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06.動き出す、それぞれ

「丁寧はことは大事だけど、それで時間内に作業を終えられなければ意味が無いの。……わかる?」

「へ、へい! 姉御!!」


 シェリルがメカニック集団を集めて『指導(調教)』しているのを横目に、優也と皆瀬、ジーンは次戦向けの打ち合わせを進める。


「――向こうが気になるのは否定できないけど、僕らは僕らで進めないとね。シェリルに怒れられちゃうからね」

「あ、はい……」


 少し――いや、かなり引いているように見える皆瀬に苦笑しつつ、優也は「ジーン、こっちのパラメータはもう少し上げた方が落ち着くと思うんだけど」と話を進める。


「ん~? いやぁ、これで『落ち着く』って言うのは君くらいだねえ……ま、面白いから採用するけど」

「え?! で、でもそれだと暴れちゃうんじゃ……」

「あぁ、大丈夫大丈夫。彼は頭にネジが一本刺さってるからね、これで『落ち着く』とか言っちゃうんだよ」

「それを言うなら頭のネジが一本取れてる、だなぁ……」


 ジーンは綺麗な日本語を話すが、たまに冗談なのか本気なのかわからない言い回しをする。そういうのも『天才』の在り方なのかな……なんて適当に流してきたが。


「それにしても、ここの調整は面白いね……ナツキ、君が調整したのかい?」

「え、ええ……うちにはエンジニアがいなかったから……あの、何か駄目なことしてました……?」

「いいや! もちろん、トップレベルのエンジニアと比べたら拙い部分はあるけどね……狙いはハッキリしているし、それを実行させようってプログラムになっているから。悪くない腕だと思うよ?」

「あ……ありがとうございます……!」

「ははは、まあそんなに硬くならないで。僕らはチームメイトなんだから……ね?」

「は……いや、ううん! わか……った!」

「うん……まあ、ゆっくり慣れていこうね!」


 チーム内の配置――役割分担の変更で、チームはまだ少しバタバタしている。轟がチーム監督に転向、皆瀬がデザイナーに専念、チーフエンジニアにジーンが就き、シェリルがチーフメカニックとなった。

 いきなり加入した人間がチーフに就くことに対して反発もあるかと優也は思っていたが、チームはオーナーの決定を受け入れ、ジーンとシェリルを歓迎してくれた。轟も「まあ、チームをこのままにってのも……モヤモヤするからな」と、監督職への打診を受け入れてくれた。


「さあ、ユウヤ……今、皆は『レベリオン』の調整を頑張ってくれているけれども……君が次の試合を落したら、まあ今後を考えれば無意味ではないけど、しなくても良い苦労をさせてしまうことになるね?」


 ニヤニヤと笑いながらそう言うジーンに、優也は思わず苦笑する。


「変わらないね、ジーンは」

「ほんの少し会わないだけで相手が変わったら、それは相手が本音を見せていなかったってことだよ。もちろん、僕はいつでも本音で君に接しているけどね!」

「たまにはオブラートに包んでくれても良いんだよ?」

「はっはっは、今時オブラートなんて、分からない人もいるって」


 懐かしいやり取りにホッとしつつ、ユウヤはハチクロの次戦に向けた仕様を再確認する。――ジーンが言うように、いくら『レベリオン』を急ピッチで準備しようと、優也が次の試合で負けてしまえばその出番はなくなる。負けるつもりは最初から無いが、それでもちょっとは気が引き締まる。


 パーツの無いハチクロに関しては、やれることは本当に微調整だけだ。それでもジーンという優秀なエンジニアによるソフト面の調整と、シェリルという腕利きのメカニックが整えるハード――それを考えれば、前戦よりも状況はかなり楽だ。


