魔王
曇り模様の空が風を運び、草木がカサカサと揺れ動く。カケルは慎重に森の中を歩く。投影装置を見ると、敵のモンスターが次々と倒れていくのが見える。まだ残っているモンスターがいるが、それも時間の問題だろう。それを見てカケルはひとまず安心するが、今から戦うイート国の魔王との戦いで、魔王を殺すことが出来ないと状況はまた元通りになる。カケルは深呼吸をして、歩みを再開する。
(大丈夫だ、皆がここまで繋いでくれたんだ、後は俺が頑張るだけだ。だが不安なのは、魔王の陣地だ。魔王の陣地にはまだ何も配置されていない。ここまでやられて、この余裕はなんだ?)
カケルは投影装置を眺めて、不安に駆られる。カケルの陣地は敵には筒抜けだが、当のカケルは魔王の狙いがまるで分からない。だが魔王の手札7枚でこの状況がひっくり返るはずが無いと、カケルは自分に言い聞かせる。それに魔王と対峙したときに、魔王がカードを使う前にすぐ殺してしまえば何の問題もない。カケルは自分の心を落ち着かせながら、いつ接敵しても気付けるように、慎重に森の中を歩く。不思議なことに敵のプレイヤーの位置はなんとなくわかるのだ。恐らく投影装置のせいではあるが、カケルは心が示すままに歩き続ける。そして遂に開けた場所に出た時、イート国の魔王を見つける。イート国の魔王は、開けた場所で悠然と立っている。
(何もさせない、すぐに殺す!)
カケルは瞬時に判断してギークとガイアに目配せをする。ギークとガイアも命名の儀を経て、カケルが何も言わずとも、瞬時にカケルの意図を汲み取り、魔王目掛けて駆けだす。だが魔王もすぐにモンスターを召喚する。
「幼き白竜、召喚!」
〇幼き白竜[スペル] コスト4 3/4 スペル白 ☆5
効果・【守護】【自己再生】
―幼くとも強き竜―
その声に応えるように魔王の前に白い竜が現れる。そして白竜を召喚した魔王はニヤリと笑い、そのままさらにスペルカードを使う。
「薄明!」
〇薄明[スペル] コスト白 ☆1
効果・貴方のモンスターが3体以上いて貴方の陣地が3枚以上ある時、貴方は今回のターンが終わった後に追加の1ターンを獲得する
―夜が明ける、その瞬間を切り抜き自分だけのものにする―
その瞬間、カケルは時が止まった感じがする。そして再び時が動き出した時、カケルの目に映ったのは、宙に吹き飛ばされるギークとガイアの姿。思わず呆然とするカケルに魔王はクツクツと笑う。
「ククッ、ハハハッ!いつ見てもこの光景は滑稽だ。俺が☆5カードしか使わないと思ったか?そもそも不思議には思わなかったのか?☆5カードはデッキに5枚制限、つまりカードパックを一つ買えばそれ以上はデッキにある☆5カードを使わない限り新たにカードパックを買えないってことにさ!」
魔王は饒舌に喋る。だが漸くここで、カケルはこのトリックのからくりに気付く。前にカケルが引いて、その時は何にも思わなかったカード。
〇増幅装置完成版[アイテム] コスト7 ☆5
効果・デッキの☆5カード以外は全て☆5カードに変化する
ー世界システムにログインしますー
「増幅装置完成版、か」
「正解、せいかーい!一番安いカードパックを沢山買って、全て☆5にしたんだよね。でも手札にあるカードまでは変えられないから、この薄明って言うスペルは残ったわけ。でもこれはこれで楽しいや。お前は何も出来ずに一方的に殴られるんだからさぁ!」
魔王が自らの勝利を確信して、ベラベラと喋る。だがカケルの目はまだ死んではいない。確かに名前を付けたギークとガイアは死んでしまった。余りにも呆気なく、別れを惜しむ暇さえなく。だがそれでも、まだカケルには沢山のモンスターが残っている。だがそんなカケルをあざ笑う様に、魔王はさらにカードを使う。
「諦めが悪いね。もう残りは雑兵ばかりだろう?燃やし尽くしてあげるよ、ファイアーアロー」
〇ファイアーアロー[スペル] コスト赤・赤 ☆5
効果・相手の本陣にいるすべてのモンスターに3ダメージを与え、この効果で倒したモンスター1体につき、相手プレイヤーに2ダメージ
ー太陽より熱く、灼熱が降り注ぐー
その言葉に反射的にカケルが頭上を見上げると、カケル達目掛けて降下する何本もの炎の矢。当然躱すことなど出来ず、炎の矢が突き刺さり、辺り一帯を焼き尽くす。思わずカケルは痛みで悲鳴を上げ、それを見て魔王がケタケタと笑う。
「ハハッ、楽しいねぇ。まさしく飛んで火にいる夏の虫、だ。残ったのは星を紡ぐ者、スライム、一つ首のケルベロス、それに生き返ったばかりの不動のガーゴイル、か。どうした?随分と満身創痍じゃないか」
愉快そうに笑う魔王と違い、カケルは内心酷く狼狽している。
(不味い、一瞬でほとんどが死んだ!残ったモンスター達も満身創痍だ。アイツは間違いなくスペル赤を持っている。追撃が来る前に・・・!)
