命の重み
「さて、長かったようで短かった旅ももう終わりだ。今日中にはこの森を抜けて王都に着く。最初はどうなると思っていたが、中々に楽しかったぞ。世界中の人間がお前たちのような奴らなら、私も嬉しいんだがな」
「こっちも楽しかったですよ。エルフはヘボですけど、ヘボですけど。でも賑やかで楽しい旅路でした。ありがとうございました」
「待て、なぜ2回言った?」
このパーティーでの最後の1日が始まる。アルトリアとラパツはいつものやつをやっている。カケルはさっき木の枝を集めるついでに、今日の手札の交換を済ましてきた。引いたカードはリザードマン、捨てたカードは老兵ガルガンだ。
〇リザードマン[モンスター] コスト4 5/3 ☆1
効果・このモンスターはスペルで受けるダメージが1減る
ーリザードマンの戦士は盾と剣で語るー
〇老兵 ガルガン[モンスター] コスト3 4/8 ☆5
効果・このモンスターは陣地に攻撃するとき、攻撃力+1
ー今の時代は平和すぎる、それがいいー
(老兵ガルガンを捨てたくはなかった。オフィーリアみたいに、彼とも色々と話したいことがあったから。でも仕方ない、もうすでに誰かが老兵ガルガンを召喚したか、もしくはトゥグリみたいにこの世界で元から生きているんだ。彼にはその暮らしがある)
カケルは少し悲しい気持ちになりながら、それでも老兵ガルガンを捨てた。それぞれに営みがある。老兵ガルガンの居場所はここではない。カケルの手札の中でいつまでも燻る必要はないのだ。それを考えられるほどにカケルは成長した。カケルはいつものアルトリアとラパツの掛け合いを見て、思わず吹き出すとともに、物寂しさを覚える。今日でこの光景も見納めなのだ。せめて最後は笑顔で別れたいとカケルは願う。そんなことを考えていると次第に空が暗くなってきて、代わりに遠くの方に人口的な明かりが見えてくる。
「王都の城壁の明かりですね。もうすぐです」
ラパツさんがそんなことを言った時だった。突然遠くを警戒していたジャイアントラットがカケルに駆け寄ってくる。カケルはすぐに危機を察知して大声を張り上げる。
「敵襲!」
そう言い切ると同時に暗闇から少なくない数の矢が闇夜をつんざき一行に向かってくる。カケルはすんでのところで上半身を逸らし回避する。だが後ろから叫び声がして慌てて後ろを振り返ると、ラパツと兵隊蟻に矢が突き刺さっている。その傷を確認するよりも早く暗闇から襲撃者たちが剣をもって襲ってくる。
「有り金全部おきやがれぇ!」
「くそっ、これだから人間は!」
アルトリアが悪態をつきながら盗賊と鍔迫り合いを始める。カケルも気持ちをすぐに切り替える。命を奪うことに抵抗はない。もう地球の引き籠りではない、仮初ではあるがユタの村の戦士なのだ。盗賊の切り降ろしを無骨な直剣で受け流し、そのまま蹴り飛ばす。よろめく盗賊に有無を言わさず直剣を横に振り首を斬り飛ばす。流れるような動作で奇襲を決めて油断しきった盗賊を一人殺す。すると盗賊たちも警戒心をあらわにするが、盗賊たちはいささかカケルにばかり気を取られていた。そうここは闇夜の森、人間の目よりモンスターの目の方がよく見えるという事を忘れていたのだ。
「ぎゃあぁぁ!」
盗賊の悲鳴が聞こえる。後ろからジャイアントラットがガラ空きの背中に嚙みついたのだ。それに続くようにオフィーリアがファイアースピアを放ち、避け切れなかった盗賊を焼き尽くす。盗賊は言葉を発する間もなく灰塵と化す。オフィーリアはスペル赤を持っている。遠距離攻撃手段も持っているのだ。不利を悟った盗賊たちがモンスターの使役者であるカケルに狙いを定める。
「あのガキだ、あいつをやっちまうぞ!」
「ナイト!」
カケルに向かって無慈悲に振り下ろされる多数の剣、カケルが死を悟ったその時だった。ナイトがカケルの前に飛び出しその攻撃を一身に受け止める。カケルは叫ぶが、ナイトはその巨体で盗賊たちを吹き飛ばす。カケル達は急いで吹き飛ばされてダメージを負っている盗賊たちにトドメを刺す。そして襲撃を完全に防ぎきると、カケルは急いでナイトに駆け寄る。ナイトは盗賊達の攻撃を一身に受けた影響で、ボロボロになった腕をカケルに伸ばす。だが力及ばず腕を伸ばすことを諦めて、いつものように胸を叩く。そして涙ぐむカケルの目の前で腕をタラリとだらしなく下に伸ばす。
