命をかける理由
結局のところ、要は気の持ちようで人間は英雄にもチンピラにもなれるのだ。今のカケルにとって必要なのは戦う理由。己が命を賭してまでも「魂殺し」を殺すという理由付けが必要なのだ。カケルはいい意味でも悪い意味でも天命などに人生を左右されない。故にクエストだから「魂殺し」を倒すは理由にならないのだ。カケルは苛立ちながら王都を歩く。誰が見てもカケルは明確に「魂殺し」に情けをかけられた。それがカケルにとっては非常に苛立たしい。
「どうするべきか・・・」
カケルは悩みながら王都を歩く。すると王都の街並みの隅に忘れ去られた命が佇んでいるのが見える。体は痩せ細り、目は生気を失っている。肉がないので性別はおろか、年齢さえも見当もつかない。だが妙にカケルはその人の形をした生きた屍に興味を引かれる。この町では奴隷など珍しくもないが、その生気のない目の奥に何か強いものを感じた気がしたのだろうか。気付けばカケルはその命に話しかけている。
「えっと・・・。そんなところで何をしてるんですか?」
「・・・」
だが佇む命は何も話さない。ただその虚ろな目をカケルに向けるのみ。居ても立っても居られなくなって、カケルは乱暴にその痩せ細った腕を掴み取り、無理やり冒険者ギルドに転がり込む。ギルドの中にいる冒険者たちがカケルの気迫とボロボロの人間の無表情さのギャップに驚く。バルコが思わずカケルに詰め寄る。
「おいカケル。そいつはなんだ?」
「バルコさん、何か簡単に食べれる物をください。代金は払います」
その嚙み合わない会話に周囲の冒険者たちはそそくさと逃げる。時々カケルが暴走する時があり、そうなると手に負えなくなると学んでいるのだ。バルコも溜息をつきながら仕方なく料理を運んでくる。カケルが来てからバルコは自由奔放なカケルに振り回されてばかりだ。苦労人であることが窺える。バルコは仕方なく料理を持ってくるが、痩せ細った人間は料理に手を付けようとせず、ジッとカケルの方を見つめるのみ。それを理解してカケルが優しい声で語りかける。
「遠慮しなくていいんですよ、食べてください。食べないと死んじゃいますよ」
「・・・死んでもいい、いや死にたい。こんな絶望だらけの世界から消えていなくなりたい」
「おいガキ、いうに事欠いて死にたいだと?お前は死ぬってことの意味が分かんのか?」
「知ってるよ、誰よりも。だから死にたいんだ」
バルコの問いに痩せ細った人間は死にたいというのみ。ついにバルコが激怒し、机の上からナイフやフォークなどの武器になりそうなものを取り上げて、大声を張り上げる。
「そんなに死にてぇなら死んでみろ!だが武器がなけりゃ人間は死にたくても死ねねぇんだよ!死ねねぇなら生きる努力をしろ!死ぬために物に頼るより、生きるために自分を頼ってみやがれ!」
「バルコさん・・・」
「カケル、お前がこんなガキを連れてきたときはどういう風の吹き回しだと思ったぜ。まだ冒険者として駆け出しで、碌に金も稼げない奴が他人の飯代を払うといった時はさらに驚いた。だがな、ガキばっかりにいい顔させるほど俺は人間として落ちぶれちゃいねぇぞ。おら俺の奢りだ、残らず食えよ」
そう言ってバルコは強制的に料理を机の上に置く。だが痩せ細った人間は首を振り、食べないという自我を明確にする。バルコがさらに青筋をたてそうになったとき、痩せ細った人間が口を開く。
「・・・ちゃんとご飯は食べてる。心配いらない。それにこんな料理食べたら胃が驚くだけ。気持ちだけ受け取っとく、ありがとう」
「俺に言うんじゃねーよ。お前に手を差し伸べたのは俺じゃなくてカケルだぜ」
