グレゴリの記憶
人々の進化の歴史には目を見張るものがある。人間はその脆弱な体と、異様なまでの優秀な頭脳を併せ持っている。彼らは時に素晴らしい発明品を思いつく。それは今までの生活を丸ごと変えてしまうほどの発明品だ。そう、世界さえも。
「グレゴリは頭がいいな」
それがグレゴリの父親の口癖であった。グレゴリは所謂神童という奴だった。同じ学校に、同学年は愚か先輩でさえも彼に頭の良さで勝てる人間はいなかった。時は火星移住計画の真っ盛り、どの企業も頭のいい人間を欲しがっていた。グレゴリの父親も、息子は将来大企業の科学者になるものだと信じて疑わなかった。そしてそれが気持ちいいのか、グレゴリの父親はいつも息子を特別扱いしていた。グレゴリの過程は順風満帆に見えた。だがすぐに悲劇は訪れる。天才であったグレゴリは程無くして1つのゲームにはまる。チェス、アナログゲームでありながら、その面白さは時が経っても色褪せない。
「すげぇ、チョー面白れぇ!」
チェスにはまり、子供のように無邪気に笑うグレゴリ。いや、事実子供なのだが、その無垢な笑みは果たして何年ぶりだろうか。だが一つ、時代が悪かった。程無くしてグレゴリは人類対AIというテレビ企画で、人類代表としてチェスバトルに参加する運びになる。当然人類側にハンデが設けられるし、人々はあのフィッシャー以来の天才という謳い文句のグレゴリに大いに期待した。戦いは過酷を極めた。まずハンデによりグレゴリが先に3手を指した状態でゲームがスタートする。当然ハンデがある分序盤はグレゴリがリードするが、それでもAIの思考能力は凄いもので、徐々にグレゴリが押され始める。しかしグレゴリは諦めず、最後まで足掻いてみせる。誰もが固唾を飲んで見守る中、遂に投了を告げたグレゴリに待っていたのは観客からのなりやまぬ拍手であった。
「今日は良い試合ができたな。負けたけれど、満足だ」
そんなことを言いながらグレゴリは舞台を後にする。その時トイレに行こうと舞台裏に向かったグレゴリは、舞台裏の楽屋でディレクターとプロデューサーの談笑を不運にも聞いてしまった。
「なぁ、さっきのチェスの試合、結構良かったんじゃないか?特に最後の方なんかは熱戦を演じていた。AIの忖度プログラムっていうのは、最初は眉唾だったが、なかなかどうして凄いもんだ」
「そうでしょう。大体人間はとっくの昔にAIに勝てないと証明されている。いくらハンデをつけても所詮人間、AIには勝てない。でも忖度プログラムを導入したAIなら熱戦を演じられるし、最後には観客達もあのバカなピエロに拍手を送っていた。これは数字がとれますよ」
「あぁ、是非企画化したいところだ。それにしてもあのピエロ、あいつはとんだ間抜けだな。何がフィッシャー以来の天才だ、笑わせてくれる。AIは悪手なんて指さないのに、あのピエロはそんなことも知らずに険しい顔で悪手を咎めようとしてたんだから、俺は笑いを堪えるのに必死だったよ」
そこから始まる下世話な話をグレゴリは最後まで聞くことができなかった。トイレに駆け込んだグレゴリは、盛大に便器に吐く。涙目になりながら、グレゴリは吐き続け、遂には魂まで抜け落ちてしまったかのようだ。
「俺の人生、何だったんだろうな・・・」
ポツリと呟いたその声は、誰の耳にも入らず、洗い流される。その日、チェスの世界から一人の天才が消えた。彼はすぐにディープワールドカードゲームというカードゲームにはまる。カードゲームはチェスと異なり運が絡む。グレゴリは当初こそ荒れていたが、世界大会に優勝して暫くすると、すぐにその優しさを取り戻す。地球でのグレゴリの死因は狂ったファンにより刺し殺されたことだ。グレゴリはウオアムの世界でやり直すことを選んだ。蟻も侍も、災厄モンスターも。そしてモンスターではないがグレゴリを信じてついてきてくれた老執事やリア、ルアも。名前も知らない王都の民でさえも。その全てが、彼にとっては宝物であった。