「ナイト、待て、待ってくれ!嘘だ、君は俺のナイトじゃないか・・・!」
カケルは現実を拒むように投影装置を眺める。するとそこにはナイトのHPが確かに0になっていることを示す証拠と共に、ナイトの効果が変化していることが読み取れる。
〇ウッドゴーレム[モンスター] コスト3 4/0 ☆2
効果・【守護】
ー無機質だが木の温もりを感じるー
これはどういうことだとカケルは固まる。ウッドゴーレムは元々効果など何もないモンスターだった。だが今は【守護】という効果を持っている。ディープワールドカードゲームの世界では【守護】持ちを倒さない限りその陣地やプレイヤーにダメージを与えることは出来なかった。つまりナイトも同じくカケルを守ったという事なのだろう。それこそ文字通りその身を挺して。カケルは茫然とするがアルトリアが声を荒げる。
「何をしている、まだ終わっていない!ラパツとお前のモンスターの兵隊蟻が死にかけているぞ!鏃に毒がついている、毒消しは持っていないか!?」
「毒消し・・・?あ、一つだけ・・・」
未だ上の空のカケルは何とか手札にサソリの毒というアイテムカードがあることを思い出す。そうだ、アルトリアの言う通りまだ終わってなどいない。今すぐに毒の対処をしないとこのままではラパツも兵隊蟻も死んでしまうのだから。だがサソリの毒は1枚だけ、つまりどちらかの毒は治らない。一瞬カケルの脳内に王都まで買いに行くという選択肢が浮かぶ。だがその選択肢はすぐに打ち消される。
「戦闘音!?まだ盗賊がいたのか、だが一体何と戦っているんだ?」
暗闇の向こうから戦闘音が聞こえてくる。だが肝心の何と戦っているかまでは分からない。しかしカケルはすぐにいつも一行の事を遠巻きに眺めているピーギァの群れがいないことに気付く。この未知の森には強いモンスターはそれほどいない。森狼やマイコニドでは盗賊達を見かけたらすぐに逃げるだろう。それに盗賊達にとっても狩るほどの価値もない。マシーンゴーレムはパーツは高く売れるが、あのモンスターは攻撃手段としてビームを撃つはずだ。となると残りは一つしかない。カケルは震える足を叩いて、無理やり前を向く。覚悟を決める、いつまでもナイトの死を悲しんでいては、目の前でまた一つ命が消えていくだけだ。カケルは決死の思いで自然の治癒を自分に使う。今までカケルが必死に練習してきた体力増強のスペルで今のカケルの最大HPは16、現HPは12となっている。そしてカケルが必死の思いで自然の治癒を唱えたことによりカケルのHPは14となり、アイテムの使用コストも2空きが出来る。カケルは迷わずサソリの毒を具現化する。
「まて、カケル。お前今何をした?」
「・・・終わったらすべてを話します。だから今は何も言わずにこの薬をラパツさんにのませてください。毒消しです」
「兵隊蟻はいいのか?」
そのアルトリアの何気ない一言にカケルは先ほどナイトを失った記憶がフラッシュバックする。そして苦虫を噛み潰したような顔をして、返事をする。
「良いんです。・・・兵隊蟻、ごめん。俺には君を救えない。駄目な主人でゴメン、今までありがとう」
そのカケルの独白に兵隊蟻は弱弱しく触角を動かしてカケルの背中を押す。まるで、気にするな、前を向けと言っているかのように。カケルはそれに後押しされるように暗闇の中に飛び込む。残されたアルトリアは少しの間カケルの背中を見ていたが、すぐに毒消しをラパツに飲ませる。カケルは一人で暗闇を走り抜ける。何故こんなことをしているのかと自問自答する。
(滑稽だな、クエストで「手負い」を倒せと言われた俺が、「手負い」を助けようと走っているんだからな)
地喰い討伐戦の時は地喰いにとどめを刺したのはトゥグリだったが、それでもカケルは報酬を得た。つまり誰が倒したとしても、倒された瞬間に報酬が入るのだ。しかしカケルは今「手負い」を助けるために走っている。クエストに抗い、天命などと言う2文字の言葉でピーギァの命を終わらせない。「手負い」は確かに誰かに召喚されたのだろう、そしてその召喚者は亡くなり「手負い」だけが孤独にこの未知の森で生きて来た。だがそんなことなど関係はないという様にカケルは急いで「手負い」の下へ向かう。
(助ける・・・!)