そこまで考えたところで、すぐに体が動くのは流石死線を潜ってきたカケルであると言える。カケルの当初のプランである、速攻で魔王を殺すという作戦は潰えた。だが長期戦が出来ないという訳ではない。カケルは一枚のスクロールを取り出す。
「リア、力を貸してくれ!雨降らし!」
空に雷雲が集まり、慈愛の雨を降らす。だがその瞬間、空に光線が伸び、雲を貫く。そして、一瞬にして雷雲を霧散させてしまう。
「・・・は?」
「あははっ!その顔、その顔だよ!最高だね!僕がティラキア王国の召喚者たちについて情報を集めていないとでも思ったかい?今使ったのは「雨降らし」に対抗するために作り上げた、それを無力化するための「雨枯らし」という機械だよ。あぁ、勿論「星落とし」を打ち消すために「星砕き」というレーザー砲も作っているよ」
そして魔王は勝ち誇る。
「僕は確かに地球にいたころは世界大会では優勝できなかった。でもこの世界では、世界大会優勝者でも何も出来ずに死んでいく!対して僕は違う!この世界では☆5カードを何枚でも使えるし、イート国には優れた研究者がいて、不老不死の技術の研究だって進んでいる。あぁ☆5カードをプレイするには制約があるけど、そんなの邪魔者を殺せばそれで済む話だしね。英雄テトには期待してたんだけれど、全然使えなったのは予想外だけどね」
その悪びれもしない魔王の顔にカケルは怒りを覚える。魔王は自分が世界大会優勝者になれなかった腹いせに、ご丁寧にも災厄カードに対抗するために☆5カードやイート国の技術力を駆使して、災厄カード持ちの召喚者たちを殺しまわったのだ。そして自分だけのユートピアを作り出し、悦に浸っているのだ。そしてその覇道のために、自分が☆5カードを召喚するためだけに、ギドの師匠であるテトを殺したのだ!カケルは歯軋りをする。
「何故お前が世界大会で勝てなかったか教えてやろうか!そう言う傲慢なところだ!☆5カードで固めれば世界大会優勝者にも余裕で勝てる、だと?ふざけるな!お前はこの世界で生きてきた人たちを侮辱したんだ!」
「あー、ハイハイ。弱い犬ほどよく咆える、ってね」
激昂するカケルにさほど興味がないように、魔王が二発目のファイアーアローを放つ。今度こそカケルのモンスターが全滅する、そんな危機に面してカケルは我武者羅に体内の魔力を練り集める。思い出すのは色の日の事。今日は緑の日である、だがそれだけでは不安が残る。だからカケルはエルフ達が信奉する森の神に慈悲を乞いながら、自然の治癒をオフィーリアに向けて発動する。
「森の神よ、おられるのならば俺に最大限の慈悲をっ!自然の治癒!」
自然の治癒はHPを2だけ回復するスペルだ。そのままではオフィーリアは二発目のファイアーアローを耐えられない。だが確かにカケルは、オフィーリアに向けた右手が緑色に光輝いたのを目撃する。すぐに炎の矢がモンスター達を焼き尽くすが、オフィーリアだけは肩で息をしながらもなんとか耐えている。カケルの土壇場での願いが通じたのだ。カケルは自らも炎の矢に焼かれていることなど気にもせず、全力の殺気を向けて魔王を睨む。見ればオフィーリアも目隠しが焼かれて、その青色の目を見開いて魔王を睨んでいる。
「行くぞ魔王、反撃の時間だ・・・!」