バルコはまだ納得していなかったようだが、瘦せ細った人間の素直な感謝の気持ちにばつが悪くなったのか、乱暴に髪の毛をかきむしる。元々少ないバルコの髪の毛が無情にも抜け落ちていく。苦労人だなぁとカケルは思いながら、それでも自分の独善に周囲を巻き込んだことを後悔はしていない。
「それでこれからどうするんだ?」
「とりあえず俺はこの人を養うつもりです。気休めだってわかってます。この王都には数えきれないほどの奴隷がいて、それなのに俺なんて1人しか手を差し伸べられないって言うのも分かります。でもこれは俺の戦うための理由になるんです。現状を知って、もう逃げださないために・・・」
バルコの質問にカケルは決意固く答える。今まで深くは知らなかった王都の闇、その中に紛れる人々の営み、そしてこの王都の未来。それらから目を逸らさないことをカケルは誓う。確かにカケルは非力である。今もルピーがないから結局飯代はバルコに奢ってもらったばかりだ。だが、だがだ。それでも最初に困っている人に手を差し伸べることが出来る人は限られている。誰もがしり込みする中、つい最近王都にやってきたばかりのカケルが迷わず手を差し伸べた。天命などではない、誰に言われるともなく自ら考えて行動したのだ。そんなカケルに中てられたのか今死にかけていた命も明日を夢見ることを誓う。
「ありがとう、手を差しのべてくれて。もう少し生きてみる、いや生きなくちゃいけない・・・」
「そう言ってくれると、俺のやったことは無駄じゃなかったって実感できるなぁ」
小さな命の輝きにカケルはにへらと笑う。バルコが髪の毛をかきむしりながら、このままでは埒が明かないと感じたのか名乗りを上げる。
「俺はバルコ、そしてこのお人よしがカケルだ。お前は?」
「・・・リア」
「よろしくお願いします、リアさん」
リアのか細い声にカケルが元気な声を被せる。その対比がまるでこの王都の様相を有体に表しているようで、バルコは居た堪れなくなり、その場を立ち去る。残されたカケルとリアは銭湯に行き、体を綺麗にする。当然この銭湯だって地球にいた人間がアイデアを出したのだが、王都に共同銭湯を建てたのは他でもないグレゴリ本人である。銭湯に来ている老人たちがグレゴリを褒めていることに対してカケルは疑問を抱き、思わず老人たちに質問する。
「すいません、グレゴリっていうモンスター使いってそんなにいい人なんですか?あまりいい噂を聞きませんが・・・」
「あぁ、若いの。そりゃ今でこそ変わっちまったがね、昔はよかったさぁ。この銭湯だって、グレゴリさんが提案したもんでな、王都の住民はその画期的な政策に魅了されてたよ。グレゴリさんが召喚した「魂殺し」、あいつも無口だけどこの前未知の森で森狼に襲われたところを助けて貰ったんだ。時々一人で行動するからいまいち掴めないところがあるけど、グレゴリさんはそれが良かった。けんどな・・・時代が変われば人も変わる。変わらない人なんていないんだよ」
老人は最後の方は悲し気に囀る。長く生きたものだからこそわかる、些細な変化。一体グレゴリの身に何が起きたのか、今のカケルには知る由もないが、カケルは俄然興味が湧く。
(この王都グーンラキアで何が起きたのか知りたい。そしてリアを救う。いやリアだけじゃない。王都に住まう全ての人を救ってやる・・・!)
カケルは己が無力さを誰よりも知っている。だからこそ夢は大きく、身の程知らずに拍車をかける。身の程を知って縮こまればどれほど楽か!怯えるだけで明日が変われば、理不尽という単語はこの世界から消えているだろう。故にカケルは自らに枷をかける。リアの命を背負って、カケルは憎たらしいほどに澄み渡る王都の空を睨みつける。王都で出会った死にかけの命が、今生きたいと願っている。それだけで命をかけるには十分な理由だ。




