09.第4回戦――新しい愛機の初陣
――第四回戦。
「わお、注目の的みたいだね!」
「鬱陶しい視線だわ」
相変わらずのマイペースなブライトマン兄妹。優也はそれに苦笑しながら軽くストレッチをしてからヘルメットを抱える。
「――万全は尽くした、つもり」
コクピットへ向かおうとすると、皆瀬がタブレット端末片手に話しかけてくる。
「正直――不安は、ある。これから試合に向かうパイロットに言うことじゃないことはわかっているけれども……」
「う~ん……まあ、気持ちはわかるよ」
優也は苦笑した。正直なところ、間に合わないとされた機体をここまで準備するだけで凄いことで、そこからさらに細かい部分の調整となると時間が足りなさすぎた。
実際、チーム内では「四回戦はハチクロで出て、準々決勝からにしたらどうか?」という声が無かった訳ではないのだが、パーツが足りないハチクロとスペック上はハチクロよりも上のレベリオン――どちらが勝つ可能性が高いか? という議論になった末、レベリオンで最善を尽くそうとなった。
「調整を優先したから、テストも出来なくて……私が、もっと早く決断していたら良かったんだけど」
「ま、今更言っても仕方ないでしょ。大事なのは、今ある『武器』で最善をつくすこと――でしょ?」
優也がそう言って笑えば、皆瀬も苦笑しながら「そうね、その通りだわ」と返す。
「とりあえず、君好みの味付けに調整したつもりではあるけど、パーツの精度とか相性とかあるからね……実戦の中で上手く手懐けてよ」
「ウチのチーフエンジニアは厳しいねえ……」
「あれ? 知らなかった?」
おかしいなぁ~、と笑っているジーンに、優也も苦笑して「うん、何年か前から知ってたや」と返す。
「組み上げ自体はしっかり行ったわ。あとはセッティングの精度がどの程度かだけど……」
無表情に見えて、しっかり見ればどこか心配そうなシェリル。そんなシェリルに「まあ、ここから先はパイロットの仕事だよ」と笑って見せる。
「……変わったわね、ユウヤ。――ううん、昔みたいに笑うのね」
急にそんなことを言い出すシェリルに「どうしたの?」と聞くも、シェリルは「……貴方が勝って帰ってきたら話すわ」とだけ言って背を向ける。
「……?」
よくわからなかったが、優也は試合開始が迫ってきているのでコクピットへと向かった。
《申し訳ないが、データが不足しまくっている。可能な限り、この試合でデータを集めてくれ》
無線越しに轟にそう言われ、コクピットに収まった優也は「まあ、そうするしかないですよね」と苦笑しつつ了承する。
《ああユウヤ、レベリオンは理想値としては君の昨年までの相棒と近しいものを持っていると僕は思う。――が、実際はパーツの問題と調整不足でかなり劣る状態だ》
ジーンからの無線に「だろうね」と返す。――万全な状態、設計通りの状態であれば、きっとこのRE-RG02、『レベリオン 2nd』は昨年まで優也の愛機として世界戦を戦った『LR-Ⅳ』と近しい性能を発揮したことだろう。しかし、実際はそうはならない。設計どおりに組むことが許されなかった『レベリオン 2nd』は理想から乖離し、万年一回戦負けの機体となっていたのだから。
――しかし、今日からは違う。
プロとして――世界王者として優也が見た印象では、機体自体の問題も大きかったがパイロットの未熟さも顕著だった。それは低迷したレベリオンと契約するパイロットに上位ランカー程の腕がある筈もない、という現実ではあったが。『なるべくしてなった』万年一回戦負けだったが、今期はその『悪条件』のひとつであったパイロットが改善され、そして機体調整も超一流の手で行われている。
「――時間がないのが、本当に勿体ない」
万全の状態で乗ってみたいな、と思うが――それは次の試合までお預けだ。
「――勝たないとね、なんとしても」
メインカメラを相手側――今日の対戦相手、『マツダ ライトニング』の機体である『インパルス 06』に向ける。
非ファクトリー系チームとしては強力なチームで、世界大会への進出も数回果たしている名門チームだ。非ファクトリー系ならではの自由な発想から生み出されるアイデアはファクトリーチームも注目していると言われるほど。
