見慣れた顔
朝起きたカケルは、エルフ達がざわついていることに気付く。何が起きたのかとカケルが人の集まるところに向かうと、いつか見たポンコツ商人とヘボエルフがエルフ達に囲まれている。ラパツが必死に自分の無害さをアピールしており、アルトリアがそれに突っ込んでいる。
「へ、へへっ、エルフ様・・・。私は見ての通りしがない商人でして、なに怪しい人間じゃないですよ。決してこのヘボエルフと偶然再会して共に行動して、この村に案内してもらったわけじゃありません」
「嘘をつくなポンコツ商人。お前はエルフの村で特産品を見つけて一発当ててやるんだと意気込んでいただろう。本当はお前なんて見捨ててやっても良かったんだが、ここまで付いてきた私に感謝しろ」
「うわぁ・・・前より悪化している」
そのラパツとアルトリアのやり取りに思わずカケルは辟易する。その独り言にラパツとアルトリアが気づき、あろうことかカケルまで巻き込まれたので、仕方なくカケルは自分のために彼らの潔白を証明する。
「オーシス様。彼らは俺のかつての仲間で、バカですが悪い奴らじゃないです。無害であると断言できます」
「そうか、カケルが言うのなら信じよう」
カケルからバカ扱いされてアルトリアとラパツは抗議の声をあげるが、カケルは無視する。そして自分の疑問を彼らにぶつける。
「未知の森を抜けたあと、解散した筈ですよね?何でまた一緒にいるんですか?仲良しなんですか?」
「仲良しなどではない。このポンコツ商人が王都グーンラキアに入るルピーがないから未知の森を彷徨っていて、偶々私がそれを見つけて助けたところだ。エルフの村で特産品を譲り受ける交渉を今している」
「うわぁ・・・文無しの上にアルトリアさんのヒモですか。落ちるところまで落ちましたねラパツさん」
「待ってください、誤解、誤解です!必ずエルフの村の特産品は売れる筈です!そうしたら結果的にはプラスですよ!最終的に儲かればそれでいいんです」
未だ尚そんなことを宣うラパツにカケルが蛆虫を見るような目を向け、オフィーリアがラパツから距離を取り、ガイアとギークが反射的に目を逸らす。ラパツは見境なしに借金をしたりするのでもしかしたら先を見据えていないのかもとカケルは考えていたが、今カケルはラパツがただの阿保だと認識する。冷ややかな目を向けられて、ラパツはぐぬぬと唸ると、せめてもの商人としての矜持としてエルフの村の特産品について力説する。
「このリンギルの木になる実は実にいいですよ。この実を煎じて濃縮すれば強力な毒も癒すことが出来ます。今毒消しの需要は高いんですよ?パルメトが戦争のために毒消しを買い占めているんですよ」
カケルはパルメトという言葉に覚えがある。それはディープワールドカードゲームの世界ではほとんど掘り下げられなかった国だが、つい最近市場で聞いたことがある名前だ。思わずカケルは興味が湧く。
「そのパルメトが戦争をしようとしているって話、聞いたことがありますね。相手の国とかって分かりますか?」
「当然知っていますよ。商人の情報網を舐めないでください。近々パルメトとイートが戦争を始めるそうですよ。そしてイートには魔王と呼ばれる人間がいるみたいですよ」
「え!?」
「魔王というとあれですね、昔王都グーンラキアを襲った魔王軍が思い浮かびます。噂じゃその魔王は何でもありみたいで、曰く強力なモンスターを召喚したり、とんでもないスペルを使ってみたり、果ては伝説級のアイテムを生み出したり、地形を丸ごと変えたりするみたいですよ。イートが勢力を広げている背景には魔王の存在があるようです。かくいうパルメトも魔王が生み出した【猛毒】を与える武器に苦汁をなめさせられたみたいで、必死に毒消しを集めているという話です。これは金の匂いがしますよ!」
【猛毒】は毎ターン2ダメージを与える効果だ。長期戦になればなるほど不利になるこの効果は、戦争の場では効果的だろう。最後には現金なことを言うラパツだが、カケルはこれは不味いと不安を覚え始める。投影装置の情報が確かならば、魔王のHPは100あることになる。とても今のカケルが敵う相手ではない。いやそれどころかエルフ達の力を借りても勝つのは難しいだろう。だがもうバルコたちにイート国と戦う事を誓ってしまったので、今更引き返すわけにもいかない。
(いくら厳しくてもやるしかないんだ・・・)
諦めの悪いところはカケルの取柄である。愚か者であるからこんな生き様が似合うのだ。そんな決意をカケルが抱いていると、アルトリアもラパツに対抗して知識を披露し始める。
「カケル、古代エルフ語に興味はないか?」
「・・・え?」
「そうか、興味があるか。それはいい事だ。歴史を知るうえで古代エルフ語は必須になる。何せ私たちエルフは長寿だから、歴史の生き証人と言っても差し支えない。この世界にウオアムという名前を付けたのも、そこにおられる始まりのエルフ、オーシス様だ。お前の周りには古代エルフ語が多く転がっているのだ、夢が広がるだろう」
一度話し出すとアルトリアは途切れることなく喋り続ける。思わずカケルは本能的にこの話が終わらないことを悟り、密かに逃げ出す。エルフというのはプライドが高く、自慢話が長いというのは本当だったようだ。カケルは何とかアルトリアとラパツの魔の手から逃げ出し、オーシスの下へ向かい、話しかける。
「オーシス様、皆の前で命名の儀をして見せました。これで俺たちの誠実さは証明されたはず。今度はエルフ達の誠実さを見せていただきたい。願わくば森の神の名のもとに、愚かなイート国への制裁を」
