エルフの歩み、人の歩み
闇夜を連想させる黒色の城が、似つかわしくない輝きを放っている。ここは不夜城、鎮座するのは異常なまでに筋肉が発達して皮膚が緑色に変色している、実験動物の成れの果て。対峙するオーシスが、憐れみを込めてミュータントに同情する。
「さて、ミュータントといったか。人間の探求心が生み出した、哀れな欲望の犠牲者よ。お主は何のために戦う?」
「シュコーシュコー」
だがオーシスの問いかけにミュータントは何も答えられない。いや正確に言えば、答えようとしてもマスクのせいで声になっていないというべきだろうか。ミュータントは実験動物の成れの果て、不完全な生き物だ。マスクなしでは外の世界では長く生きられない体、少しの環境の変化で異常反応する歪な免疫反応。いや最早、生き物と言っていいのかすら定かではない。オーシスは憎らしそうに一人愚痴る。
「そうか、お主はもう言葉さえ発することが出来ないのだな。人間というのは欲望だけはどこまでもでかい生き物だ。いかれた研究者たちが自己修復の技術の研究をした裏で、こんなミュータントが生まれているとは露ほども思わまいだろうさ。だから私は人間が嫌いだったはずなんだけれどねぇ・・・」
そう言いながらオーシスが自嘲する。ウオアムというオアシスにいる間は、確かにオーシスは人間の事が嫌いであった。だがカケルやアルトリアと出会ったことによって、オーシスの考えも変わってきたのだ。オーシスはチラリと不夜城を眺める。永遠に動き続ける、人間の繁栄を現したかのような気味の悪い城。
「今日の私は少し機嫌が悪いよ。ミュータントは一日もあれば傷がなくなるというじゃないか。せめて苦しませないように、一瞬で終わらせてあげるからね」
そう言いながらオーシスが杖をミュータントに向ける。対するミュータントもエルフに向かって突進を仕掛ける。だがエルフ達は誰も逃げまどわない。皆、オーシスに絶対の信頼を誓っているのだ。そしてその気持ちに応えるように、オーシスは大声を張り上げる。
「凍てつけ、溶けない氷棺!」
その叫び声と共に、オーシスの杖の先から冷気がほとばしり、ミュータントを瞬く間に氷漬けにする、かに思われた。だがミュータントは氷が収束する前に、その巨体で氷を弾き飛ばす。一瞬オーシスは驚くが、そこは歴戦の戦士、すぐにピンチさえもチャンスに変える。オーシスが杖を振ると、バラバラになった氷の欠片がくるりと向きを変え、尖った先が一斉にミュータントに向く。思わずミュータントは腕をクロスして防御態勢を取るが、構わずオーシスはスペルを唱える。
「アイスメイデン!」
〇アイスメイデン[スペル] コスト青・青 ☆3
効果・コスト4以上のモンスターを破壊する
―氷の牢獄―
その言葉と共に、氷の刃が次々とミュータントに突き刺さる。だがそれでもミュータントは最後まで悲鳴を上げることは出来ずに、くぐもった声を出しながら倒れていく。倒れ伏すミュータントを見つめながら、オーシスはぼそりと呟く。
「お主は中々強かったよ。少なくとも表舞台には出てこない人間なんかより、よっぽどね。恨むなら世界を恨むんだね」
それは強敵に送る賛辞である。ミュータントとエルフ、形は違えど、どちらも人間にいいように利用されてきた、いわば似た者同士だ。ミュータントも実力で言えば腕が立つ方である。事実、オーシスのスペルを一度弾いたし、オーシスに魔力切れになるまでスペルを使わせたのだ。そんな強さをもってしても、ミュータントは人間に逆らえない。消えぬ輝きを放っていた不夜城が、凍てついてその輝きを終わらせようとしている。不夜城はいつか消えてなくなるのだろう。永遠などないという事を、エルフは何よりも知っている。
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「何だここは。趣味が悪いな」
