希望を積み立てろ
カケル達がイート国を滅ぼすと決めてから、彼らはすぐに動き出す。イート国と戦うには、まず王都の国民を納得させる必要があった。今まで王都グーンラキアはグレゴリによって守られてきた。しかし今はグレゴリもおらず、王国兵も前回の侵攻の際に、そのほとんどが国王と共に逃げてしまった。
「今から国王陛下を探し出して戻ってきてもらうのはあまりにも無謀だ。そんな時間もないし、国王陛下が何処にいるのかも分からない。だから俺たちで王都の国民を納得させる必要がある」
そう言うバルコに、カケルは頷く。少し不安はあったが、元々グレゴリをしたっていた王国民たちだ。強者であるバルコを信用するのに時間はかからなかった。王国をひとつにまとめあげた一行は、そのまま別れて国外に旅立つ。各々がイート国に恨みを持つ諸外国を回り、友軍として戦争に参加することを打診するためだ。
「俺も一肌ぬぎますか」
カケルは旅人としてこの王都グーンラキアに訪れただけではあるが、もう他人事ではいられなくなったようだ。グレゴリやルア、リア、市兵衛や「魂殺し」、そして老執事。彼らの生き様に触れてしまったせいだろうか。兎も角、この世界に来てまだ日が浅いカケルも、己の伝手を最大限に使ってイート国に抗うことを決める。
「まずは減ってきたデッキの補充だな。一番高いカードパックは☆5しか入ってなくて、5枚入り4000ルピー。でも☆5カードはプレイできない場合がある。☆4カードは単体で強力なカードもあれば、他のカードを強化する事に重きをおいているカードもある。何より大味なカードが多くて、コストが高くなる」
カケルは冷静に分析する。こと戦争に於いて、大事なのは強力なモンスターが1体いることではない。いかにモンスターを並べられるかが大切、それはバルコから聞いた話だ。イート国はモンスターも操るという話だが、いかに強大なモンスターが相手でも、モンスター使いを仕留めればそれで終わる話だ。つまり戦いに於いては、いかに数の力を駆使し、相手を翻弄するかが勝敗を分けると言っても過言ではない。
「そう言えば相手も召喚者の場合、どうなるんだ?」
ふとそんな疑問がカケルの脳裏に浮かぶが、それは当然のことであろう。ディープワールドカードゲームのシステムに則っているのは召喚者のみ。例えばカケルが召喚したモンスターにはコストがあるし、その合計コストを超えて陣地に配置することは出来ない。だが未知の森にはピーギァやマシーンゴーレムなど沢山のモンスターが生息している。それは召喚者たちが召喚したモンスターではなく、古くからその地で代々暮らしてきたモンスター達。故にディープワールドカードゲームのシステムの埒外なのだ。イート国にカケルと同じ召喚者がいた場合どうなるのか、カケルの投影装置には相手の姿が映るのか?その疑問に答えるように投影装置にメッセージが現れる。
『召喚者同士が敵対する場合、投影装置に相手の陣地が映し出されます。当然相手の投影装置にもあなたの陣地が映し出されます。貴方は相手の陣地の状況及びその位置を詳細に知ることが出来ます。この相手の陣地には召喚したモンスターだけではなく、このウオアムの世界に生きる全ての生物が干渉可能です』
そのメッセージにカケルは考え込む。
「成程、つまり投影装置に相手の陣地が映し出されていないこの状況は、互いが互いを認知していないという事か。それならばさしずめ今は準備期間といったところか」
そしてカケルはさらに考え込む。この準備期間はカケルにとってはありがたいものだ。何故ならイート国がこの王都グーンラキアに侵攻してきたのは随分前だと聞いている。前回の侵攻から時が経っている状態なので、相手の召喚者はその分準備期間があると言ってよい。一日に1枚しかカードを引けず、カードで体力や攻撃力を増強できるというルールである以上、最近召喚されたばかりのカケルは不利になるわけである。
「でも悪い事ばかりじゃない。戦いが始まるまでは俺の手の内が相手にバレていないというアドバンテージもあるし、何より前回の侵攻、グレゴリとルアを相手どって相手も無傷なはずが無い。相手も力を蓄えるのにそれなりの時間がいるだろう。それに何より、今の王都はイート国への恨みで一杯だ。王都が一丸となってイート国との戦争に臨める。これはグレゴリたちが築き上げた地盤だけど、利用しない手はない」
カケルが言う様に、今の王都は一丸となっている。それにイート国はその武力をもって随分と色んな国に喧嘩を売っていたようだ。その被害を受けた国たちが手を取り合えば、仮初ではあるが頭数は揃えられる。暫くは準備期間だと割り切ってカケルは投影装置を眺める。今カケルにとって必要なのは、モンスターを配置するための体力が高い陣地と、そこに配置する強いモンスター。そして手札として豊富なスペルやアイテム等。最高の状況を作り上げるためにカケルは日々手札を交換したりプレイしたりする。その間、カケルは唯一の伝手であるユタの村を目指して未知の森を歩いている。王都グーンラキアに来た時よりもゆったりとした進行、だがカケルには目的がある。この未知の森は広大で、森の中にはエルフの村があるという。アルトリアの故郷は心無き人間に滅ぼされたという。だがこの村にはほかにもエルフの村があるはずだという半ば確信にも似た憶測をもとに、カケルは未知の森を彷徨う。
