人々を守る剣
「私は一体誰のために剣を振っているのだ?」
無数に積みあがる死体を前に、騎士団長クーガは茫然と呟く。魔王の軍勢を前にして、ティラキアⅠ世は敵前逃亡し、この混乱を機に、貴族たちはそれぞれがより大きくなるために暗躍している。噂では不老不死の技術を研究しているイート国への生贄として、エルフ達を乱獲している奴らもいるようだ。そしてそれが不老不死の技術などではなく、死ねない体になる呪いという事も、クーガは知っている。人間というのは欲深い生き物で、本当の危機を目の前にして初めて本性が現れる。そして、クーガの目の前で魔王軍の一人が声高に叫んでいる。
「見ろ、人間たち!これが、この王都の惨状が!お前が本当に守りたかったものか?人間とは愚かだ、どこまでも。亜人は人間と何が違う?人間は私の事を人狼だと糾弾するが、確かに外見は狼でも、心は人間だ!対してお前たちは、人間の皮をかぶった狼ではないか!」
その人狼の魂の叫びに、思わずクーガは苦笑する。確かにティラキアⅠ世は逃げ出したし、貴族たちは反乱さえ考えている。だが当然、悪い人間もいればいい人間もいる。そしてそれは亜人も例外ではないと感じるのだ。クーガは人である以前に騎士である。故に最後はその人狼を斬ったのだが、それでもその子供を人知れず保護することに決めた。クーガの人となりを知った「四人四季」がクーガと酒を飲み交わす仲になったのは、必然と言える。「四人四季」は人間はテトだけで、他は全員亜人だ。最初は彼らもクーガに心は開いていなかったが、次第に心を開いていった。最終的には敬語もなく、名前も呼び捨てで呼び合うほど仲良くなった。だからこそクーガは揺れ動いた。亜人の人権を声高に叫んだ魔王軍と、健気に生きる「四人四季」の面々。そして魔王軍を退けて亜人の排斥文化が助長したティラキア王国。心も体も壊れ切っていたクーガが最後に見た希望、それは種族の壁を越えてイート国に一致団結して立ち向かう彼らの姿だった―――。
「団長!もう持ちそうにありません!」
騎士の一人がクーガに現状を伝え、クーガの意識は目の前の戦場に引き戻される。一時はイート国の騎士団を押していたティラキア王国の騎士団も、徐々に押され始めていた。クーガは嘲笑する。この現状も全て人間の愚かさが招いたものだと感じたのだ。
「周りには死ぬなと言っておきながらこの体たらくでは、世話はないな」
魔王軍と戦っていた時は、「四人四季」という冒険者パーティーが前面に戦う意志を示して、人々はそれについていった。今回もクーガたた騎士団やティラキア王国の民兵たちは、カケル達についていっただけに過ぎない。そんな有様でありながら上から目線で冒険者たちに忠告をしたりもした。いや、もっと早く、普段から訓練をしっかりとしておけばグレゴリやルアの覚悟も読み取れたかもしれない。
「所詮は私も抜け殻か」
そう言ってクーガは顔を少し伏せてから、覚悟を決めて最後の命令を出す。
「皆の者、今までよくついてきてくれた!あと少しだ!私は残り少ない命を燃やす!諸君らの残り少ない命、燃やすことのできるものは私に続け!」
そのクーガの言葉に、無言で全員が武器を構える。どうやら、この場にいるのは馬鹿ばかりのようだ。それが酷く嬉しいようで、クーガは思わず笑みを浮かべる。そこからは敵味方入り混じっての乱戦になる。そこかしこから悲鳴が上がるが、兵士たちが感じるのは恐怖ではなく、死を目の前にしての高揚。思わずクーガは叫ぶ。
「もう少し、もう少しだ!テト、だいぶ待たせてしまった!今そちらにいくぞ」
「クーガ!何処だクーガ!私を置いて先に死ぬな!」
乱戦の中、誰かが自分の名前を呼ぶ声を聴きながら、クーガは後悔の念を口にする。
「すまない、―――」