その殺気を受けても未だ魔王は薄ら笑いを消さない。それもそのはず、オフィーリアもカケルも既にボロボロだからだ。だが二人は息ピッタリに幼き白竜に襲い掛かる。カケルが大ぶりの攻撃を仕掛けて、それを避けた白竜が反撃に転じようとした瞬間にオフィーリアが白竜を思いっきり殴り飛ばす。殴り飛ばされた白竜は派手に吹き飛び、魔王の後ろの地面に激突する。その光景を見て、魔王の顔から余裕が消えて、間抜け面を晒す。
「・・・は?」
「驚いたか?モンスターに名前を付けると、時々変化が現れるんだ。ウッドゴーレムには【守護】の特性が発現したし、オフィーリアは数値化は出来ないが、前に比べて格段に威力が上がっている。これが人と共に進化するというキャッチコピーの意味だ。ギークもガイアも、もう少し長くいれば彼らなりの成長を見せてくれただろう。せめて仇は取る!」
強さとは、数値に現れるものだけではない。魔王はその本質がわからずにディープワールド・カードゲームのシステムに頼りきっていたが、目に見えないものにこそ強さは現れる。カケルは殺意を込めて、全力で魔王に斬りかかる。すんでのところで幼き白竜が魔王の盾になるが、それが致命傷となり幼き白竜は息絶える。守るものがいなくなった魔王を、オフィーリアが思いっきり殴りつけ、数メートルほど殴り飛ばす。カケルが冷めた目で魔王を見下す。
「お前を守るものはもういない。新たにモンスターを召喚してみるか?すぐ死ぬだろうがな」
それは何処までも底冷えするほどの殺意。カケルは怒りに支配されながら、それでもディープワールドカードゲームのシナリオの記憶をたどる。魔王にとってはただのモンスターでしかないが、カケルにとってはそのシナリオ一つ一つ、モンスターの背景一つ一つに時に涙して、時に笑った、かけがえのない時間だったのだ。そうだ、この世界はもうディープワールドカードゲームの世界ではない。彼らには辿ってきた歴史があり、思い出がある。それを平気な顔で踏みにじる魔王が許せない、それだけで命をかけるには十分すぎた。だがカケルの殺気を受けて追い詰められた魔王は壊れたように笑う。
「は、はははっ!それで追い詰めたつもりか!?この状況を打開できるカードがないなら、引いてくればいいだけだろ!ブラックサーペント、アーティファクトゴーレム召喚!」
〇ブラックサーペント[モンスター] コスト3 4/2 ☆5
効果・このモンスターの死亡時、プレイヤーのHPを全回復する
ー災いを呼ぶ黒い蛇ー
〇アーティファクトゴーレム[モンスター] コスト5 6/7 ☆5
効果・死亡時、ランダムなゴーレムカードを手札に2枚加える
ー無機質だが神秘の温もりを感じるー
そう言って魔王は2体のモンスターを召喚し時間稼ぎをしてから、1枚の陣地カードをプレイする。すると目の前に、カケルとオフィーリアには見覚えがある、古い建物が現れる。「手負い」を召喚した人間が暮らしていた家、そう、誰かの隠れ家だ。その瞬間、カケルは悟る。この男は、「手負い」の大切な思い出である、誰かの隠れ家を焼いたのだ、と。手札が増えてニヤニヤと笑う魔王を見て、カケルの中で何かが切れた。
〇誰かの隠れ家[陣地] 体力7 ☆5
効果・プレイ時、カードを5枚引く
―今は忘れ去られた誰かの家―
「貴様あああぁぁ!もういい!終わらせてやる!」
そう言ってカケルは復元装置を使う。カケルが復元装置で復元するアイテムは未完成増幅装置だ。それにより両者は☆5カードを全て引く。だがカケルは☆5カードが入ったカードパックを購入していないので、デッキには当然☆5カードは1枚もない。対して魔王はデッキの全てが☆5カードに変わっているのでデッキを全部引き、空になったデッキには死神のカードが現れる。次に魔王がカードを引けば即座に死神が現れるが、日付が変わるまでは随分と時間がある。魔王は思わず笑う。