(もしエルフの村を見つけても、説得は難しいだろう。元より亜人のほとんどは排他的だ。だがその分、義理を重んじる。手負いの件を話したら無下にはしないはずだ。駄目で元々、こちらに協力してくれるのなら万々歳だ)
ディープワールドカードゲームの世界でもエルフは出てきた。といっても期間限定のクエストくらいで、あまり掘り下げられはしなかったが。アルトリアが使っていた古代エルフ語というのもカケルにはよく分からない。だがゲームが好きなカケルはエルフの生い立ちくらいは知っている。
このウオアムの世界には元々名前がなかった。この星にウオアムという名前を付けたのは始まりのエルフと呼ばれるエルフだ。エルフという種族は人間の寿命とは比べ物にならないほど長寿だ。彼らはこの星の歴史を実際に歩んできた。それこそ過去の魔王軍の侵攻や英雄たちとモンスターの激闘まで、その全てを見てきた。それらを踏まえて彼らはこの星に名前を付けることを考え、人々はそれに乗っかった。名前が出来たことにより、人々は今まで漠然とした星の上に立っているという感覚から、ウオアムの世界に生きているという実感を得た。エルフは自然を愛し、過去の人々もそれを良しとした。だが最近は亜人に比べて悪知恵が働く人間が、自然を壊し自らの利益を優先するようになった。そうした時代の流れが人間と亜人を分断させたのだ。人間は人間で国を作り、亜人は亜人で村や集落で細々と生きるようになった。
(エルフは人間を許していないんだよな。思えば俺が最初にアルトリアに向けられた感情も殺意だったな)
カケルはアルトリアとの初めての出会いを思い出し、フッと笑う。アルトリアはエルフにしては異色だったなとカケルが考えていると、ふとカケルは足を止める。顔を顰めながら左右を確認して、この景色を少し前にも確かに見たという確信を得る。森の中で全く同じ景色を見るという事はまずない。
「幻覚か・・・?となるともうここはエルフの領域なのか。エルフの村の近くまでやってきたみたいだ」
「幻覚、ですか?私は分かりませんね」
カケルの呟きにオフィーリアが反応する。だがカケルの目には確かに異様な光景が映っている。リザードマンとウッドゴーレムも少し混乱しているようだ。エルフの村は周囲に幻覚を見せる結界が張られており、邪な者の侵入を防ぐ。と言ってもあくまで結界でしかないので、悪意のある人間は森に火を放ったりしてエルフを炙り出したりするのだが。話を戻すが、自然を愛するエルフは、自然に愛されている人間しか認めない。カケルは徐に口に指をあてて、音を立てる。静寂な森に口笛が木霊して、反響する。やがて木々が揺れ、そこからピーギァの群れが現れる。先頭に立つ「手負い」がカケルを見てじゃれつく。他のピーギァ達はウッドゴーレムとリザードマンを見て、興味津々である。因みにオフィーリアは何事もなくピーギァを撫でている。
「この匂い、懐かしい匂いですね。またピーギァ達に会えるとは思っていませんでした。それにしても貴方は不思議な方ですね。これほどモンスターに好かれている方は珍しいのではないでしょうか」
「確かに、言われてみれば。最初の内は森狼やルフに襲われていたんだけど、ピーギァやマシーンゴーレムには襲われてないかも。何でだろう?」
カケルは悩むが答えは出てこない。仕方なく謎は一旦保留し、カケルはピーギァ達についていく。ピーギァに連れられると、驚くほど簡単にカケル達はエルフの結界を抜け、エルフの村に到着する。そこは物理法則を無視した様な、不思議な空間だ。周囲一帯を木々に囲まれており、中心にやけにでかい木が聳え立っている。空には太陽と月が同時に浮かんでおり、雲は一切ないというのに日差しは決して強くはなく、そよ風が吹いている。よく分からない花の香りが渋滞して、エルフの村を満たしているが、不思議とカケルには嫌な感じはしない。エルフたちは招かれざる客に一瞬驚くが、ピーギァ達を見て、すぐにカケル達に害がない事を悟り、すぐに元の生活に戻る。当のカケル達は目の前の非現実でありながら自然の美しさをそのまま切り取ったかのような目の前の光景に、思わず見惚れている。
「これは・・・すごい」
率直な感嘆がカケルの口から洩れる。どれくらいそうしていただろうか。やがて意識を取り戻したカケルはゆったりと村を見渡し、一番大きそうな家に向かう。エルフは排他的だとディープワールドカードゲームの知識で知っていたカケルだが、この敵意のなさはピーギァに連れられているからだろうか。エルフの家はどれも木の上に造られており、ツリーハウスのようだ。その中でも中心に聳え立つやけにでかい木に一軒だけある家は、一際目立っている。カケルは躊躇なくその家に入る。家の中は質素なものである。必要最低限の物しかないが、目から入ってくる情報より鼻から入ってくる情報の方が綺麗で、カケル達の鼻をくすぐる。暫くして呆然と立ち尽くすカケル達に声がかかる。