クーガが誰に対して謝ったかは兵士たちの悲鳴にかき消される。この日、ティラキア王国はイート国との戦争に勝利した。だがその代償は安くはなかった。騎士団長クーガを筆頭として、大勢の騎士や冒険者たちが土に還った。残された者達は悲しみにくれながら、やり切れぬ無念の気持ちを吐露する。
「終わったんだな・・・」
バルコが茫然と呟く。亡き魔法使いの形見を抱いて、魂の抜けたように呟く。だがそのバルコの背中を戦士がしっかりと支える。戦争が始まる前に楽しそうに最後の酒を飲み明かした面子は、そのほとんどが消え去った。
「クーガ、お前まで私を置いていくのか」
アルトリアがクーガの墓に花を手向け、ラパツが何も言えずにその後ろに立ち尽くしている。後でカケルが知った話だが、アルトリアは「四人四季」のメンバーだったようだ。そう言われれば、エルフなのに放浪の剣士ということも、やけに人間にやさしいのも納得がいくというものだ。クーガはアルトリアにとっては掛け替えのない仲間だったのだ。今度ばかりはラパツも、アルトリアにかける言葉が見つからないようだ。彼らを何とも言えない表情で眺めながら、オーシスたちはウオアムに帰っていた。反面ギドはパルメトに帰ることは無く、このティラキア王国の大地にテトの墓を作った。ギドの背中を見ながらカケルはディープワールドカードゲームのシナリオを思い出す。
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魔王軍の侵攻を食い止めた「四人四季」は、それでもほとんどが亜人という構成のせいで、ティラキアⅠ世から感謝されることは無かった。それに対して「四人四季」の面々は不満をあらわにする。
「納得できない」
「意見が合うな、アルトリア」
目深にフードを被ったエルフの女性、アルトリアがむすっと呟き、それにドワーフが賛同する。本来エルフとドワーフは仲が悪いのだが、彼らの絆は種族などという枠組みには囚われないものだ。リザードマンも頷いているが、ふと本来の役割を思い出してテトを見やる。
「テトはどうするのだ?」
そのリザードマンの言葉を受けて、テトがバツの悪そうな顔をして話し出す。
「いや、実はさ。人間の俺だけはティラキアⅠ世に賞与を貰っててさ、なんか爵位も貰ったんだ。悪い、もう冒険者は続けられそうにない」
「そう、か・・・」
今にも泣きだしそうなテトにリザードマンが素っ気なく返す。感情を露にすれば今にもテトが泣き出すのが目に見えていたから、言葉は交わさないのだ。言葉はなくとも、四人はそれだけで分かり合える。最後にテトが声を張り上げて、努めて明るく笑う。
「そんな深刻そうな顔をするなよ!別に今生の別れって訳じゃない!そうだ、実は孤児を1人拾ってさ。アイツは将来化けるぞ、俺以上の英雄になるかもしれない。また見に来いよ!」
その言葉に亜人の3人は少し笑いながら頷く。亜人排斥の風潮が強くなるティラキア王国に入れることは無いと知りながら。そしてそんなことはテト自身も知っており、涙を流しながら3人を見送る。それからテトはクーガと酒を飲んだりしたが、暫くしてイート国の魔王を名乗る連中がテトを殺し、残されたクーガは荒れに荒れた。ギドもティラキア王国に愛想をつかしてパルメト国に移動した。
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カケルが知っている彼らの軌跡はここまでだ。それから先はまだシナリオがなかった。だが今ならわかる。彼らのその後をリアルタイムで見た今なら。カケルは多くの人の思いを踏みにじったイート国への怒りや、ティラキア王国の悪しき風習への憎しみを心に抱きながら、それでも今は、今だけは、英雄たちに向けて祈りを捧げる。カケルはオフィーリアと不動のガーゴイルを引き連れてティラキア王国の王都に帰る。するとオフィーリアがカケルに話しかける。
