08.ひとつ、乗り越えて
「よっ――っと!」
従来よりも遥かに敏感になったスロットルを丁寧に開けながら、愛機――ハチクロを操る優也。そのレスポンスはモーターの出力不足があるものの、ここまで戦ってきた中では段違いだ。
――トーナメント、三回戦。
優也たちの相手は、ファクトリー系チームのクスミ・インダストリー。最新鋭機である『KSM-RG07』は前評判では優勝争いに絡むであろうとされていたが――今、優位に立っているのは優也のハチクロだった。
「んっ――よっ、それっ、ほいっと……」
自分の体を慣らすように、しっかりと確認しながら機体を動かしていく――その先にイメージするものは、昨年までの自分。いや……
――自分と、『LR-Ⅳ』のイメージ。
チーム――『ルシファー』を離れる、と決めた時……優也はすぐに各国のRGとチームを調べた。その時、単純に機体の良さという点で目立ったのは日本、ドイツ、そしてブラジルの各三カ国3チーム。その中でも秀でていたのはブラジルのとあるチームだったが……優也は『ルシファー』と似たようなものを感じてしまい、除外した。そして候補に残った2チームの内、選んだのは成績で言うと他2チームと比べて遥かに劣る、『レベリオン』だった。
――決め手は、機体から感じた『空気』。
レベリオンの機体は、『LR-Ⅳ』と似たものを感じた。それでいて、もっと素直な――感覚的なもので言えば、『純粋さ』を感じたのだ。それは、ブラジルのとある機体と、『LR-Ⅳ』にはなかったもので。機体性能という点ではドイツの機体の方が上だったが、優也は惹かれる自分を抑えられず、また母国であるというのも決め手の一つとなり……『レベリオン』にアプローチしたのだ。
(今期は乗れないかと思ったけど――)
皆瀬と、チームの皆が頑張って形にしてくれている。さらに、予想外の助っ人――ジーンたちがチームに加わってくれたおかげで、作業の質と速さがかなり上がっている。
(あんなに頑張ってくれているんだもの――ここで、コケる訳にはいかないよね……!)
相手――『KSM-RG07』はバランスの良い機体だった。秀でた攻撃力や機動力はなかったが、そのバランスの良さでパイロットを助ける良い機体だ。優也が並のパイロットで、平々凡々な機体に乗っていたら……負けたかもしれない。
――けれども、優也は元世界王者で、その機体は一流のスタッフたちが本気で調整した機体だ。
「負けるわけには――いかないよね」
優也はハチクロの小回りが利く特性を活かして『KSM-RG07』を翻弄し、関節部を狙って装備していたナイフを突き刺していく。相手も一方的にやられまいと手を出してくるが、それを余裕を持ってかわして追撃する。
そして、動きが鈍ってきた相手にナックルガード付きのパンチを叩き込み続け――優也はTKO勝利を決めた。
「ふぅ……これで、次の試合に進めるね」
自信はあったが、しっかりと勝利を決めて優也は安堵する。
《ナイスファイト、ユウヤ。機体への負担も軽くて実に美しい戦い方だったよ》
「ありがとう、ジーン。みんなのおかげだよ、気持ち良く戦えた」
《はっはっは、それはあとで、みんなに直接言うんだね! とりあえず、お疲れ様だよ》
「ジーンもね」
通信を終え、機体をピットへと戻す。ピットでは少し落ち着いていたものの、相変わらず派手に喜んでくれている。――それが今の優也には、嬉しい。
「――やっぱ良いよね、こういうの」
優也は、心からそう思った。
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《本日の試合、最も注目されたのはレベリオン対クスミのカードでした》
《いやあ……いくら世界王者のパイロットといえど、ハチクロでは……と、思ったのですがね。弘法筆を選ばず、というんですかねえ……いやあ、驚きました》
チームスタッフが集まったミーティングルームでは、今日の試合のハイライトを伝える番組がモニターに映し出されていた。
《ここ、この動きですよ……いやあ、凄いテクニックです。これ、パイロットの腕も問われますが、こんな動きについていける機体にも驚きなんですよ。これを、ここ最近低迷し続けていた『レベリオン』が成し遂げていると思うと、今期のチーム体制はかなり良いんじゃないかと思いますね》
《実は、この3回戦からチームの構成が変わって、監督、チーフエンジニア、チーフメカニックの登録が変更になっていますね》
《まさか、あのブライトマン兄妹が加わるとは……神代選手が呼び寄せたのでしょうかね?》
《『レベリオン』に呼べる人材とはいえないと思いますが……それを言ってしまえば、神代選手も『レベリオン』に加わる人材ではないですからね》
「ひでぇ言われようだな……まあ、否定出来ないのが悔しいところだが」
そう言って苦笑する轟。その横でオーナーである冴木も同じく苦笑する。
「金払いが良ければ移籍する、と思われているみたいで腹立たしいわね」
「はっはっは。仕方ないさ、プロってのはそういうものさ」
話題の人――ブライトマン兄妹は対象的な表情でモニターを見ている。
《そして、その『レベリオン』ですが――次戦でのエントリーに、機体変更届が出されています》
《まあ、ハチクロが出ているのがイレギュラーだったわけですが……本来の機体、『RE-RG02』が登場ということになりました》
《成績の出ていない機体ですが、しかしハチクロよりはマシでしょうからね……しかし、トーナメント直前の試合で致命的なダメージを受けて間に合わないだろうと言われていましたが》
《色々と手を回して修復した、ということですね》
「修復……? 違うわ、本来の姿を取り戻すのよ――うちの子は」
ふん……と不満げな顔を見せてから――不敵に笑う皆瀬。
「調整は順調よ――あとは、あなた次第」
そう言って、ジュースの入ったグラスをこちらに差し出す皆瀬。
優也は「ふっ……まあ、任せてよ」とこちらもグラスを差し出し、チン――と軽く触れさせる。
「次は、四回戦――それに勝てば、準々決勝だね」
ジーンの言葉に優也は頷く。
「まずは、ひとつひとつ……だね」
「石橋を叩き壊して進め、だっけ」
「叩き壊したら進めないだろ……」
ジーンのボケ(?)に苦笑しながら優也は端末で次戦の相手を調べる。有名な独立系(非ファクトリー)チームで、優勝経験も豊富だ。
「とりあえず、試運転が楽しみだな……」
「あ、当日まで無理だよ?」
「……は?」
「間に合わないから。うん。ごめんね?」
「えぇ……」
ジーンが笑顔で告げてきた話に、優也は口が開いてしまう。
「まあ、貴方なら大丈夫でしょう? それぐらいしか取り得ないんだから」
「酷い言われようだ……」
シェリルの、棘のある言葉もまた馴染んできた。――馴染んで良いものなのかは疑問だったが。
「最後までしっかり調整するから――こっちは、任せて」
皆瀬がそう言うのであれば、優也としてはそれを信じるしかない。
「それじゃあ、こっちはこっちでちゃんとコンディション整えておかないとね」
「風邪ひいたら殺すわよ」
「ストレートだね、ちょっと……」
黙々とチーズを食べながら、こちらを見ずにモニターを見ているシェリル。――色々あったけど、変わらずに接してくれるシェリルがありがたい。それはジーンも同様だったが。
「――ま、それぞれのベストを尽くすしかないね」
グラスの中の炭酸飲料を飲み干し、優也は軽くそれを掲げて笑った。
1週お休みをいただきまして、次回更新は7/23(土)、0:00とさせていただきます。