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リアとルアの記憶

「王都グーンラキアってゲームの世界と同じで、煌びやかな都だね」


ルアがリアに語り掛ける。それは何ともない会話であったが、リアはその何ともない質問も無視することなく、ちゃんと返事をする。


「そうだねルア。地球のコロニーとは大違い。あそこの高台とかなら、綺麗な夜空も見れるんじゃないかな」

「いいね、リア。今から行こうよ」

「え?今から?」

「善は急げ、だよ!」


そう言ってルアがその小さな手で、リアの細い腕を引っ張り高台に連れていく。二人はまだ幼いからすぐに息が上がるが、それでも何とか高台に到着すると、そこには先客がいる。仏頂面に腕についている投影装置がちぐはぐな感じを醸し出している。


「あん?いつもの双子じゃねぇか。どうだ?この世界にはもう慣れたか?」

「グレゴリさん、またこの高台から王都の街並みを見ていたんですか?下ばっかり見ていても疲れるだけだと思いますよ?」

「かぁー、分かってねぇなルアは。これだからガキはよぉ。そんなに上を見ることが大事か?見てみろ。下を見たって人々の営みが広がってるだろ。こんな世界じゃ俺たちみてぇな召喚者は結構な力を持ってんだよ。特に災厄カードを持っている世界大会優勝者はな。そんな力を下のために使わなくてどうすんだよ」

「グレゴリさんって顔に見合わず優しいですよね」

「おぉ、分かってんじゃねぇかリア。やっぱりガキは物分かりがよくていいねぇ」


グレゴリの表情の変化にリアがクスリと笑い、ルアがげんなりする。グレゴリはリアとルアがこの世界にやってくる前からいた人間で、リアやルアと同じく、腕に投影装置をつけている。グレゴリは何時も王都の街並みをこの高台から眺めるのがお気に入りだ。召喚者が3人、だが争い合う事もなく日々は平和に過ぎていった。何よりグレゴリの話はリアとルアを楽しくさせた。かつてイート国が攻めてきたときの話などは、特に楽しい話であった。その時にイート国の軍勢を退けて、平民の身分でありながら、ティラキア王国国王のティラキアⅡ世から地位を授かったのがグレゴリである。


「・・・このまま何もなきゃいいんだがな」


グレゴリがポツリと呟く。だが人間の本質とはどす黒いまでの罪深さだ。だがグレゴリは上に立つものとしては些か優しすぎたのかもしれない。彼は自らの部下を何よりも信頼していたが、水面下で人々の悪意は動いていた。


「大変です、グレゴリ様。イート国がまた攻めてきました。それも、今度はモンスターを引き連れて」


老紳士が肩で息をしながら、凶報を告げる。その言葉に3人は固まる。モンスターを引き連れているという事は十中八九相手も召喚者であろう。


「それで連中は何処まで?」

「もうすぐ近くまで来ております」

「おい、国王のティラキアⅡ世はどうした!この王都の実質的な権力者はまだティラキアⅡ世だろ」

「それがイート国の進行に怯え切って辺境まで逃げてしまいまして・・・。この王都グーンラキアの実権はグレゴリ様に譲る、と。王都の住民にも既にティラキア陛下の「影」たちが情報を伝えたようで、すっかりグレゴリ様がイート国を退けてくれると考えております」

「なんだよそれ、俺はそんなの聞いてないぞ!文官どもはどうした!」

「あるものは逃げ、またある者は武器などを売って一財産を築いております。武器を売っている輩などには詳しく話を聞く必要がありますでしょうが、今はイート国の軍勢の迎撃の方が大事でしょう」

「・・・いったん城に帰るぞ」


絞り出すように出したグレゴリの声は酷く辛そうである。まるですべてが悪い夢であると信じたいかのように一行は急いで城に戻るが、そこにはもぬけの殻の城があるのみである。イート国が攻めてきたと言われて、すぐにこのような迅速な対応は出来ない。まるでもともと攻めてくることを知っていたかのような、そんな感じさえする。グレゴリは苛立ちを覚えながら、すぐに一つの部屋に向かう。部屋の中には白と黒のタイルの上に、蟻たちが規則正しく並んでいる。ここはグレゴリの陣地である、中でもお気に入りの陣地だ。そこには蟻の他に「魂殺し」と一人の侍がいる。


