魂殺し
カケルが城の中でリアとルアの記憶を見ていた時と、同時刻。死の祭壇の前に冒険者たちと市兵衛が武器を構えてずらりと並んでいる。彼らの視線の先には「魂殺し」。その不気味な骸骨の風貌と相対して、冒険者達は冷や汗を流す。だが、死のプレッシャーを感じても引き下がるわけにはいかないのだ。沈黙を破ったのは「魂殺し」の方からだ。
『ようこそ、私の戦場へ、名も知らぬ強者よ』
それは地の底から響いてると勘違いするほどの冷えきった声。聞いた者全てを畏怖させるかのような恐怖の音色。だがそれを聞いたバルコの応えは少しずれている。
「噂通り背筋が凍る声だ。さぞ孤独だっただろうな。まるで生まれた時から戦い以外の生き方を知らないみたいだぜ?」
『・・・強者よ、お主も同じではないか』
「ははっ、言えてるな。だが面白いことに、戦いだけの人生もなかなかに刺激があるもんだ」
そう言って、バルコはゆっくりと剣を構え、深く息を吸って吐く。これからここで壮絶な戦いが起きるとは思えないほど、場が静まり返る。事の起こりは何ともない緩やかな動きだった。バルコがすっと体を後ろに傾けた、それだけである。驚くほど静かで流れるような動作に思わず時が止まったかと錯覚する者もいるだろう。だが「魂殺し」は瞬時に体を横にスライドさせる。するとバルコの足がバネの様に伸びて、先ほどまで「魂殺し」がいた地点に高速の突きを繰り出す。
「チッ、外したか!」
『ほぉ、素晴らしい突きだ。達人級だな』
「魂殺し」は素直にバルコの剣捌きを称賛する。そして少し声のトーンを落として、もの悲しく囀る。
『残念だ、お主ほどの人物があの時に王都に居れば、あるいはイート国の侵攻を止められたかもしれん』
そして「魂殺し」は冒険者たちを見て怒りの声を上げる。
『何故肝心な時に王都にいてくれなかったのだ!あの時お主等が国外のダンジョンに遠征に行っていなければ、主は死ななくて済んだ。主の友も悲しい思いをしなくて済んだ。そこにいる侍も、主の横で笑顔で笑っていられたのだ!』
その怨嗟の声に抗う様にバルコも怒声を上げる。
「ふざけんじゃねぇ!俺にとっては絶対的な力があるのに王都の悪行を見逃していたお前の方が許せねぇ!その力は何のためにあるんだ!それに俺たちがいない間に王都が攻められて、俺たちが辛い思いをしていないとでも思ったか!目の前にいる俺たちを見ろ。継ぎ接ぎだが装備もあるし、練度もある。統率だって取れている。抗うために必死に準備をしてきたんだよ!」
そのバルコの怒声を起点として、冒険者たちが一斉に「魂殺し」に向かって攻撃を加える。ある者は矢を放ち、ある者はスペルを唱え、またある者は勇猛果敢に「魂殺し」に斬りかかる。だが驚くことに、そのすべての攻撃は微妙に軌道を変えながら、「魂殺し」に吸い込まれるように突き刺さる。これこそ紛う事無き練度であろう。積み上げてきた研鑽が、「魂殺し」に牙をむく。だが「魂殺し」は倒れない。いや死という自然の摂理を一瞬だけ無視しているかのようだ。バルコは思わず驚く。
「こいつは、まさか・・・」
『呪いだよ、ある種のな。聞いたことはあるだろう。この世界にはゴーレムという生き物がいる。ゴーレムを産み出した科学者は、あるとき考えたそうだ。命令のためなら体がボロボロになっても自己修復して生き続けるこのプログラムを生き物に施せば、最強の駒になるのではないか、とな。私はその実験台に自ら名乗り出た』
見ると「魂殺し」が苦悶の表情を浮かべている。受けた傷は徐々に修復されているが、痛みはそのままのようだ。そのイカれた科学者はあろうことかこの呪いに名前をつけてスペルとした。曰く、「永遠の命」。永遠の命を求めた時の権力者たちはこのスペルを欲し、科学者は巨万の富を得た。「永遠の命」を求めた時の権力者たちがその後どうなったか、ここで語るまでもないだろう。兎に角、「魂殺し」は死にたくても死ねない体になったのだ。
「そこまでしてこの王都を壊したいか。グレゴリはもういない!なのに何故まだお前は戦い続けるんだ!」
歯軋りをしながらバルコが怒りを露にする。だが返ってきた返事はバルコが思い描いたそれとは大きく異なるもの。「魂殺し」がフッと笑い、その表情を変えぬまま話し続ける。
『グレゴリは死んだ、か。それはそうだな。認めたくはなかったが主は死んだのだ。私も最初は認められなくて、人助けという態で魔物を殺したりしたな。私の黒槍でとどめを刺すとその命は主の下へ転送されるが、殺した魔物は転送されることは無かった。気付いていたよ、主がもうこの世にいないという事は。だがそれでも私は戦い続けなければならない!イート国のやつらを打ち倒す勇者が現れるその日まで!』
そう言って「魂殺し」は槍を構える。未だ「魂殺し」の本音を聞いて思考が追い付いていない冒険者たちに対して。
