酩酊する王都
何処かから鐘の音が鳴り響き、カケルは遅い目覚めを迎える。王都グーンラキアの喧騒が寝ぼけたカケルの意識を無理やり水面に引きずり上げる。王都グーンラキアの朝は濁った空に雷雲を乗せて、寒気がするほどの薄気味悪さを感じさせる。ゴロゴロと空が唸り声を上げて、カケルの気分をより一層下げさせる。
「雨か、嫌だなぁ・・・」
「そうですか?私は様々な音が連なり、この世界の美しさを感じますね」
カケルはうーんと唸る。前から感じていたことだがオフィーリアはしっかりとした自我を持っている。普段カケルが召喚するモンスターとは一線を画しているのだ。それに「地喰い」や「手負い」もそれぞれが自分の動きたいように動いていた。ここまでディープワールドカードゲームのシステムが浸透している世界なら、果たして今自分がいるのはディープワールドカードゲームの世界か、それとも別のどこかの世界か、カケルにはそれが分からなくなる。
「そういえばこの世界の名前って何て言うの?」
「ウオアムという世界ですよ」
カケルの質問にオフィーリアが答える。カケルの記憶が確かならディープワールドカードゲームでは世界に名前はついていなかった。プレイヤーは不便だと言っていたが、運営曰く名前がついていないことこそがこの世界をこの世界たらしめているとか何とか。思えばよく分からない運営だったなとカケルは考える。
「今更ディープワールドカードゲームの運営について考えたって仕方がないか。さてと今日も情報収集、後はルピーも稼がないとな」
カケルは思い立つ。今のカケルにとってはルピーもなければこの世界の知識もなく、戦闘経験などは語るに及ばず。カケルは冒険者ギルドに向かい、袋の中からマシーンゴーレムの部品を取り出す。
「すいません、これって売れますか?」
「お、マシーンゴーレムの部品か・・・。だがこいつは旧式だな、それほどの金にはならねぇぞ」
カケルの質問にバルコが答える。バルコも含め冒険者たちの態度は最初は最悪だったが、いくらかカケルに心を開いたようだ。どうやらカケルがグレゴリとは別の、ある種モンスター使いらしからぬ人間だと気付いたようだ。今では気軽にカケルの質問に答えてくれる。今日も今日とて、くだらない世間話から会話が広がっていく。
「へぇ。マシーンゴーレムの部品って旧式や新式があるんですね。でも部品の入れ替えってどこでやるんですかね?」
「噂じゃぁこのウオアムの世界の地下には機械工場があるらしいぞ」
バルコが濁ったエールの入った木のコップ片手に、そんなことを嘯く。カケルは怪訝そうに眉を顰めるが、バルコはさらに続ける。
「その顔は信じてねぇな?まぁ無理もない、だがこのウオアムの世界には未知の謎がいっぱいある。そいつを解き明かすのが俺ら冒険者だ、そうだろう!?」
「酔ってますね、酒にも自分にも」
カケルが呆れてそんなことを言ってしまうくらいにはバルコは泥酔している。こんな昼間っから酒とはすばらしい人生だとカケルは感心するが、外の大雨を見て、酒を飲むのも悪くないと感じる。そしてカケルはそんな一時の気の迷いに対して感傷に浸る。
(まさかこの俺が誰かと飲む酒が素晴らしいと思うなんてな。変わったんだな、色々と)
カケルの中のナイーブな心がセンチメンタルに変わる。酒というのは情緒を不安定にさせ、独り立ちさせる。気付けばカケルは木のコップを片手に、バルコとの刹那的な時間を楽しむ。その姿は非常に楽しそうで、酒と自分に酔うのも悪くないなとさえカケルは感じる。少なくとも地球にいたころでは想像もつかなかった姿だ。冒険者というスリルを食って生きる職業だ、明日を無事迎えられるかもわからない。だがそれでも、誰かと刹那的な思い出を築いてそれを永遠に続けばいいと願ってしまうのは、果たして悪い事なのだろうか。気付けばカケルは冒険者ギルドの机に一人で突っ伏している。どうやら爆睡していたようて、バルコはすでにこの場にはいない。カケルは痛む頭を押さえて、立ち上がる。その時に投影装置が点滅しているのに気付き、カケルは投影装置を眺める。
クエスト:グレゴリへ至る道
内容:陣地・機械工場、死の祭壇、赤の時計台、背水の陣にいるモンスターを全て撃破する
報酬:???の記憶
クエスト、それもこのカードのラインナップはグレゴリが使っていたカードたちだ。カケルは険しい顔で投影装置を凝視する。カケルの目の前1列に陣地が出現しており、その陣地を守るグレゴリのモンスター軍団が現れる。その夥しい数にカケルは思わず引くつく。
〇機械工場[陣地] 体力10 ☆2