〇巨大なチェス盤[陣地] 体力10 ☆5

効果・この陣地にいる蟻カードのコストは0である

ー白と黒の基調がやけに綺麗だー


〇市兵衛[モンスター] コスト3 6/2 ☆5

効果・このモンスターは与えるダメージと受けるダメージがそれぞれ2倍になる

―さぁ、いざ尋常に―


☆5カードは一癖も二癖もあるカードが多い。特にこの市兵衛という侍は時代遅れの感覚がある。主には絶対の忠誠を誓い、主が危険を冒そうとした時は、何をしても主の命を守る、という一般人からしたら狂気にも満ちた感覚だ。部屋にいたモンスター達は、自らのリーダーが放つ焦りの雰囲気を感じ取り、すぐに身を強張らせる。グレゴリはモンスター達を一瞥して、部屋中に響き渡る声で最悪の状況を伝える。


「お前ら、最悪なことになった。イート国がモンスターを引き連れて攻め込んできた。まだ詳しい数は分からないが、一度やられているにもかかわらずまた攻めてきたってことは、向こうは勝てる勝算があるってことだ。さらにやばいのは、この国のお偉いさんたちがもしかしたらイート国に情報を売っている可能性が出てきた。正直こっちの戦力は駄々洩れで、相手の戦力は分からない以上、勝てる見込みはほぼない。そんな状況でも俺はこの王都のために最後まで抗うつもりだ。ついてきてくれる奴はいるか!?」


グレゴリのスタイルは召喚者命令としてモンスターを強制的に働かせることではなく、それぞれの意見を尊重するタイプだ。それでも蟻たちはギチギチと触角を動かして、やってやると言っているようだ。「魂殺し」も黒い槍をさすっている。召喚者であるルアも意気込むが、対照的にリアは暗い顔で戦いたくないと口にする。


「ルアはやるよ。王都の皆を見殺しになんて出来ない」

「リアは、嫌だよ。敵の強さは分からいし、殺すのも殺されるのも嫌だよ・・・」


そして双子は揉める。それぞれが理由をつけて一歩も譲らない中で、遂には取っ組み合いが始まる。そしてその中で悲劇は起こる。ルアがリアを突き飛ばした時に、突き飛ばされたリアが近くにいる蟻のあごの先に突き刺さる。一瞬時が止まった気がする。そして次にゴポッという空気が混ざった血を吐き出す音がして、リアがその場に倒れる。戦いを拒み平和に生きることを望んでいたリアは、防具なども一切つけておらず、体力増強などのスペルも使っていなかった。いや、元より魔力を持っていなかったのだ。ルアとグレゴリが急いで手持ちのカードを見るが、間が悪いことに回復系のカードは一切持っていない。このままではリアが死ぬのも時間の問題だとグレゴリが考えた時、まるでそのグレゴリの考えが分かったかのように、リアが血の混じった声で喋り始める。


「リアは、もう助からないよ・・・。でも、良いんだ。イート国のやつに殺されるくらいなら・・・」

「リア、もう喋らないで!」


リアは絶望に満ちた世界で生き続けることを拒んだようだ。ルアが悲痛に叫ぶがその叫びは最早リアには届いていない。すると今度は市兵衛が覚悟を決めたように日本刀を腹に当てる。


「儂も主が死地に赴くことを止めたいが、主の事だから儂が止めても無駄だろう。なのでここで、主が迎撃に向かうのであれば己の命を絶つ所存」

「市兵衛、お前もかよ。そんなバカなことはよせ。誰かがイート国の侵攻を食い止めなくちゃいけねぇんだよ。ティラキア王国のトップたちが逃げたんなら、もう俺らしかいねえだろうが」


