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市兵衛

バルコとカケルが市兵衛に向けて切りかかろうとしたその時だった。二人が動き出すよりも早く市兵衛の姿がブレたかと思うと、次の瞬間には二人の目の前に市兵衛が現れ、バルコを袈裟斬りにする。バルコが悲鳴を上げるよりも早く市兵衛がカケルにも切りかかるが、寸でのところで横から剣が伸びて、市兵衛は飛びのくように躱す。


「リザードマン、ありがとう。バルコさん!自然の治癒!」

「悪いなカケル、助かる」

「言っておきますけどもう使えませんよ」

「分かってる。もう食らわない」


市兵衛の動きはバルコとカケルには捉えられない。だがリザードマンは市兵衛の一瞬のスキをついてみせた。確かに亜人は肉体能力に秀でているが、リザードマンは熟練の戦士としての勘により市兵衛のスキを突いたのだ。リザードマンが剣と盾をずっしりと構える。リザードマンの戦士は多くを語らない。ただその剣と盾を構えれば十分なのだ。気付けばバルコとカケルを庇う様にウッドゴーレムも前に出てきている。離れたところから魔法使いと弓使いを回収したオフィーリアがいつでも市兵衛にスペルを放てるように見据えている。


「安心してください、私たちは一人じゃありません。即席のパーティーですが、落ち着いてください」

「オフィーリア、大丈夫。俺は冷静だ」


カケル達に未だ殺気を飛ばす市兵衛を、カケルは睨みつける。市兵衛の動きは素早いが、熟練の戦士たるリザードマンなら何とか対応できるものだ。それにバルコも冒険者としては一流だ。もう食らわないという言葉もホラではないだろう。少し余裕が出来たのかカケルは投影装置をチラリとみるが、相変わらず市兵衛の姿は投影装置にはない。カケルは情報を得るために対話を試みる。


「待ってください。いきなり襲ってきて殺気も向けられてますけど、俺たちには身に覚えがありません。何で襲うんですか?」

「襲う理由だと?それはお主たちが強者だからだ。戦士として生きてきた身ならば分かるだろう?闘争だ、強者との命の奪い合いこそが生きる糧なのだよ」

「という事は貴方はグレゴリとは無関係なんですか?」

「グレゴリ?懐かしい名前だ。グレゴリこそ儂の主だよ」


その言葉にカケルは質問を間違えたと感じる。やはりこの侍はグレゴリが召喚したモンスターなのだ。ならば先ほどの質問は市兵衛に不信感を与えさせるだけではないか。だが市兵衛はそこでふと辺りを見渡し、蟻の死骸を見つめて考え込む。


「ふむ、そういえば長らく主と会っておらんな。強者を斬ってみたいという衝動に駆られてついお主等を斬りつけてしまったが。お主等、儂の主を知っているのなら会わせろ」

「いきなり斬りつけてきておいて何をいまさら・・・。それにこの王都でグレゴリを知らねぇ奴はいねぇぜ?あいつほど悪評高い奴もいないだろ」

「悪評だと?主はいい噂こそあれ、悪い噂などあるはずがないだろう」

「何言ってやがんだリアル侍野郎。お前の思考は何年前で止まってやがる。見ろこの王都の現状を。奴隷制度も格差社会も、グレゴリが生み出したんだろうが!」


バルコがヒステリックに叫ぶ。だがそれも無理はない。時代錯誤の侍に現実を突きつけてやらないと気が済まないのだ。本当は誰よりも怒り心頭なのはほかならぬバルコであろう。冒険者仲間をいきなり斬りつけられて、切った本人は一切悪びれず楽しそうに笑っている。それどころかバルコたちが戦う理由さえ碌に知らずに神経を逆なでる。怒り狂うバルコに市兵衛は不敵に笑う。


「本音を言うと主の話などどうでもいい。昔は絶対の忠誠を誓っていたのだが、今はそれほどでもないのだよ。ただ儂の目的は強者と命のやり取りをすること、それだけだ。儂を見ろ、強者よ。お主等の強さは弱者に向けられるものではない、強者にのみ向けられるべきものだ」

「こんのっ、イカレ野郎がぁ!」


バルコが叫び声をあげ市兵衛に切りかかる。市兵衛は余裕をもって迎撃しようとするが、市兵衛の左右からウッドゴーレムとリザードマンが挟撃の構えを取り、慌てて市兵衛は後ろに下がる。すると丁度回避行動に移った時に、オフィーリアがファイアースピアを唱え、市兵衛の左肩を容易く抉る。


「はっ、ちょっと隙を見せたら迷わず食いつく。単純だな」

「ぐっ!卑怯だぞ。戦士なら正々堂々勝負をしろ」

「なぁ市兵衛とやら。何でお前ら侍がこの世から消えたか分かるか?考え方が古いんだよ。正々堂々?真っ向勝負?そんなもの、命の奪い合いの場では毛ほども価値がない。古臭い考え方に縛られて、時代の流れにも、人の変化にもついていけてないんだよ!グレゴリはそんな人間じゃないだと?この世界の現状を碌に知らずに一丁前に性善説語ってんじゃねぇぞコラ」


