルの威力が上がり、火も燃えやすくなる。そしてそれはモンスターの気持ちにさえ干渉します。月が赤くなるほどの赤の日となると、果たしてどれほどの影響力になるのでしょうね」
そう不安をあおる男をドゴールが睨みつけながら誰何する。
「いきなりなんだお前、そんなことを言って不安を煽って、何がしたい?」
「俺はカケル、ただのしがない冒険者です。でも冒険者だからこそ人狼を警戒するのは当たり前でしょう?同じ冒険者ならそう思いませんか?」
「馬鹿いえ、亜人にビビッてて冒険者が務まるかよ!
カケルの言葉を一蹴するドゴール。そんなドゴールを見てカケルは溜息をつきながら、もう何も言わずに押し黙る。だがポールは心の中で目の前のカケルの警戒度を最大まで引き上げる。
(コイツ、おかしいぞ。何で今ドゴールの事を冒険者だと見抜いた?)
それは探偵であるポールだからこそ感じる違和感。ドゴールは何も気づいていないようだが、ポールは心の中で冷や汗を流す。ガナスの村の異質な恐怖と、自らを冒険者と名乗るカケルのちぐはぐさ。冒険者は総じて野蛮だとポールは知っているし、そんな野蛮な連中をうまい事利用してポールは今まで生きてきた。だが今回は一筋縄ではいきそうにないとポールは感じる。
それぞれの思惑が入り混じる中、ガナスの村の鉄扉は閉じられた。どちらにしろ人狼が入ってこないようにするためにも、赤の日が最も強くなる日が過ぎるまでは鉄扉は開くことは無い。それぞれは互いに自己紹介に入る。ガナスの村の外からやってきた訪問者はどうやらカケル、ポール、ドゴールの3人で、他は村の人たちだ。と言っても流石に村人全員と自己紹介するわけもなく、この村である程度の地位を確立している人物が自己紹介をしていく。
「先ほども言いましたが、私は村長のヒハです。実はこの村にいる魔力持ちは私だけでして。気付けば自然と村長になっておりました。」
村長のヒハは温厚そうな顔立ちの好々爺である。この世界は魔力持ちは珍しく、村に一人しかいないという話も、よくある話である。ユタの村でも魔力持ちは魔道具屋の店主だけであった。
「私はこの村で医者をしているギンと言います。と言っても魔力はないので、スペルでの治療は出来ないんです。ですがスペルだけが治療の仕方じゃない。医学知識は豊富にありますよ」
無精髭をさすりながら銀は自信満々にそう言う。排他的なガナスの村では医者の地位は村長の次に強い。逆に言えばギンが治せない怪我や病気はどうしようもないので、そういう場合はティラキア王国の王都に行って医者に診てもらうのだ。
「俺はピッツ、この村の守衛だ。小さい村だから守衛は俺一人だが、この鉄扉のお陰で村にはモンスターは入ってこれない。鉄扉は重いから、それこそ人狼でもなけりゃ一匹では開けれない。要するに平和で暇してるってことだ」
まだ若い守衛のピッツは平和を暇だと言ってみせる。いや、事実暇なのだろう。見れば守衛室の装備は埃を被っており、およそ戦いには向いていないのがポールでもわかる。今ヒハとギンとピッツが自己紹介をしたが、他の村人たちは遠巻きに訪問者を眺めるばかりで口を開こうともしない。その光景にポールとドゴールは田舎の村特有の怖さを感じ取る。だがカケルという男はどこ吹く風とばかりに村の奥に歩を進め、迷うことなく一軒の家の前に立つ。それを見て慌ててヒハが止めに入る。
「待ちたまえ君!そこはこの村の英雄の家だ、勝手に部外者が入ってはいけないよ」
「部外者?とんでもない。俺はここの主人に酒を持ってきただけですよ。まぁ見てれば分かりますよ」
そう言いながらカケルはヒハたち村人の静止を振り払い家の扉をノックする。それは不思議な家で、四方の壁がそれぞれ別の素材で出来ている。木、鉄、レンガ、土と別の素材で出来ている壁は、素人が作ったのかと思うほど凸凹としている。やがて扉がギィと音を立てて開き、中から随分と背が低い男が現れる。それを見て思わずドゴールが剣の柄に手をかけながら叫ぶ。
「人間の村にドワーフ!?殺してやるっ!」
だがその状態のままドゴールが固まる。否、ドゴールのみならずポールまでもが凍り付いている。目の前のドワーフから感じる、殺意という名のプレッシャーに押しつぶされて、指一本動かせないのだ。ドゴールとポールの頬を冷や汗が伝うが、カケルは涼しい顔でドワーフに話しかける。
「あぁすいません、いきなりお邪魔して。俺はついさっきこの村にやってきたカケルという者です。折角なのでガナスの村の英雄に挨拶をしに」
「ふん、人間は信用できん。特にどこの馬の骨とも知れぬ奴の挨拶なんぞ受けるか」
「まぁまぁそう言わずに。貴方が人間を嫌う理由は知っています。と言っても俺もつい最近思い出したんですが。貴方はその昔、冒険者として「四人四季」というパーティーに属し、魔王軍を打ち払うのに尽力した。でもその功績はティラキア王国では一切得られず、こんな辺鄙な村に逃げてきた。違いますか?ガルガンさん」
「お前は一体・・・?」
「ただのしがない冒険者ですよ」
ドワーフの男、ガルガンは一瞬驚いたがすぐに冷静さを取り戻し、カケルを自らの家に招き入れる。その時放心状態だったドゴールとポールも辛うじて現実世界への帰還を果たし、ガルガンの許可を得て、カケルについて家の中に入っていく。老兵ガルガン、かつての英雄の名前を聞いて心躍らぬ冒険者などいる筈もない。ドゴールは素直に自分の誤りを認めてから家の中に入る許可を得る。かくして役者は揃った。最後はどう足掻いてもバッドエンドになるという、鬱シナリオである「人狼の棲む村」の幕が上がろうとしている。




