荒くれ者のたまり場
王都グーンラキアを見て回りたいといった市兵衛の意志を尊重して、カケル達はひとまず冒険者ギルドに戻る。冒険者ギルドとは王都の住民が荒くれ者のたまり場と称する場所だ。冒険者ギルドに登録している冒険者は、魔法使いにしろ弓使いにしろ、それこそモンスター使いにしろ一般人とは異なり戦闘のプロフェッショナルだ。当然冒険者といえど、その生き方は千差万別。だが住民の多くは冒険者に蛮勇と無謀を望み、冒険者はその希望にこたえるかのようにはした金で己の命を質屋に売り出す。いつしか王都の住民は冒険者が命をかけることが当たり前かのように錯覚した。それが過ちだと気付いたきっかけは魔王軍による王都襲撃であろう。モンスターに立ち向かう冒険者に対して、王都の住民はいつしかこう呼ぶようになった。「英雄」、と。
「バルコ遅かったなぁ、こっちは機械工場を無事潰したぜ」
「背水の陣も落とした」
「よし、ってことは後は「魂殺し」がいる死の祭壇のみか」
冒険者ギルドに帰ってきた彼らに、すぐに報告が入る。グレゴリの陣地は残り死の祭壇のみ。戦況は驚くほどに冒険者側が有利に進めている。すると荒くれ者達は刀を持った侍に興味を示したのか、すぐに市兵衛を取り囲む。
「おいおい、今時侍だって珍しいじゃねぇか。バルコがまた一人変な奴を拾ってきたのか?」
「言っとくがそいつが付いてきたんだ。俺は悪くないぞ」
「バルコはすぐ責任を放棄する。そういうところ」
知らぬ存ぜぬといった風を装うバルコに同じ冒険者からツッコミが入る。まだグレゴリ戦は終わっていないというのに、緊張感は薄らいでいる。それもそのはず、死の祭壇にいる「魂殺し」は強者との戦いを何よりも重視している。本質は市兵衛と何ら変わらない、つまりは充実した戦いに飢えているのだ。それゆえ自分から動くことは無い。「魂殺し」は不気味な祭壇の前で無限に続くかの日々を、ただ強敵と相まみえるためだけに待ち続けているのだ。それを冒険者たちは知っているから、今は休息に専念しているのだ。どんな強者であろうと、永遠には戦い続けることが出来ない。激戦を終えて一段落ついた荒くれ者と呼ばれる冒険者たちが、時代遅れの侍に絡むのも必然といえる。バルコが頭を掻きむしりながら強引に人の波から市兵衛を引っ張り出す。
「お前ら自重しろ。市兵衛、お前は俺と一緒にこの王都を見て回るぞ。あいつらに捕まったら一日なんて一瞬でなくなる」
「俺とリアも行きます。リアもまだまだ王都を散歩したいって言ってますし。ごめん、オフィーリアにリザードマン、それにウッドゴーレム。今日は自由行動で」
そう言ってカケルはオフィーリアをはじめとするモンスター達に謝りながら、リアと市兵衛、バルコと共に冒険者ギルドを出て、王都の散歩を始める。表向きは散歩だが、市兵衛に現実を見せるために、バルコは初めから向かう先を決めていた。淀みなく王都の路地裏を縫い歩いて辿り着いた先は、路地裏にありながら妙に外観が綺麗な建物だ。路地裏には不釣り合いなその外観に市兵衛はしばし呆気にとられる。
「ここは・・・?」
「宝石店だ。路地裏にある、知る人ぞ知る名店だ」
表向きはな、とバルコが続ける。
「その本質は奴隷売り場さ。グレゴリは不思議な能力を持っていてな、この建物もグレゴリが一瞬で建てたらしい。原理は不明だが、兎に角、文字通り人ならざる力で、グレゴリは人の常識から逸脱した。この奴隷売り場も力が暴走した奴の産物だ。最近はグレゴリは表舞台から退いてどっかに隠れているらしいが、この奴隷売り場は今も奴の部下たちが引き継いでいる」
「えらく詳しいな」