グレゴリは正論をぶつけるが、市兵衛にはその正論が仇となったようだ。侍は古い生き方だ。時代の流れについていけなかったが故にその数を減らしたのだが、主への忠誠心は本物だ。その忠誠心は狂っていると思うほどに。市兵衛は覚悟を決めた顔で最後に一言。


「残念ながら侍は一度信じた道は死んでも曲げぬ生き物。ある者は時代遅れだというのでしょうな。ですが儂にも信じた生き方がある!それでも尚、主が自分の生き方を選ぶというのなら、この場にて御免!」


グレゴリが止める間もなく、市兵衛が自分の腹を掻っ捌く。その最後の顔は妙に晴れ晴れしい。反対にグレゴリの顔は醜く歪んでいる。何故こうなったのかという堂々巡りの疑問の答えは出ずに、ただひたすら後悔に圧し潰されそうになる。そこでグレゴリは投影装置に映るカードに一筋の光明を見出す。


「溶けない氷棺・・・。そうかコイツがあればリアも市兵衛も仮初ではあるが生き続けられる。もし俺らがイート国の戦いに敗れても、いつか現れる英雄がイート国を倒せば、リアも市兵衛も報われるかもしれない」


それは何処までも優しいグレゴリの、リアと市兵衛へのせめてもの情けであろう。リアも市兵衛も、死の間際に抱いていた感情は絶望であろう。これではあまりにも報われない。せめて彼らが生きていてよかったと思える経験をして欲しいという願いをかけて、グレゴリは溶けない氷棺を使おうとする。だがそこに待ったの声をかけたのが老執事である。


「お待ちください、グレゴリ様。いつか現れる英雄に、ここで起きたことを伝えるメッセンジャーの役目を持つ人間が必要でしょう。もしよろしければそれは私にお任せください」

「そうか、助かる」

「それで一つ問題がございまして。この老いぼれはもう老い先短い身であります。いつ現れるかも分からない英雄を待ち続けるのは、生者では無理でしょう」

「おいお前、まさか・・・」

「そのまさか、でございます。自分勝手な私をお許しください。ご安心を。私もすぐにそちらに向かいますゆえ」


全てを悟ったグレゴリが、葛藤の末今にも泣きだしそうな顔で老執事の胸に剣を突き刺す。そしてリア、市兵衛、老執事に溶けない氷棺のスペルを使う。スペルとはこの世界の理に触れる不思議な力である。元来この世界には自然に魔力が存在する。木々には緑の魔力が、溶岩には赤の魔力が、海には青の魔力が宿るのは一般的に知られている話だ。それらの魔力が大気に溶けだして、大気中に彷徨っているのだ。例えばファイアースピアを使う時は大気中の赤の魔力を抽出して炎の槍を打ち出す。スペルとは面白いもので、何もない草原でファイアースピアを使う場合と、近くに篝火がある状態でファイアースピアを使う場合とでは威力がまるで違う。何もないところから炎を作り出すのに余計にエネルギーを使う分、威力が落ちるのだ。またスペルを使う上で大事なのが「色の日」だ。大気の流れは一定ではない。毎日、どの魔力が大気に多く溶け込んでいるか、変化するのだ。青の日は青のスペルの効果が上がるので、覚えておいて損はない。長々とした説明にはなったが、スペルの原理は未だ全ては解明されていない。あるものなどはスペルを奇跡だと言ってみせたが、この世に安易な奇跡などは存在しない。例えば溶けない氷棺などは、死というこの世の理を一時的に歪めてみせ、死者を生かし続けるのだから、奇跡というよりは呪いに近いのかもしれない。


「何で、こうなっちまったんだ、クソっ・・・!俺がイート国と戦うって公言したからか?こんな事なら誰にも言わずにひっそりと出ていけばよかった」


後悔にさいなまれたグレゴリは、一人で密かにイート国の迎撃に向かう。これ以上誰かに言いふらして、同じようになるのを嫌ったから。それはルアも同じであった。二人は人知れず王都グーンラキアを抜け出し、イート国の迎撃に向かった。

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