〇復元装置[アイテム] コスト1 ☆1
効果・貴方の使ったアイテム一つを選択する。両プレイヤーはそのアイテムの効果をすぐに使用する
ーよくある模倣品だー
〇未完成増幅装置[アイテム] コスト7 ☆1
効果・デッキの☆5カードを全て引く
ーラッキーセブン、ガガガー
「あはははは!ついに可笑しくなったかい?こんなタイミングで僕の山札を0枚にしても意味がないよ?恐らくここでは勝てなくてもデッキを0枚にして、手札をバーストさせようって魂胆だろうけど、ただの悪あがきだね!」
そんな高らかに笑う魔王の下に一匹の野生のモンスターがふらりと現れる。ただの蜂のようで、アーティファクトゴーレムが腕を一振りしただけで消し飛ぶ。だがその瞬間、魔王の手に付けられた投影装置が赤く点滅する。今アーティファクトゴーレムが一瞬で殺したモンスターはキラービーなのだ。そしてキラービーの効果で魔王は1枚カードを引くのだ、そう、死神のカードを。
〇キラービー[モンスター] コスト1 1/1 ☆1
効果・死亡時、相手のデッキの一番上のカードを墓地に送る
―キラービーに挑むならこちらもケガをする覚悟を決めろ―
状況を理解して魔王は狼狽するが、死神は待ってくれない。大気が歪み、そこから死が現れる。大きな鎌を手に持ち、漆黒のローブに身を包んだ、死を具現化した様な異質さ。相対しただけでわかる、圧倒的なまでの力の差。いくら魔王を気取って見ても、死神の前ではただの小さな人間になり果てたその男は必死に声にもならない声をあげて、必死に後ずさる。ブラックサーペントとアーティファクトゴーレムが魔王を庇う様に前に立ちふさがるが、死神から漏れ出る瘴気に触れただけで、命を刈り取られ、サラサラとした灰に変わる。
「あ、あ、ああぁぁ・・・!」
首を振りながら後ずさる魔王だが、死神はゆっくり魔王に近づいていき、無情にもその首を鎌で切り落とす。その光景をカケルは目に焼き付ける。魔王が死んだのは偶然でも何でもない。この場に偶々キラービーが現れたのではなく、そもそもあのキラービーはカケルが召喚したモンスターなのだ。だがコストの関係でカケルが本陣に配置できなかったモンスターだ。それでも、モンスターとの縁というのは残るものだ。それはオフィーリアと前の主人の例が分かりやすいだろう。カケルはキラービーと別れる前に命名の儀を行いクイーンという名前を付けて、絆を深めておいたのだ。そして今、勝利を確信して油断した魔王にキラービーが現れたのだ。
(これは最終手段で、出来れば選びたくはなかった。ごめん、クイーン。君を守れなかった。ギークも、ガイアも。一つ首のケルベロスも、ゴブリンも、スライムも、マイコニドも・・・)
カケルは死んでいった仲間のために、心の中で追悼を捧げる。カケルの優しさが被害を拡大させたのは皮肉でもある。長い長い追悼が終わり、カケルは涙を拭って前を向く。見ればオフィーリアと不動のガーゴイルが、カケルの事を見つめている。
「帰りましょう、私たちの勝ちです」
オフィーリアがしっかりとした口調で告げる。彼女の声は少し震えている。無理もない。オフィーリアはギークやガイアと特に仲が良かったから、心の中では泣いているのだろう。だがそれでも、残された者は涙をこらえて前を向く。