「・・・多くの人が死にました。出来れば私は彼らが繋いだ歴史を語り継ぎたいのです。人の輝きを語り継ぎたいのです」
「これからの俺の旅には付いてきてくれないということかい?」
「はい」
一度召喚したモンスターは召喚者が死ねば縛るものが何もなくなり、野生に帰る。だがそれ以外にもモンスターは自由に生きれる道がある。それは陣地をプレイしてその陣地にモンスターを移動させたあと、召喚者がその陣地から離れること。そうすると陣地と、そこにいるモンスター達は支配から外れる。見れば、不動のガーゴイルも頷いている。無理もない、生き返るとはいえ死ぬ時の痛みは感じるのだ。もう死にたくないと願う不動のガーゴイルの願いを無下にするほど、カケルは腐ってはいない。
「人と共に進化する、か。深く考えることは無かったのかもな。命名の儀なんてしなくても、モンスター達は自分たちで考えて動けるか」
そう言ってカケルはフッと笑い、オフィーリアと不動のガーゴイルに別れを告げる。
「貴方に星の加護がありますように」
最後にオフィーリアの言葉を背中で受け止めながら、カケルはその場を離れ、一人ティラキア城を目指す。城の中では老執事が待っており、カケルの事を見て心底嬉しそうに微笑む。
「おや、カケル様。という事は終わったのですな」
「はい、終わりました。正直、最初は貴方の言っていた事が分からなかった。何でグレゴリとルアは王都の住民に何も告げずに死地に赴いたのか、と。でも今ならわかる。本当にむかつく奴はこの手で葬り去りたい。例えそれでどれほどの被害が出ても」
「人間とは自分勝手な生き物ですので」
老執事の言葉にカケルは妙に納得する。そして一枚のスクロールを取り出す。それはディスペルのスクロール、つまりは老執事の使命を終わらせるスクロールだ。それを見て老執事が最後に笑ったようにカケルには感じられた。緑の光が老執事を包み込み、粒子が空に上がっていく。何処までも、何処までも。それを見届けてから、カケルはティラキア城を後にする。ふと王都の冒険者ギルドを見ると、バルコと戦士が酒を飲んでいる。戦いの前の華やかさはなく、そこにあるのは魔法使いを弔うための静寂のみ。皆前を向いていくのだと感じながら、カケルは王都を出る。そしてチラリと投影装置を眺めて、息を吐き出す。そこには変わらずHPが100のままの魔王のシルエットがある。
「やっぱりアイツは魔王の名を騙った偽物、か。本物の魔王を探すのなら、かつて「四人四季」の一員だったアルトリアに聞くのが手っ取り早い。でも俺はもうどうすればいいか分かんねぇよ、神が俺に何をさせたいのかも分かんねぇよ・・・」
カケルは俯く。カケルの心の中では神の言葉が消えずに残り続けている。そしてカケルは考える。使命に囚われてばかりでは辛い未来しか待っていないのではないか、と。何をするにも自由だとカケルは開き直り、一度ユタの村に向かう。ユタの村ではテンタクルサンドワームと三つ首のケルベロスが丁度解体されている。それを見てカケルは苦笑しながら、トゥグリに話しかける。
「やぁトゥグリ、久しぶり」
「あぁ、お兄さん。どうされたんですか?」
「またちょっと旅に出ようと思ってさ」
「それなら今度も冒険譚をお待ちしています」
トゥグリに冒険譚を聞かせるという約束を取り付け、マウリやルゥダと簡単に言葉を交わしてから、カケルはユタの村を後にして旅に出る。投影装置には何もクエストは表示されていない。それならば随分気楽だと考えながら、カケルはあてのない旅に出る。戦争で傷ついた心を癒すために、どこか遠くへ。




