悲しい真実
カケルは辛そうに話し始める。さぞ苦しそうに、敬語さえも忘れて・・・いや、一人の人間として、リアに語り掛ける。
「俺は初めリアに対して不思議な感覚を抱いていた。リアは死にたいと願っていて、食事も拒んでいた。それで最初に見たリアは痩せ細っていたけど、果たして人間はどれくらい食事を食べなければ死ぬのか?俺はそういう下らない知識を調べるのが好きだったから知っているけど、人間はそう何週間も食事なしでは生きていけないんだ」
カケルは地球にいたころの、引き籠りで蓄えた知識をひけらかす。その雑学は地球にいたころには何の役にも立たない代物だった。ネットで調べただけの知識など、自慢にもならない。だが今は調べておいてよかったと感じている。リアは瘦せ細っていたが、ちゃんと意識はあった。食事をとらなくても意識があるとは、リアはどうやって暮らしてきたのか。そして同じタイミングくらいで出会った市兵衛という侍。彼は最近のグレゴリの心境の変化をまるで知らなかった。まるでその間の記憶がすっぽりと抜け落ちているかのように。
「そうだ、市兵衛もリアも、時が止まっていたんだ。冷凍睡眠と言い換えてもいいかもしれない。この部屋で氷漬けにされていたんだ」
カケルは足元の氷を見る。カケルには思い当たる節がある。それは前にカケルが引いた☆5のスペルカードだ。
〇溶けない氷棺[スペル] コスト青・青・青 ☆5
効果・任意の陣地を選択する。選択された陣地およびそこにいるモンスターは行動およびリリースが出来なくなる
―次の瞬間には時が止まる―
文字通りリアと市兵衛の時間は止まっていたのだ。リアと市兵衛は氷漬けになっていたが、グレゴリが死んだことによって氷棺が消えさったのだ。グレゴリが死んだ影響は他にもある。リアと市兵衛が氷棺に閉じ込められていたであろう陣地も、カケルの投影装置には映っていない。所有者が死亡した影響だろう。だが所有者が死亡しても投影装置に残り続ける場合がある。「手負い」が足繫く通っていた誰かの隠れ家がその例だ。つまりグレゴリのモンスター達が守っていた赤の時計台、機械工場、背水の陣、死の祭壇はまだグレゴリが配置した陣地という扱いで投影装置上に記録されていたのだ。
「それなら一つ分からない事があります。何故グレゴリさんはイート国への迎撃に一人で向かわれたのでしょうか?」
とオフィーリア。その率直な疑問に、カケルは自分の考えを答える。
「それは恐らく王都の住民を不安にさせたくないからだと思うよ。グレゴリはその力でもって王都で高い地位まで上り詰めた。聞こえはいいけど、逆に言えば力しかない。そんな力しかないグレゴリが大勢のモンスターを引き連れて仰々しく迎撃しに行ったら、王都の住民は不安がると思うよ。何よりグレゴリは王都の住民の事を常に考えていたみたいだし」
「・・・でもそれで強がって一人寂しく死んでしまったら意味がありませんよね?」
「グレゴリは一人で戦っていたわけじゃない。彼は「魂殺し」をこの王都に残して一人旅立ってるけど、一体何のために?災厄モンスターと言えばその強さは本物。迎撃戦に連れて行かない手はない。なのにグレゴリは王都の住民に察知されないように敢えて一人で旅立ち、この城から自分の下までモンスターを転移させたんだ」
「モンスターを転移、ですか・・・?」
不思議がるオフィーリア。無理もない、この世界にはスペルという摩訶不思議な能力があるが、転移などという物理法則を明らかに無視したことは出来ない。というのもこの世界には赤・青・緑の魔力があるが、それはこのウオアムの世界に根付いているものだ。この世界の自然現象は全て魔力が関連していると考えられている。例えば火山の噴火や台風の接近などの人間の脅威となるものは赤、森林の再生や若葉の芽吹きなどの人間の支えとなるものは緑、そして川の流れや食物連鎖などの自然の摂理は青だ。この法則は概ねディープワールドカードゲームにも反映されている。だがオフィーリアは生き物を転移させるスペルなど聞いたことがない、事実それは正しい。それをスペルで出来るものなど、カケルをこの世界に転移させた神くらいのものだ。だがスペル以外ならどうだろうか。例えばその神が反映させたディープワールドカードゲームのシステムの範疇ならどうだろうか。