そうバルコが呟く。今バルコがいる場所は攻めの地・槍である。そこかしこの地面から槍が突き出ている状況は、異質としか言いようがない。そんな場所に佇む、黒い影。バルコが目に入ると、黒い影がカタカタと喋り始める。
「よく来たな、強者よ」
「その喋り方、やっぱり外見でそうだと思ったが、お前からは「魂殺し」の影を感じる」
黒い影は骸骨であり、黒いマントをなびかせている。手に持っているのは灰色の槍であり、明らかに「魂殺し」を意識しているだろう。それがバルコを苛立たせる。
「イート国の魔王という奴は随分と悪趣味な奴だ。まさかお前程度が「魂殺し」に並べると思ったのか?」
「ふっ、私の殺気を浴びてまだ強がりを言うか。面白い、死を恐れ、生さえ恐れろ」
バルコの挑発にソウルイーターが飛び掛かり、灰色の槍を唸らせる。だがバルコはそれをサッと躱して、更に挑発する。
「ほぉ、素晴らしい突きだ。達人級だな」
「・・・!舐めるな!」
だがバルコが挑発するたびに、激昂するソウルイーターの動きはどんどん雑になっていく。そんな大振りがバルコに当たる筈もなく、遂にはバルコが足を引っかけてソウルイーターを転倒させる。ソウルイーターとの戦いを通して、バルコは「魂殺し」と戦ったことを思い出し、軽く笑う。あの時、バルコは「魂殺し」に軽くあしらわれた。だが今では、バルコがソウルイーターを手玉に取っている。バルコは己の成長を感じながら、やはりソウルイーターでは役不足だと感じる。
「お前じゃ「魂殺し」には遠く及ばない。お前と対峙しても恐怖を感じないしな」
「舐めるなと言っている!」
散々馬鹿にされて、今足を引っかけられて地面を舐めているソウルイーターが我武者羅に槍を突き出す。だがそれもバルコは避け、かすり傷しか与えられない。だがそのかすり傷を見て、ソウルイーターはカタカタと笑う。
「クククッ、私の槍が掠ったな?貴様はもう終わりだ」
今バルコたちがいる陣地である攻めの地・槍の効果は、そこにいるモンスターの攻撃に【猛毒】効果を追加するというものだ。勝ち誇ったソウルイーターが高笑いをするが、バルコは何でもない様にリンギルの実から作った毒消しを傷口に塗る。驚いて絶句するソウルイーターに、バルコは何ともないように語る。
「俺らが何も準備せずにここに立っていると思ったか?それに毒なんかに頼らなくても、武器を正しく使えばどんな敵にも勝てるんだよ」
そう言ってバルコは地を這うソウルイーター目掛けて黒槍を突き刺す。
「グ、ガァァァ!」
地面に縫い付けられたソウルイーターが絶叫するが、バルコはそれを無視して市兵衛から託された日本刀を手に取り、間髪入れずソウルイーターの首を切り落とす。後に残ったのは息絶えた「魂殺し」の下位互換と、黒槍と日本刀を握りしめるバルコのみ。
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「テンタクルサンドワームか、「地喰い」を彷彿とさせるな」
守りの地・盾にてマウリが憎々しげに呟く。ユタの村の戦士にとって、「地喰い」は忘れることは出来ない相手だ。初めて対峙した絶望でありながら、それを乗り越えることでユタの村の絆はさらに強固なものになった。それに「地喰い」の素材からは強力な武具が造れたし、噂話を聞きつけて観光客が沢山来たのも、辺境の村であるユタの村にとっては嬉しい事である。
「マウリさん、目の前のやつは「地喰い」なんかじゃない。「地喰い」はアンドレ―のために戦っていた。でも目の前のアイツは、ただの魔王のペットですよ」
トゥグリが吐き捨てるように言う。ユタの村の戦士は強敵「地喰い」にある種の尊敬の念さえ抱いている。トゥグリにとっては親の仇ではあるが、それと同時に、戦士として尊敬の念を抱くのだ。それにこの世界のモンスター使いへの偏見の強さがアンドレ―を孤立させたことも大きいかもしれない。ルゥダがしわがれた声で総括する。