バルコが怒りを露にする。侍とは昔この世界にいたが、時代の流れと共に消えていった存在だ。侍の価値観は強さ、それだけだ。その強ささえも、自身が肥大化して肝心な時には使えない。己の強さを自負している人間が強うのではない。己の弱さを痛恨している人間が強いのだ。かつての戦士は、今はただの暴力となる。時代が変われば人も変わるのが世の常だというのに、それを見落とした一人の哀れな侍、市兵衛。彼は片膝をつきながら、それでも剣は降ろさない。剣を正眼に構えて、市兵衛は雄たけびを上げる。


「はぁっ!」


だがその大ぶりの攻撃は、もはや当たることは無い。リザードマンが盾で綺麗に弾くと、市兵衛はバランスを崩されその場に尻もちをつく。ただでさえ多勢に無勢でありながら、市兵衛の剣の軌道を見切られた以上、勝敗はついている。市兵衛が笑いながら刀をおろし、清々しい顔で自らの首を差し出す。


「参ったな、儂の負けか。世界はまだまだ広いという事を思い知らされる。さて、勝者は敗者を好きにしていい、それが世界の理だ」

「ふざけんなよ、なに勝手にこの世界から逃げようとしてやがる。言っただろ、現状を視ろってなぁ。死んで楽になることは許さねぇぞ。市兵衛とか言ったか?この王都、グーンラキアの惨状を見ろ」


そう言ってバルコは無理やり市兵衛を立たせる。無理やり立たされた市兵衛は、赤の時計台から眼下の王都グーンラキアの街並みを眺める。人々の怒鳴り声とその中にある声なき者たちの苦痛の叫び声。奴隷は奴隷として生きなければならないのか?侍は侍として生きなければならないのか?否、時代が変わるように人も変われるのだ。


「何だこれは・・・。儂が知らぬうちに王都はこれほどまでに変わっていたのか」

「そうだ、市兵衛。確かに侍ってのはカッコイイ生き方だろう。だがな、過去に囚われてるとも言えるんだよ。これが今の王都だ、あそこには奴隷がいる。あそこにも、ほらあそこにもいる。このカケルなんてな、最近奴隷を1人連れてきやがった」


バルコがカケルを指さしながらそんなことを宣う。引き合いに出されたカケルは驚くが、バルコは心底苛立っているという風で、気にすることもなく話を続ける。


「どいつもこいつも周りが見えてやがらねぇ!自分勝手だから未だに侍から抜け出せねぇんだよ、お前の名前は侍じゃねぇ、市兵衛だろ!グレゴリに疑いなく付き従う事がお前の役目か?違うだろ。まだ反論があるならかかってこい。今度は容赦なく切り殺す」


そう言ってバルコは剣を構える。それだけで空気がガラリと変わるのが分かる。確かに純粋な剣の腕では市兵衛の方が強いのだが、バルコと斬り合えば自分も死ぬかもしれないという無自覚の恐怖が自然と市兵衛の脳を麻痺させ、剣をポトリと落とさせる。そしてバルコの語り掛けは止まっていた市兵衛の心を再び動かせるには十分すぎた。


「不思議と主への忠誠心が薄らいでいる・・・。それに伴って王都の景色が鮮明に見えている。儂はもっとこの王都を見てみたい」


ポツリとつぶやいた市兵衛の本音に、バルコはやれやれと言った風に息を吐きながら、髪がない後頭部を掻く。苦労人だな、とカケルがバルコの事を他人事のように見ている。この世界はディープワールドカードゲームに似ていながら、その実完全なゲームの世界ではない。例え召喚されたモンスターだとしても、そこには意思がある。カケルが召喚したウッドゴーレムは「ナイト」としてカケルと共に生きたいと願い、「守護」の能力が発現した。刀を収める市兵衛は何を願うのか、それは市兵衛本人にしか分からないことである。バルコがチラリと血だらけになりながら、それでもオフィーリアの救護のお陰で辛うじて息がある魔法使いと弓使いを見やる。そして唇を噛み締めながら市兵衛を見る。思う所はあるのだろう。だが世間一般の荒くれ者というイメージが先行している冒険者の中で、バルコは些か優しすぎたのだ。自分を恨むように最後に舌打ち一つ奏でて、バルコは前を向く。バルコにとって王都の現状を引き起こしたグレゴリは許せない存在であろう。それなのに敵に情けをかけ、感情を暴露して相手にがなり立てるのは吉と出るか凶と出るか。ディープワールドカードゲームでは最新シナリオのせいで、まだ結末さえも分からない王都グーンラキアでのグレゴリ戦。その結末はさながら神にさえ分からない。

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