「グレゴリは王都の住民に悟られないように、慎重にこの王都を出た。そして王都に残った「魂殺し」に自らのモンスターを殺すように命じたんだ」
「自らのモンスターを殺す?そんなことが・・・」
オフィーリアが絶句する。確かにとても正気ではないが、召喚されたモンスターはもとより少しの自我はあるが、基本的には召喚者の命令には絶対である。市兵衛のグレゴリへの忠誠心が薄らいでいたのは、すでにグレゴリが死んでいたからであり例外である。そして「魂殺し」の能力は以下の通りだ。
〇魂殺し[モンスター] コスト7 9/12 ☆6
効果・【守護】このモンスターが倒したモンスターを自陣の本陣に召喚する。ステータスは撃破前に基づく
―生に駆られ生を駆ける―
はっきりと明記されている。このモンスターが倒したモンスターを自陣の本陣に召喚する、と。つまり「魂殺し」が殺したモンスターは物理法則を無視して問答無用でグレゴリの下に現れる。チェス盤のほとんどの駒が倒れていたのは、恐らく魂殺しに殺されてグレゴリの下に送られた蟻たちだろう。
(そうだ、グレゴリはイート国との戦いを選び、そして敗れた。イート国からの追撃がなかったという事は、少なくない被害を与えたんだろう)
そしてこれからが本当に辛い話だ。市場で出会った露天商は「星落とし」と「雨降らし」のスクロールを売っていた。あの2枚のスクロールはルアとリアのものだ。露天商の言葉から察するに、リアとルアはこの王都ではグレゴリほどではないが、ある程度有名だったのだろう。だがそれならどうしてあの2枚のスクロールを露天商が持っているのかという疑問が湧いてくる。☆5と☆6はディープワールドカードゲームでは同じカードは1枚までしか入れられなかったし、この世界でもカケルが老兵ガルガンを召喚しようとしたときはエラー表示が出た。この世界でも☆5及び☆6カードには制限がかかっている。つまり露天商が災厄スペルのスクロールを持っている時点で、災厄スペルの元々の持ち主であるリアとルアの身に何かが起きたと考えることが出来るのだ。そう、例えばリアとルアが死んだり。
「リア、言いたくない話なら申し訳ないけど、君はもう死んでいる。違うかい?」
「・・・」
「待って、待ってください。リアも市兵衛も生きていますよ、私には生命の鼓動を確かに感じます」
「それは溶けない氷棺の余波だよ。スペルには余波があるって前にとある魔道具屋の店主が言っていてね。例えばファイアースピアなら目標に向かって炎の槍が飛んで行って、槍が当たった後も目標を焼き続ける。それが余波だよ。溶けない氷棺の効果にリリースが出来ないって言うのがある。それでリアと市兵衛は生き続けている訳だ」
スペルという摩訶不思議な力は、詠唱が終わり効果を発揮したあとも、しばらくはその残滓がこの世界に何らかの影響を与える。
「そんな、惨いことが・・・」
「教えてくれ、リア。何でグレゴリは君と市兵衛に溶けない氷棺を使ったんだ?何故君たちは生かされた?頼む、俺はそれを知りたい」
カケルがリアの肩に手をかけ、問いただす。すると一瞬の逡巡の後に、塞ぎこんでいた過去を語り始める。
「リアは、イート国が攻めてきても戦えなかった・・・。代わりにルアとグレゴリが戦って、それで、もう帰ってこなかった」
リアは今にでも泣き出しそうな雰囲気だった。リアとルア、双子でも性格は真逆。ルアは火の粉は払い落すタイプだが、リアはとことん争いを拒む。イート国が攻めてきてきているというのに、リアは結局最後の最後まで戦う理由を懸命に探したが見つからなかったのだ。そこで双子の仲は引き裂かれた。だが当時の事などカケルは知る由もなく、何故それからリアが命を落として、そこから溶けない氷棺で延命したかまでは分からない。すると何処からともなく声が聞こえてくる。
(報酬としてリアとルアの記憶を獲得します)
驚いて空中を見るカケルは、ほどなく意識を手放す。