「おや・・・?随分と久しぶりの客だ。私たちの村に何の用だい?」
声の主は老婆と言って差し支えのない女性だ。長い耳に流れるような髪。間違いなくエルフであるが、長寿のエルフでありながらこの外観となると、どれくらい生きてきたのかカケルには推し量れない。目の前のエルフに比べればアルトリアなどは赤子のようなものだろう。すぐにカケルはこの村に来た目的を伝える。
「お騒がせしてすみません。俺の名前はカケルです。いきなりの訪問をお許しください。ですが、俺たちには時間がないのです。願わくば森の神のご加護を俺たちに」
そう言ってカケルは跪く。長く生きてきたエルフに最大限の敬意を払うのはある種必然と言えるかもしれない。カケルは人間に迫害されてきたエルフの過去を知っている。だからこそ、その地獄のような日々を耐え抜いて今まで生きてきたエルフに対して頭を下げる。エルフに物を頼み込む場合、最後に森の神への慈悲を乞うのも忘れてはならない。このウオアムの世界には様々な神がいる。実在するかどうかはカケルには分からないが、エルフたちが森の神を信奉しているという事実だけで十分だ。果たして年老いたエルフはカケルの言葉を受けて、ニコリと笑みを浮かべる。
「野生のピーギァが心を許しているほどだ、悪い人間じゃないのは分かるよ。それにリザードマンとウッドゴーレムもいる。驚いたね、亜人が人間と手を組むなんてさ。昔とは変わったのかい?」
「いえ、それは・・・」
そう言ってカケルがエルフの誤解を解こうとした時だった。リザードマンがカケルを制止する。その行動にカケルは思わず驚く。今までリザードマンは黙ってカケルの命令に従ってきた。だが今、確かに自分の意志で、カケルが真実を話そうとするのを止めたのだ。そしてリザードマンがゆっくりと口を開く。
「始まりのエルフのオーシス様とお見受けする。私は名もなきリザードマンの戦士。ですが主に忠誠を誓っています。その証拠に、今から命名の儀をこの場で行いたい」
「ほう、なんと・・・」
リザードマンの言葉にエルフは目を見開く。命名の儀、それはディープワールドカードゲームにもあったシステムだ。固有名のないカードに名前を付けることにより絆を深めるというシステム。プレイヤーたちはカードと絆を深めていくことによって、ここぞという時にそのカードを引いてきたり、特殊なボイスを聞けたりする。ディープワールドカードゲームにはカードパックからカードを引いた瞬間からそのカードに独自の自立型のAIが搭載されており、カード一枚一枚が意志を持っていると言っても過言ではない。命名の儀はモンスターにとっても勇気のある行動で、本当に心を許せるプレイヤーにしか命名させない。年老いたエルフも命名の儀がそのモンスターの生き方を変えてしまう事を知っているようだが、当然カケルもそのリスクを知っている。思わずカケルは焦りながらリザードマンに詰め寄る。
「今この場で命名の儀をやりたいだって?それがどんなことか、分かって言ってるの?」
「無論。故に、これからイート国と戦うためには私たちの力が必要だろう。主とオフィーリア殿だけでは、命を落とします。話を聞いてて思いましたが、イート国は容赦なく他国を攻める。グレゴリ殿たちがやられたほどの相手です。恐らく私たちも今度こそ無事ではないでしょう。ですが、この命捧げる覚悟は出来ております」
リザードマンの横ではウッドゴーレムも頷いている。だがウッドゴーレムとリザードマンは知らない。過去にカケルの召喚したモンスターが盗賊達に殺されて、カケルがモンスターに名前を付けることに抵抗があることを。
「君たちが大丈夫かどうかじゃないんだ・・・。俺の踏ん切りがつかないんだ」
カケルが唇を噛みながら、悔しそうにそう呟く。オフィーリアが苦しむカケルの背中に手を当てているが、カケルはトラウマを思い出したようで、顔は蒼白だ。その様子を見て年老いたエルフが口を開く。
「何があったかは聞かないよ。長い人生だ、辛い事も沢山あっただろう。今すぐに命名の儀が出来ないのなら、踏ん切りがつくまでこの村に滞在すると良い。なに、久しぶりの来客だ。村の者たちも無下にはせんよ。それに安心したまえ。この村は外界と隔絶されていて、時間の流れもはやい。外に出た時はさほど時間は経っていないよ」
エルフが長寿で歴史を知っているというのは、何も寿命が長いだけではない。この不思議な結界により、エルフたちは時代の変化を見てきたのである。カケルは投影装置をチラリと見るが、時間の流れはいつもと同じで、どうやらこの村に少しいてもデッキ切れの心配はなさそうだとホッとする。カケルは快くエルフの提案を受け入れる。