「冒険者ってのはこんな腐った王都じゃ希望の星なんだぜ。その昔、それこそ神話の時代だがこの王都に魔王軍が攻めてきて、一度は滅びかけたらしい。そんな惨状を救ったのが冒険者っていう訳だ。今も王都の住民は神話の時代の逸話を思い出して、俺たち冒険者をグレゴリの魔の手から救い出してくれる英雄に重ねてるのさ」
カケルはバルコの話を聞いて頭の中を整理する。ディープワールドカードゲームの世界でイベントとして起きた魔王軍による王都襲撃。それはどうやら古い話になっているようだ。そこまで考えて、カケルの横に立つリアが目の前の奴隷売り場を見て、思わずカケルの陰に隠れる。すぐにカケルは申し訳ない事をしたと気付き、リアに謝る。
「すいません、俺の配慮が足りなかったです。リア、大丈夫ですか?」
「・・・もう大丈夫」
リアは未だ震える手で、カケルの手を取る。足元はおぼつかないが、それも無理はない。リアを拾った時の身なりからして、思い出したくないことがここにはあるのだろう。そんなカケルとリアを見て、バルコは意を決したように自らの思いを紡ぐ。
「市兵衛、これが王都の現状だ。まだ信じられないなら中に入って見てみるか?もうお前の信じたグレゴリはいないんだよ」
すると市兵衛は信じられないといった風にふらふらと路地裏から逃げるように大通りに出る。そして大通りに出て、その通りにある銭湯をチラリとみて、悲し気に視線を逸らす。そして覚悟を決めたのか剣を握りしめて、奴隷売り場の扉の前に立つ。バルコがその行為を見て訝しむ。
「何をする気だ?」
「儂は、儂は主を信じていた。儂は主の良き理解者であり、剣であった。故に主が道を踏み外すことがあれば、この儂が介錯する」
「これだから侍は時代遅れなんだ。何でもかんでも暴力で解決しようとしやがる。グレゴリはどうにかするし、グレゴリの味方をするモンスターも残らず倒すつもりでいるが、いきなり街中で剣を振り回す訳にもいかねぇよ。俺たちは冒険者だし、この店は表向きは宝石商だ」
「安心しろ、強者よ。これは儂のケジメだ。お主等が手を汚す必要はない。人殺しの汚名を被るのは儂一人で事足りるだろう」
「・・・一人で抱え込むなよ」
市兵衛の固い決意にバルコは呆れかえる。侍は時代遅れだ、考え方が古いのだ。時代が変われば人も変わる、それが世の必然だというのに、時々古い考えに囚われる者もいる。全員が全員、柔軟に世を渡り歩けるわけではない。市兵衛がふっと笑い、刀を鞘から抜く。
「儂は侍だ。来る日も来る日も剣を振り続けた。最早他の生き方など知らん」
そう言って市兵衛は奴隷売り場の扉を蹴り破る。中には色とりどりの宝石と、香水に隠された人間の血の匂い。市兵衛の戦士としての五感がそれを敏感に感じ取る。すぐさま店員たちが異変を察知して店の奥から出てくる。その手に握られているのは、およそ護身用とは思えぬほどの立派なつくりの長剣。そして店員もおよそ宝石商の店員とは思えぬほどの強面。だが市兵衛は臆することなく刀を正眼に構える。広々とした店内では十二分に剣を振り回す余裕がある。所々ショーケースがあり、それが障害物となるが、熟練の戦士はそれすらも利用する。
「侵入者排除ぉ!」
そんな怒号と共に剣を突き出す強面の男。それを最小限のステップで躱して、市兵衛は強面の男の足を撫でるように切る。すると男はその場に倒れこみ、それに躓いて後続の男が派手に床に転がる。強面の男たちは全員で4人、だがいくら広い空間の店内とはいえ、ショーケースも散乱している中、各々が自由に動くことは出来ない。それに加えて、たった今男が二人倒れたことによって、残りの男たちが市兵衛に迫るには倒れた男たちとショーケースを避けて遠回りする必要がある。
「く、くそっ!」
「回り込むぞ!」