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「・・・」
そこまで見たところで、カケルの意識は覚醒する。そしてカケルは歯軋りする。目の前にいるのは自らを神と名乗るもの。思わずカケルは神に対して抗議の声を上げる。
「神とやら。何故アンタはグレゴリにしろアンドレ―にしろ、召喚してそれで終わりなんだ。何故最後まで面倒を見てやらないんだ」
『彼らが生きた記憶、歩んできた道のり。それを紡ぐのは私ではない。彼らが望んだ生き方だ』
「詭弁だ、都合のいい時だけ責任を押し付けるな」
『事実だろう。私は神として、地球を出て別の地で生きたいと願った魂を導いただけだ。その地で人々がどう変化するか、それは自分次第だ、私の知るところではない。グレゴリの記憶を見て後悔でもしているのか?驕るなよ、過去は知ることは出来ても変えることは出来ない』
「・・・!でも、それでも!」
『彼らは好きなように生きて、好きなように死んでいった。それが人間だ。紛れもない人間なのだ』
神がきっぱりと告げ、カケルはそれから何も言えなくなる。カケルは今一種の錯乱状態だ。自分がかかわった者の記憶を見るだけ見て、彼らが悩み苦しんでもそれを見続けるしか出来ない。何故なら過去は変えられないから。だがそれでカケルが歯痒い思いをしているのもまた事実だ。遂にカケルは混乱して、自分がここにいる意味を探し始める。
「何故俺はここにいるんだ。俺もアンタが呼んだんだろ?俺に何をさせたい。魔王を倒して、どうしたいんだ。そもそも魔王ってどんな奴だ」
『随分と質問が好きだな。だがその質問には答えられない。前も言っただろう、お前の代わりはいくらでもいる、と。私は魔王を倒したいし、お前も地球からの逃避を願った。私たちはただそれだけの関係だ』
そう言って神はカケルを突き放す。そう言われてしまえばカケルはそれ以上何も言えなくなる。話は終わったとばかりに神がカケルに背を向け、カケルはまた意識が薄れていく。最後にカケルは神の独り言を聞いた気がする。
『だが、それでも、だ。お前の代わりはいくらでもいるが、お前の人生はお前だけのものだ。当然私のものではない。私が定めたクエストに抗うのはいいきっかけだ。この世界からの逃避を望んでも、もうお前を拾ってくれる世界はない。だから今度は逃げずに、後悔なく向き合え』
そしてカケルは意識を取り戻す。辺りを見渡すと、死の祭壇特有の不気味さが消えており、太陽がカケルを含めた冒険者たちを焼く。思わずカケルがバルコに目をやり、そして両手に持っている黒槍と日本刀を見て固まる。カケルはすぐに全てを察して語り掛ける。
「彼らは死んだんですか?」
「あぁ、「魂殺し」も市兵衛も死んだ。そっちこそ、リアはどうした?」
「・・・」
バルコの問いかけにカケルは答えられない。するとバルコははぁと溜息をつき、しっかりと両の目でカケルを見据えて、宣言する。
「カケル、俺はイート国を滅ぼすつもりだ」
その覚悟を受けて、カケルも腹をくくる。このまま手を打たなければ、何れイート国がまた攻めてくるのは明白。もとよりカケルには選択肢はなかった。だがその選択を選ぶだけの覚悟がなかった。それでも今、確かに覚悟を決める。
「俺もそのつもりです」
バルコの後ろの冒険者たちも、既に覚悟を決めている様である。グレゴリとルアが本気で挑んでも勝てなかった相手だ、一筋縄では行かない。しかしカケルと王都の冒険者たちがいれば、どうだろうか。未来は誰にもわからない。だからこそ、人々はそこに希望を見出だし、抗って見せるのだ。




