07.それは、破滅への『種』蒔き
「先輩! 新しい機体の設計、出来ましたよ!」
そう言ってタブレット端末をブンブンと振る、研究室の後輩。黒崎はそんな後輩を見て苦笑する。
「元気だな、お前は。……んで? 今度もまた、ぶっ飛んだ機体を作ったんじゃね―だろうな?」
「嫌だなあ、先輩までそんなこと言って」
――あ、こいつ……もう教授にツッコまれてるなこれは。
「今度のは、マジで良いですよ! 今までバッテリーとモーター間、出力のロスが課題でしたが、今度の設計なら飛躍的に解消されるんです!」
「はっ……言葉は正確に使えよ? 飛躍的ってのは、誤差かな? って微妙な数字のことじゃないなから?」
「馬鹿にしてます? 先輩……」
「お前な……自分のこれまでの設計と言動、思い出せよ?」
そう指摘するが、後輩は「いいから、見てくださいよ」と端末をよこす。
「どれどれ……」
表示されているデータに目を通す。設計、そしてシミュレーション結果の数値を見て――黒崎は笑うのをやめた。
「――お前……どうやってコイツを思いついた?」
「先輩の実験ですよ……前に、リミッター解除したRGに規定の倍以上の電力を与えたらどうなるか、って実験やったじゃないですか。あの時、暴走状態に持っていく割には出力とロスの関係が思っていたよりも綺麗だな……って思ったんですよ」
後輩が指摘する、RGの『コア』とバッテリー、モーターの関係。適切な『レンジ』に収めた電力と、適正化された出力系統――それらが組み合わさった時、RGはこれまで以上の高効率で起動できるのだ、と。
――それは、黒崎が求め、実験しているものであった。
「――お前、俺の研究手伝え。共同研究にするぞ」
「え、先輩のですか?」
「ああ――お前のその設計、俺の研究のゴールに必要なものだ」
黒崎がそう言って肩を掴めば、後輩は「痛いっすよ」と苦笑しながら「じゃあ、わかりました」と提案に乗ってくれた。
「俺とお前なら、どこまでも純粋な――究極のRGが作れる」
「はは……そうだと良いっすけどね」
後輩は、ただの理想論だと思っているのだろう。――けれども、黒崎にとってそれは、ただの理想論ではなく……絶対にたどり着かなければならないゴールだった。
「じゃあ、早速機体の設計をやり直すか。新しい『コア』に、お前の設計を活かした電力供給回路を組んで――よし、いけるな……」
「先輩、ひとりで納得してないで説明してくださいよ……」
「馬鹿、お前もそろそろ俺の考えを理解できるようになれ」
「天才の考えは理解できないっすよ……」
「――お前が言うのかよ」
黒崎はため息をつく。――自覚のない天才ってのも、厄介なものだな……と。
「お前は、何でRGのデザイナーなんか目指したんだ?」
「……なんです、急に?」
「競技用とか、土木用なんて言っちゃいるが……RGが最も発達したのは、軍事用だぜ? そんなもん、どうして選んだのかなってな」
黒崎の問いに、後輩は笑う。
「何言ってんすか……飛行機や車だって、最初は軍事用じゃなかったんですよ? そんなことも知らないんすか?」
「馬鹿にしてんのか?」
「ええ。――だって、そんな質問、馬鹿げてるじゃないっすか」
後輩は、そう言って笑う。
「そこに、RGって最高の『おもちゃ』があるから、本気で遊ぶ――それだけっすよ」
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「――なんて夢を見せやがる……」
黒崎は仮眠を取っていたソファから起き上がると、固まった身体を解すように伸びた。
「――三回戦、終わった頃か」
時計を確認し、なんとなく声に出して確認する。
地球の反対側――なんて言われる土地から、故郷のことを考えている自分になんとなく笑い、こだわりのないインスタントコーヒーを適当に用意して気休めに飲む。
「――起きたのね」
流暢な日本語で――まあ、日本人なのだが――話しかけてくる女に、姿を見ずに「ついさっきな」とだけ答える。
「もう少し反応速度を上げてほしいんだけど」
「そういうのはケンに言えよ」
「言ったわ。そうしたら、貴方に言えって。『無断で弄ってへそを曲げられたくない』だって」
「はん……言うじゃねえか」
「腫れ物扱いね」
「……それ、違わねえか?」
「……そう? 日本語は難しいわね」