『だから見定めさせてもらおう』
そう言って「魂殺し」が仕掛ける。その黒槍で足払いを仕掛けたり、体術で襲い掛かる。それに対してバルコはようやく感じていた違和感に気付く。「魂殺し」はプレッシャーを放っていたが、いざ戦いが始まるとバルコたちの命を取ろうとはしてこず、防御に徹していた。初めから「魂殺し」は冒険者たちを殺す気などなかったのだ。この戦いはバルコたちを勇者かどうか見定めるものだったのだ。「魂殺し」は王都グーンラキアのために命を捧げられ、かつイート国のやつらを打ち倒せるほどの強者を見極めるために戦い続けていたのだ。それに気づいてバルコは物寂しさを覚える。同時に怒りも覚え、思わず「魂殺し」に肉薄し、「魂殺し」の心に向かって叫ぶ。
「お前はそれでいいのかよ!イート国のやつらが憎くないのか!グレゴリの敵討ちをしなくていいのかよ!」
『強者よ、分かるだろう?私がこの槍を本気で振るうのは主のため、それだけだ』
「ほざいてろ!本気で戦わない奴なんて戦士でも何でもない!今も本気で戦えよ!」
そのバルコの言葉を受けてもなお足払いを仕掛ける「魂殺し」。だが攻撃の軌道が読めてしまえば対処は簡単である。バルコは黒槍を踏みつけ「魂殺し」が逃げられないようにして、そのまま思いっきり剣を振り下ろし、「魂殺し」を袈裟切りにする。
『・・・見事っ!』
「クソが、クソが、クソがぁ!」
そのまま倒れる「魂殺し」にバルコは馬乗りになり、剣を振り下ろす。何度も、何度も。それは自分勝手な「魂殺し」たグレゴリへの怒りかもしれない。ひいてはイート国への恨みかもしれない。過去を変えられない嘆きかもしれない。ただ兎に角バルコはもう動かない「魂殺し」に向かって剣を振り下ろし続ける。
「よせ、バルコ。怒りをぶつけて何になる」
「それ以上やったら剣が壊れる」
いつもバルコとつるんでいる戦士と魔法使いがバルコを宥める。だがそれでもバルコはふー、ふーと鼻息を荒くしている。許せないのだろう、何もかも。確かにグレゴリの力は絶大だ。だが力は使い方を間違えれば毒にもなる。グレゴリは確かに王都の民を愛していた。全員平等に。グレゴリの力がなくなったら彼らがどう生きるかなど考えずに。ある者はイート国に情報を売り、ある者は奴隷取引で一財産を築いた。バルコはそのすべてが許せないのだ。だが怒りをぶつける先が違うのだ。二人に宥められてバルコは少し正気を取り戻す。するとバルコの後ろに市兵衛が日本刀を持って現れる。
「あとは儂がやろう。こやつと昔の語らいもしたいところだ」
バルコはそんな市兵衛をチラリとみて、素直に譲る。侍は古い生き物だ。変わりゆく世界に取り残されて、何処までも愚直に生きることしか出来ない。だがそれでも、過去に囚われている侍だからこそ語れるものがあるというものだろう。市兵衛がフッと笑う。
「互いに年を取ったな。不死の体を手に入れながら、それでも歳月は過ぎていく。体は朽ちずとも、考えは変わるものだな」
『侍は古い生き物、それがお主の口癖であったはずだが』
「楽しかったな、あの頃は」
『あぁ、違いない』
「魂殺し」が死に態で憎まれ口をたたく。確かに侍は古い生き物だろう。だがそれがどうしたというのだろう。過去は過去、今は今。現に市兵衛は今この瞬間、確かに生きているのだ。だが市兵衛がいう様に、市兵衛も「魂殺し」も互いに年を取ってしまったのだ。この世に未練を残して機械的に生きてきた、その生涯を晴れ晴れしい顔で終えようとしている。
「介錯しよう」
そう言って市兵衛が日本刀をスッと構える。対する「魂殺し」は嬉しそうに笑うのみだ。場を静寂が支配する。誰も何も言えない。今はただ、残心という言葉の意味を噛み締めるのみ。やがて嫋やかな笑みを浮かべて、市兵衛が腹を掻っ捌く。市兵衛がグレゴリを止めるために腹を搔っ捌いたときは苦悶の表情を浮かべていた。だが今はその逆。死の祭壇で2つの命が潰え、残された者達はそれぞれに思う所があるようで、複雑な表情を浮かべている。
「少ししか話さなかったが、あの侍は芯の通った奴だった」
「それを言うなら魂殺しも」
戦士と魔法使いが沈黙を破り、ポツリポツリと呟く。やがてその場に息を切らしてカケルが現れるが、冒険者たちは茫然としている。それも無理はないだろう。脳の処理が追い付かないのは当然だ。だがバルコだけは違った。バルコはその両の目で、しっかりと黒槍と日本刀を見据える。バルコは無言で、だがしっかりと、先人が遺した物を見ている。そして暫しの逡巡の後、覚悟を決めたようで黒槍と日本刀を両手に持ち、しっかりと己の意思をカケルに伝える。
「カケル、俺はイート国を滅ぼすつもりだ」
未来は誰にも分からない。だが確かに、誰かが遺した思いが、伝わったのだ。