混乱した2人の男が左右から回り込んで市兵衛に迫ろうとするがそれは悪手だ。市兵衛はその隙に床に倒れている男たちに刀を突き立て、トドメを刺す。叫び声をあげる間もなく男たちは絶命する。戦いの場においては、どこまで心を殺せるかが重要になる。その点で言えば、戦う事しか知らない市兵衛はやはり強いのだ。そして市兵衛は刀をしまい一瞬空気を吸った後、高速で刀を引き抜き、横なぎに振る。綺麗なまでの居合の型は男たちは愚か、その背後にあるショーケースまで一刀両断する。
「これは・・・美しい・・・」
その戦いぶりに思わずバルコがポツリとつぶやく。対してカケルはゴクリと生唾を飲み込む。市兵衛は強い、1対1ではどう足掻いても敵わない。故にその悲しいまでの強さが、とても怖く感じる。苦しそうな顔で剣を振るう市兵衛を見て、カケルは目を逸らす。店の奥には檻に閉じ込められた無数の奴隷がいる。そのすべての目には生気が宿っておらず、生きているというよりは生かされていると言った方が良い。急いで一行は檻を開けて、奴隷を開放する。話し合いの結果奴隷は孤児院に預けることが決定する。死にかけの奴隷を見て市兵衛の顔がさらに曇る。
「さて、と。とりあえず今日のところはお開きだな。後残る脅威は「魂殺し」だけだが、その「魂殺し」が問題でな。万全の状態で挑まないと、下手にアイツにやられたら、やられた奴がアイツの配下として蘇る。俺はそれを見てきたから知っているが、さながら地獄絵図だ。だからやるなら俺ら冒険者ギルドの最大戦力で打ち倒す」
「そう言えばグレゴリの陣地を攻撃しているのに、グレゴリはモンスター達がやられても何もしてきませんね」
「ふむ、確かに主が防御行動を取らないのは意外だな」
カケルの疑問に市兵衛が答える。グレゴリの陣地やモンスターがやられている中、グレゴリからのリアクションが何もないのは不思議な話である。スペルは飛んでこないし、アイテムが使われている感じもしない。それが不気味ではあるが、カケルにはそれよりも気がかりなことがある。カケルは明らかにやつれている市兵衛に向き直る。
「市兵衛さん、辛いことがあるなら俺たちに言ってください」
「辛い事、だと?儂に辛いことなどある筈が・・・」
「嘘は辞めてください。貴方は宝石商の人たちを斬っているときに辛い顔をしていました。貴方は戦うことしか知らないと言っていましたけど、戦う人間はグレゴリと関わりがある人たちばかり。つまり、貴方が剣を振るうたびにそれはグレゴリの罪を認めているのと同義なんです。辛くないはずがない」
カケルがそこまで言うと、市兵衛は参ったとばかりに溜息を一つ吐く。だが、その上でカケルをじっと見つめる。
「確かにお主の言うとおりだ、辛くないはずがない。だがこれは当然の報いだ。主の変化にも気付けなかった盲目の!時代遅れの!くだらない侍への報いなのだ」
言い切った市兵衛が肩で息をする。感情に流されるその姿は凛とした侍ではなく、市兵衛本人を映しているかのような気がする。そんな市兵衛に真っ先に寄り添ったのはバルコでも、カケルでもない。今まで黙っていたリアがその小さな手を市兵衛の頭にのせて、小さく撫でる。市兵衛はすでにリアと話をしており、リアが痩せ細っていたことも知っている。市兵衛は震えながら顔を上げると、そこには笑顔のリアがいる。
「リアは、市兵衛を許すよ?」
「・・・かたじけない」
リアの笑顔に傷心の市兵衛がどれほど救われたかは、ここで言うまでもないだろう。そんな市兵衛に今度はバルコが声をかける。
「今日は疲れただろ、ゆっくり休め。そうだ、酒飲もうぜ。俺が奢るからよ」
「遠慮しておく」
すると先程までリアの優しさに触れて涙目にまでなっていた市兵衛が急に冷める。そしてポカンとするバルコをおいて、足早に立ち去る。
「何でだよ!」
バルコの大声だけが王都の寒空に響いた。