思い起こされるのはほんの少しの間だけの繋がりの中で見えた「手負い」の優しさ。ただ自然の治癒をかけた人間と木の実を届けるモンスターという構図ではない。いや最初は「手負い」にとっては純粋な感謝の意を込めてなのかもしれない。だが毎日木の実を届けるという行為は感謝だけではないだろう。そんな「手負い」に会うたびにカケルが笑顔になっていったのもまた事実だ。昨日まで悩んでいた自分自身が馬鹿らしくなってカケルは嘲笑する。そしてカケルは辿り着く。「手負い」と盗賊達の戦場に。
「大人しくしやがれ!「手負い」のピーギァの毛皮はあまり傷つけるなよ、値が下がる!」
頭領とみられる大男が手下の盗賊達に命令する。その命令通りに盗賊達が一斉に「手負い」に挑みかかるが、「手負い」はそれらを最小限の動きで躱していく。だが手数が多い、いずれは避け切れなくなる。盗賊達は武器に毒を塗っているから、掠めでもすればそれが致命傷たり得る。カケルは大声をあげて盗賊達の注意を引く。
「やめろ!俺の友達に手を出すな!」
「何だこのガキ?やっちまえ!」
「やられてたまるかっ」
盗賊達が新たに現れたカケルに剣を突き刺す。とっさにカケルは横に躱すが剣はカケルの脇腹を容易く抉り、カケルは思わず苦痛に顔を歪める。だがそれは一瞬、すぐにカケルはお返しとばかりに剣を盗賊の喉に突き刺す。喉を突き刺された盗賊はゴポゴポという空気が混ざった血を地面に垂らし、絶命する。カケルは毒に顔を歪めるが、高い体力だけが取り柄であるカケルは、汗を流しながらもしっかりと構える。だが誰がどう見ても多勢に無勢、カケルにとって分が悪い。だからカケルは投影装置に目をやる。
「スライム召喚!」
カケルはスライムを召喚する、いや召喚してしまった。それはつまりナイトが死んでコストが空いたという事に他ならない。だが感傷に浸る時間などはない、今はとにかく「手負い」を守るためにカケルは最善手を打つ。召喚されたスライムが盗賊達に襲い掛かる。同時に暗がりからジャイアントラットが盗賊達に噛みつき、至る所から悲鳴が聞こえる。勝てるとカケルが思ったその時、ブォンという風を切り裂く音がして、一呼吸遅れて轟音と共に木々がなぎ倒される音がする。カケルが見れば真っ二つにされたスライムとジャイアントラット、そして巨大な剣を振りぬいた頭領の姿が映る。
「好き放題やってくれたな、モンスター使い。だがお前を守るモンスターはもういない。覚悟しろ」
「・・・っ!」
カケルは思わず冷や汗を流す。その頭領の気迫に思わず逃げ出したくなる。頭領の言う通りカケルを守るモンスターはもういない、いや正確に言えばまだオフィーリアがいるが、先ほど火のスペルを使ってファイアースピアを放ってしまったオフィーリアとカケルの2人で、この大男相手に近接戦を仕掛けるのは無謀と言うほかないだろう。カケルは最後の切り札である陣地カード・誰かの隠れ家を使って手札を補充しようとするが、またエラー表示が出て肝心のカードが使えない。万策尽きたと感じたカケルが捨て身の攻撃を覚悟したとき、後ろからアルトリアが現れる。
「アルトリアさん!?何故ここに?」
「ラパツにはもう毒消しを使った。急いで駆け付けたが、厄介な相手が残っているじゃないか。私が相手してやる」
アルトリアは気丈に振舞う。だがカケルはそのアルトリアの肩が震えているのを見逃さなかった。そうだ、彼女は恐怖を目の前にして、なお立ち向かおうとしているのだ。それがどうしてもトゥグリとだぶる。前のカケルなら恐怖に中てられて足がすくんでいただろう。だがカケルは恐怖を押し殺してアルトリアと肩を並べる。横を見ればオフィーリアも一緒にいる。
「カケル、いいのか?最悪死ぬことになるぞ」
「そっくりそのままお返ししますよ」
「私は二人についていきます。星は最期に輝くのが美しいんです」
3人は不敵に笑う。対峙する大男は青筋を立てながら、顔を醜くゆがませる。まるでやってみろ、と言う様に。王都の人間が寝静まる深夜、王都からすぐの未知の森の中で月夜に照らされて、今まさに壮絶なる戦いが繰り広げられようとしている。