(だからこそ、油断はできない)
企業としての大きさ、資金力と開発力のあるファクトリー系チームが強いのは当たり前と言われるが、ファクトリー系ゆえに斬新な技術に踏み出さなければならないことも少なくなく、ワークス機を関係チーム(セミファクトリー系チーム)に貸与する関係で常に開発を先行して行うことからトラブルや失敗もあり得る。セミファクトリー系チームはそこで「OK」となったパーツを使うことが出来るから、時と場合によってはファクトリーよりもセミファクトリーの機体の方が強い――なんてこともあるくらいだ。
対戦相手である『マツダ ライトニング』はその点、普段は土木作業用のRGの整備、改良を引き受けている『松田ロボティクス』が母体でありファクトリー系ではないのだが、整備と改良を通じて得たノウハウと優秀な『職人』達が組み上げたオリジナル機体はある程度の並はあれど、優秀な成績を収めてきた。それは彼らが『良いもの』に常に目と耳を効かせ、情報収集し、自分たちで研究してそれを取り込んできたからだ。
《相手さんも今期は調子が良いようだね――けど、やれるでしょ?》
さて、どうするか――と考えていると、ジーンが挑発するかのようにそう言ってくる。――きっと、ニヤニヤ笑っているんだろうなと想像ができた。
「――機体はともかく、パイロットが全力を尽くして結果を引き寄せる、それしかないよね」
《はっはっは! その通りだよユウヤ! Good Luck!!》
賑やかだなぁ、と思いながら、優也は大会本部からの指示を受けて機体をバトルフィールドへと進める。
「――結構、乗り心地良いな」
もっとゴツゴツした乗り心地かと予想していたのだが、予想よりもかなり乗り心地が良い。聞いていたダンパーのセッティングだと、もう少し硬いかと思っていたのだが。
《――時間がなくて、ごめん。だけど………勝って》
皆瀬から無茶なことを、けれども真剣にお願いされる優也。
「――絶対なんて、本当は言いたくないんだけど……絶対、勝つよ」
優也の言葉に驚いたかのような雰囲気が伝わってくるが、皆瀬から続く言葉はなかった。
「――行ってくる」
《――いってらっしゃい》
皆瀬にそう見送られ、優也は微笑みながら目の前に立つ『インパルス 06』を見据えた。
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――試合開始。
先手必勝、とばかりに『インパルス 06』が槍を突き出してくる。
「おっと――」
優也はレベリオンに回避させ、間合いを詰める。
『武器は、とりあえずダガーとハンドガン。専用の武器はソードタイプがあったんだけど、機体が大破した時に一緒に、ね――』
皆瀬の説明を思い出し、「リーチがもう少し長いと楽なのに……」と思ったが、無い物ねだりしたところでここに突然生えてくる筈もないので、ダガーを構えて突き出される槍に対抗する。
《機体の方は異常なし。むしろ、まだまだ余裕があるわ》
皆瀬の言葉を裏付けるように、レベリオン2ndは優也の違和感なく動きつつも滑らかで余裕を感じさせる手応えだ。
(これで初起動なんだから――本当に、良いスタッフが揃ってる)
ブライトマン兄妹もそうだが、レベリオンには良いスタッフが揃っている。それなのにここまで低迷してしまったのは、まさに巡り合わせが悪かったとしか言えない。
しかし、そんな低迷の日々も終わりだ――優也は、確実な手応えを機体だけではなく、チームから感じていた。
――それは、実力があり結果も残していたのに感じられなかった、昨年までの『ルシファー』とは違う。
「――くっくっく。楽しくなってきた……!」
それは、競技を始めたばかりの頃――いや、始める前の頃の気持ちに近かった。ワクワクして、ドキドキして――どこまでも挑んでみたいと思えた、あの頃に。
「行くよ、レベリオン――アイツらに勝つために……!!」
そして優也はレベリオンの出力を、徐々に上げていった。