効果・貴方のモンスターは墓地にはいかずこの陣地の下にストックされる。この陣地が破壊されるとき、下にたまったストック3枚につきカードを1枚引く
ーここは死の工場だー
〇背水の陣[陣地] 体力15 ☆1
効果・この陣地は手札をすべて捨てることでプレイできる
ー自ずから退路を断つー
〇赤の時計台[陣地] 体力12 ☆4
効果・赤のスペルカードを捨てることでカードを1枚引く
―赤は加速―
〇死の祭壇[陣地] 体力8 ☆3
効果・この陣地にいるモンスターが相手モンスターを倒すたびに、カードを1枚引く
―死は次の命の糧となる―
〇女王蟻[モンスター] コスト4 4/4 スペル赤 ☆4
効果・全ての蟻カードは永久的に攻撃力+1、最大HP+1
―女王蟻はクイーン―
〇働き蟻[モンスター] コスト1 1/1 ☆1
効果・死亡時プレイヤーのHPを1回復する
―働き蟻はポーン―
〇兵隊蟻[モンスター] コスト2 2/2 ☆1
効果・死亡時相手プレイヤーに2ダメージ
―兵隊蟻はルーク―
〇羽蟻[モンスター] コスト7 1/1 ☆4
効果・死亡時この陣地に働き蟻、兵隊蟻、甲殻蟻、親衛蟻を召喚する
―羽蟻はキング―
〇甲殻蟻[モンスター] コスト3 3/7 スペル青 ☆3
効果・このモンスターはモンスター以外に攻撃できない
―甲殻蟻はナイト―
〇親衛蟻[モンスター] コスト3 2/4 スペル緑 ☆3
効果・【守護】
―親衛蟻はビショップ―
〇魂殺し[モンスター] コスト7 9/12 ☆6
効果・【守護】このモンスターが倒したモンスターを自陣の本陣に召喚する。ステータスは撃破前に基づく
―生に駆られ生を駆ける―
(蟻カードが1枚ずつにダメ押しの「魂殺し」。こんなの反則だろ・・・!それにグレゴリのデッキの特徴はドローソースが充実していることだ。今も陣地に最大コストまでモンスターが召喚されていない理由はいつでもモンスターを補充できるからだ。長期戦になったら勝ち目などまるでない)
カケルは歯軋りする。グレゴリは気に食わない性格をしているが、世界大会優勝者だ。カケルはただの下手の横好きだ、そもそも土俵が違う。それにグレゴリはカケルよりも前にこの世界に来ているのだろう。陣地を配置されてモンスターも大量に配置されている、いわば土台が出来上がっているのだ。相手はプレイヤー、つまり向こうもスペルを使うしアイテムも使ってくるという点も考慮しなければならない。「地喰い」戦以上の過酷なクエストだとカケルは認識する。
(勝てるか?いや勝たないといけない。この王都の未来のためにも)
カケルは敵の陣地を探して王都を旅している間にこの王都の現状を見て、一人決意する。奴隷や人身売買は当たり前。人々は権力者の目を気にしながら生活しているが、一部はそれすらも利用して富を築いている。随分と人々の表情に違いがある町だと思う。王都を散策しているとふと空気が変わる時がある。あまりの異質さに顔を上げると、目の前には悪趣味な髑髏をモチーフにした祭壇がある。瞬間、背筋が凍る気持ちがして、上手く空気が吸えなくてヒュッと変な音がする。カケルはこの景色に見覚えがある。急いで周囲を見渡すと見たくない太陽が骸骨の上に浮かんでいる。気付けば辺りはいつの間にか瘴気に満たされており、王都の雰囲気は消え失せている。
『ようこそ、私の戦場へ、名も知らぬ人間よ』
「・・・ものすごいプレッシャーですね。頼みますからその手に持っているどす黒い槍をおろしてくれませんか?俺は災厄に挑みに来たわけじゃないんですよ」
『ふむ、お主とはまた会える気がしている。覚悟を決めたらいつでも来い』
魂殺しの冷たささえ覚えるその言葉を皮切りに、カケルはもんどりうってその場から離れる。恰好など気にしてられない、一刻も早くこの場から離れなければいけないという生存本能がただただカケルの足を強制的に動かす。どれほど走っただろうか、カケルは走り疲れてその場にへたり込む。もうここはいつもの見慣れた王都グーンラキアだ。カケルはホッとして、そしてその感情に怒りを覚える。
「くそっ、俺笑えるほど弱ぇなぁ・・・!」
「地喰い」戦でカケルが戦えたのは隣にユタの村の戦士たちがいたからだ。だがここにはユタの村ほどの温かさは感じられない。人々は奴隷になっている誰かを見て、自分じゃないと安堵する。自分自身が被害に遭わなければ好き好んで英雄を気取る人間などいる筈もない。この王都にはカケルのような子供はいないのだ。王都の冷たい風に吹かれて、カケルはただ乾いた声で笑う。