「そうだ、近くにいながら手を差し伸べられなかった儂らにも責任はある。だが後悔はこれくらいだ。儂らも変わったという事を、あの「地喰い」もどきに見せつけるとしようか」
ルゥダの話が終わると同時に、ユタの村の戦士たちは盾と槍を持ち、ファランクスの陣形を取る。その一糸乱れぬ動きは、熟練の騎士団のそれである。だがテンタクルサンドワームはファランクスなどお構いなしに真正面から突進を仕掛ける。テンタクルサンドワームの牙がマウリの持つ盾に触れるまさにその時、あろうことかマウリは盾を手放す。そして盾の陰に隠れていたトゥグリが飛び出す。トゥグリの剣とテンタクルサンドワームの牙が激突し、鈍い音を響かせながらテンタクルサンドワームが仰け反る。見れば牙が折れているが、トゥグリもすごい勢いで空中に放り出され、地面に激突する。だがトゥグリは平気な顔で起き上がる。
「命の石のドーピングです、もう前みたいな弱い私ではないですよ」
そしてトゥグリはすぐに戦いに復帰するが、決着はすでについていた。仰け反ったテンタクルサンドワームの一瞬のスキを突き、ユタの村の戦士たちが槍をテンタクルサンドワームんい突き刺していたのだ。あまりにも呆気なくテンタクルサンドワームが絶命する。だがすぐに新たな敵が登場する。魔王の手により奈落から守りの地・盾に移動してきた三つ首のケルベロスだ。だがユタの村の戦士たちの目からは闘志は消えていない。寧ろやる気に満ち溢れている。マウリが歌うように囁く。
「あぁ、そっちから来てくれたんですか。手間が省けて助かります」
その言葉に三つ首のケルベロスはビクリとする。全身の毛が逆立ち、目の前にいる戦士たちが危険だと判断したのだ。だが三つ首のケルベロスとて魔王の駒、命令から逃げることは出来ない。今にも泣きそうな顔をしながら、三つ首のケルベロスはたった今テンタクルサンドワームを瞬殺した化け物たちに立ち向かう。三つ首のケルベロスがスペルを唱えるが、炎の槍を受けてもトゥグリはすぐに服を脱ぎ捨てて全身が燃えるのを回避する。見れば炎の槍が当たった部分も少し焦げているだけで、トゥグリには大したダメージは与えられていない。そこからは蹂躙であった。最早どちらがモンスターというべきか分からないが、ユタの村の戦士たちは逞しく成長したのだった。
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「そこかしこから戦闘音が聞こえる。皆やってくれているな」
そう言いながら騎士団長クーガは剣を振り、イート国の騎士と交戦する。クーガたち騎士団だけでは絶対に勝てなかったであろうイート国との戦いも多くの者の助太刀により、今ティラキア側は優勢である。それに後押しされるかのように、騎士団たちや民兵の動きもいつもよりすこぶる良い。後には引けぬという思いが勝っていた部分もあるかもしれない。兎に角徐々にティラキア側がイートを押していき、遂にはイート国側の戦線が崩壊する。だが逃げ惑うイート国のやつらに情けをかける程、クーガたちの心は緩くはない。
「追撃をかけろ!抵抗すれば速やかに殺せ!抵抗しなければ捕虜にしろ!」
クーガは魔王軍全盛期の時代にも騎士団長であった。クーガは戦いの残酷さを知っている。情けが戦場では役に立たないことも知っている。だがクーガは今、違和感を感じている。
(やはりこいつらは、昔に戦った魔王軍とは何かが違う!)
だがクーガはすぐにその思考を切り捨てる。本当に魔王軍かどうかなどは捕虜に拷問して聞き出せばいい話だと割り切る。そうしてイート国の騎士団を制圧したクーガたちはカケルが向かった先を見つめ、カケルの安否を心配する。
(彼は無事だろうか)
そのクーガの胸の中の不安を表すかのように、空が曇る。残るはカケルと魔王の戦いのみ。だがここが一番重要な戦いである。