「人間がエルフに誠実さを説くとは面白い」
そう言ってオーシスが笑った気がする。カケルにとっては初めから分の悪い賭け。エルフ達はイート国に恨みなどない。ただイート国がこのまま力をつければ未知の森の存続が危うくなるというだけの、不確定な未来にオーシスは乗ってみせたのだ。あのエルフが、たかだか人間の小僧の戯言に付き合ったのだ。
(これはエルフ達を丁寧にもてなさないとな・・・)
大仕事を成し遂げたカケルが人知れず胃痛になったのは、ここだけの話である。だが兎に角これでエルフの戦士たちと、強力な毒消しの原料が手に入ったわけである。相手が魔王でも構わないというカケルの気概が見られる。
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時を同じくして、ここはパルメト。バルコたち冒険者はパルメトに到着して真っ先に冒険者ギルドに向かう。基本的にどこの町にも大小の差はあれど冒険者ギルドはあるものである。バルコたちは初めから自分たちがパルメトの王に謁見できるとは思っていない。パルメトもパルメトで手一杯なのは百も承知。なので、軍隊よりも冒険者に助けを求めることにしたのだ。だがバルコたちの予想以上にパルメトの冒険者ギルドはこじんまりとしている。
「コイツはどういうことだ?パルメトの冒険者ギルドはこんなに小さいのか?」
疑問に思いながらバルコが冒険者ギルドの扉を開けると、中にいる冒険者たちが一斉にバルコたちを見つめる。そして同業だと気付きすぐに興味をなくしてまた酒を飲み始める。昼間から酒というのもおかしな話だが、バルコたちがもっと異質に感じたのは扉が開いた瞬間の冒険者たちのあの態度と鋭い眼光。確かに冒険者は依頼人がいないと始まらない仕事だが、あれはあまりりも異質だ。そう、例えるならあれはまるで・・・
「ハイエナだな」
今まさにバルコが思っていた言葉が背後から聞こえバルコが振り向くと、大きな弓を背負っている大男が立っている。その目は険しく、同業であるはずのパルメトの冒険者たちを軽蔑の眼差しで睨んでいる。
「あいつ等はイート国の怖さに逃げた臆病者だ。今じゃ楽な依頼を高額でやることに全神経を集中させている。人間ああなれば終わりだな」
そういう大男にバルコは心の中で賛同する。過去に戦争などでトラウマを植え付けられ、酒に逃げるのはよくある話だ。だが目の前の落ちぶれようを見ていると、バルコたちは自分はこうはなるまいと決意するのだ。大男が自己紹介を始める。
「挨拶が遅れたな。俺はギド。見ての通り弓使いだ。今となっちゃパルメト一の弓使いだな。索敵能力もそれなりにあると自負している。それでアンタらは?」
「俺はバルコ。後ろのやつらも含めて、俺たちは全員ティラキア王国の王都グーンラキアからやってきた冒険者だ。この度イート国に侵攻することを決めてな、味方を探していたんだが、ここではお前以外は全員腑抜けのようだ。お前はどうだ?」
「イート国を攻める?それはいい。俺は力を貸すぜ。心配するな、俺はあの弓の名手、テトの遺志を受け継いでいる弟子だ」
テトという名前が出ると、バルコたち冒険者は驚く。かつて魔王軍が侵攻して混迷を極めた時代、4人の英雄がこの世界を救ったと言われている。だがその4人を詳しく知る者はいない。何故なら4人の内3人は亜人だったから、英雄であるにもかかわらず人間たちは気にも留めなかった。唯一人間の英雄であるテトだけが、人間の間で英雄として語られてきた。バルコたちは目の前のギドがテトの弟子なら心強いと考えるが、同時に警戒もする。英雄というのは名前が売れている分、その名前を悪用する輩も当然いる。ギドがテトの弟子であるか否か、それを証明するにはギドの実力を見定める必要がある。
「悪いが、お前の実力を見させてくれないか?その弓で空を飛ぶルフを打ち落としたら俺たちはお前を認める」
「そうだね、それがいい」
戦士と魔法使いがそんな提案をするが、これは無理難題である。パルメトの上空にモンスターが優雅に飛んでいる筈もない。もし優雅に飛んでいればとっくに衛兵たちに打ち落とされている。もしいるとしたら衛兵たちの矢が届かない遥か上空であるが、そんな遠くの動く的に矢を当てるなど出来る筈がない。だがギドは臆することなくギルドの外に出て空を眺め、矢をつがえる。
「危ないから離れていろ」
それだけ言ってギドが弦を引き絞り、狙いを定めて矢を放つ。放たれた矢は目にもとまらぬ速さで天を駆け上り、あっという間に見えなくなる。すぐに空から悲鳴が聞こえ、頭部に矢が深く刺さったルフが落ちてきて地面に激突する。轟音と飛び散る血を浴びながら、冒険者たちはそれよりも目の前で起きた有り得ない出来事に呆気に取られている。
「嘘だろ・・・本物かよ」
辛うじてバルコがそう言う。その称賛の声さえもギドは聞き慣れているようで、何事もなく弓を収め、バルコたちに向き直る。
「これで分かっただろう。俺を連れていけ。イート国には俺にとって許せない奴がいるんだ。そいつだけはこの手で殺さなくちゃならない」
その気迫にバルコたちは断れるはずもない。思いがけず強力な戦力を得たバルコたちだが、最後のギドの怒りの表情に一抹の不安を覚える。何があったのかとても今は聞き出せないが、いつかは聞かないといけないとバルコは直感する。
(まぁそれは王都に戻ってカケルと合流してからだな。あっちは上手くやれていると良いが)
そんなことを考えながらバルコたち一行は王都グーンラキアに戻る。カケルが予想以上の収穫をあげているとも知らずに。