黒崎の手からカップを奪い取り、中身を飲む女――雪菜。日に焼けにくい白い肌と、ベリーショートの黒髪が特徴的な小柄な女……いや、少女、と言っても良い年齢だ。
「おい……」
「間接キスだ、なんて子供みたいなこと言わないでよ? ――まっず……ナニコレ? よくこんなもの飲むわね……ただのカフェインの塊みたいだわ」
「味なんか求めちゃいねーよ。カフェインが取れりゃ良いんだよ」
「だったら錠剤とかでも良いじゃない……まったく」
カップを突き返してくる雪菜に苦笑し、黒崎はカップをデスクに置くと「で? 用件はそれだけか?」と問う。
「――日本に、面白い機体があるのね」
そう返してきた雪菜に黒崎は少し驚く。
「――どこで、そんな話を?」
「離れたとはいえ、自分の出身国を気にするのは、普通のことじゃないかしら?」
「――君に似合わない言葉だな、それは」
自覚があるのか、黒崎の返しに雪菜は「ふっ……」と笑った。
「――それで? だからなんだ?」
「貴方がバラ撒いた『種』って、あとどれぐらいあるのかしら? って、ちょっと気になっただけよ」
――『種』
なるほど、その例えは正確かもしれないと黒崎は思う。
手をかけ、『土』と『水』を用意して撒いた『種』。芽が出なかった者もいるし――咲いた『花』を散らせてしまった者もいる。その中で、しっかりと根付き、成長してきた『花』を、黒崎は楽しみにしていた。
「どれぐらいかな……正直、忘れちまったよ」
「ボケるにはまだ早いんじゃないかしら?」
「はっ……俺ぐらいの年齢になれば、いつお迎えが来たっておかしくないんだぜ?」
言って、笑う。――その時、迎えに来るのは『お前』なのかな……などと、らしくないことを考える。
「――ちっ。変な夢を見たせいで、調子が狂うぜ」
「あら、悪夢でも見たのかしら? 行いが悪いせいね」
「……まったく、どうして俺が関わったガキどもはこうも性格が悪いんだか……」
「失礼ね、事実を言っただけじゃない」
「それが性格悪いってんだよ」
――まあ、『ガキ』だけじゃ、なかったか……。
今はもういない『後輩』を思い出し、珍しく感傷的になる。――今日は本当に、どうかしている。
「――で、反応速度だったか。上げて、どうすんだ? 俺はお前が扱いこなせなかったからリミットを設けたつもりなんだがな」
「人は成長するものよ」
「……退化もするがな」
自信があるらしい雪菜。――そしてそれがただの見栄でもハッタリでもないことを、黒崎は知っている。
「――ま、お前がどうしてもって言うんなら、やってもいいぜ」
「上から目線ね?」
「上だからな。当然だろう?」
「……いい性格してるわね、本当に」
「褒めるなよ」
「褒めてないわよ」
バカバカしいやり取り――そんなやり取りが出来る自分に、苦笑する。
――まだ、俺って人間なんだな。
『――先輩。俺、諦めませんよ。俺は、先輩みたいに人間を諦めないっすから』
「――ったくよ……」
嫌なことを思い出し、頭をガシガシ掻いてからジャケットを手に取り、無造作においておいた部屋の鍵を手にする。
「――出るの?」
「調整、すんだろ? ――行くぞ」
「偉そうに」
悪ぶっているのか、大人ぶっているのか――そんな雪菜の態度は可愛いものだ。
「お前、機体が上手く扱えなくて負けました、なんてやったら本気で売り飛ばすからな?」
「あら、怖い怖い……私が、そんな無様なことをするとでも?」
「人間てのは不完全だからな……心配なんだよ」
――そう、人間は不完全で……脆弱だ。
――先輩。俺、理想への第一歩、踏み出しましたよ。
最後に寄越したメールに、そう綴っていた『後輩』。
しかし……アイツはその先――理想のゴールに辿り着くことのないまま、あの世に行ってしまった。
(お前の忘れ形見――俺を、楽しませてくれると良いんだがな)
撒いた『種』とは違う――けれども、同じ遺伝子を継いだ『若芽』。『可能性の塊』が見せてくれるのは、最高の未来か、失望の終着点か……それはまだ、わからない。
(『ルシファー』に、『レベリオン』――俺が基礎を完成させ、『種』達が育て上げた『芽』……)
ファクトリーにたどり着き、メンテナンス台に固定された黒いRGを見上げて黒崎は笑う。
「――俺の『ラストギア』を超えられるかどうか……楽しみだな」
黒崎は、ただ進む。――その先に待つのが、たとえ虚しい結末だとしても。