「あの、ジーンさん――」

「ジーンで良いよ、ナツキ――それで、なんだい?」

「ここのパラメータをいじって、もう少しこうできませんか?」

「ふ~ん……? へぇ、面白いね。なるほど……うんうん! ハハハ! ナツキ、本格的に僕の下でエンジニアリング、学んでみないかい?」

「え、えぇ……?!」


 とりあえず、ジーンと皆瀬は問題なく協力できているようなので、優也は「じゃあ、何かあれば声かけて」とその場を離れる。


「――シェリル。調子はどうだい?」

「ユウヤ――ええ、快調よ。今朝はパンをおかわりしてしまったもの」


 表情を変えずに淡々と告げるシェリル。――彼女はそれなりに食べる人だが、朝はあまり食べなかったと記憶している。


「へぇ……それは凄いね」

「ええ。味も良くて今朝はご機嫌よ――それで? 暇そうに何をブラブラしているのかしら?」

「どんなものかな、と思って状況確認に」

「順調よ。ここのチームは経験不足だけど、それぞれの能力は申し分ないわ。……むしろ、なんでこんなチームに埋もれていたのか謎ね」

「こんな、って……」

「事実でしょ? 私も、二回戦、三回戦に出てくるようなチームならある程度評価するけれども――一回戦敗退の常連なのでしょう?」

「昔はそうじゃなかったらしいけれどもね」

「大切なのは今よ――過去の栄光じゃ、ご飯は食べられないの」

「――君の言うとおりだ、シェリル」


 正直すぎる感想に笑うとともに、シェリルも変わりないようで安心する。


「交換できる消耗品は全部交換したわ。――足りない部品に関しては、作れる物は作って、駄目なものは応急処置って所ね。とても不満だわ」


 完璧主義、とまではいかないが仕事に対しては常にベストを求めるシェリルなので、『応急処置』なんて状態で試合に挑むのが不満で仕方ないのだろう。


「まあ、そこはパイロットがカバーするってことで」

「そうするしかないわね……ホント、不満だわ」

「……シェリル、怒ってる?」

「――怒っていないと、本気で思ってたの?」


 睨まれ、思わず後ずさる。――綺麗な顔立ちのシェリルが本気で怒ると、正直とても怖いのだ。


「何も相談せずにチームを辞めて、部屋も引き払って――何の挨拶もせず! それで、私が怒っていないとでも……? 本当におめでたい頭をしているわね、ユウヤ? ――やっぱり、『整備(調教)』しないと駄目なようね……うふふ……」

「こ、怖いよシェリル……?」

「怒っているのだから、当たり前でしょう? 馬鹿なのかしら?」


 口で勝てるはずないのに、ついつい無駄口を叩いてしまった。優也は己の戦略ミスを後悔したが……時既に遅し。


「だいたい、貴方ね――」





――その後、チームの皆にチラチラ見られながら、公開説教を受け続けたのであった。



--------------------



「――本当に、興味深いわね」

「うん。こんなにも似ている(・・・・・・・・・)とは思わなかったよ」


 夜――ホテルの部屋で、ジーンとシェリルはジーンの端末を見ながら話をしていた。


「いくら機体を調整しても、パイロットの習熟期間が取れないのはユウヤといえども厳しいかな、と思っていたけれども――」


 そこまで話して、ジーンは苦笑した。


「――これじゃあ、その心配は不要だろうねえ」


 ユウヤの新しい『愛機』、『レベリオン』はその設計思想、プログラムが彼の昨シーズンまでの『愛機』――『LR-Ⅳ』に限りなく近いものだったのだ。


「記録から考えると――『レベリオン』と『LR-Ⅳ』の基礎設計はほぼ同じ頃ね。むしろ、『LR-Ⅳ』の方が遅いわ」

「――レオが盗用した(・・・・)というのでなければ……これは、どういう偶然・・だろうね?」

「馬鹿ね、兄さん――こんなの、偶然なんて呼べるものじゃないわ」

「おっと、手厳しい」

「――同じ『出自』である、と考えるのが自然でしょう?」


 ジーンはシェリルの『回答』に満足し、笑いながら首肯する。


「うん。そうだろうね。それが『自然』だ」

「ええ。――けれども、『何処』から……?」


 シェリルの疑問はもっともだ。イギリスと日本――離れた地の、世界王者とナショナルレベルのチーム。それぞれに所属したデザイナーが、『元』にした『データ』は何処から……?


「……同じ人間に師事していた、とかだと現実的なんだけどね」

「レオが日本へ留学したという話は聞いたことがないわ」

「だとすると、ネット経由かな……でも、そう考えると面白いし、怖いと思わないかい?」

「……怖い?」


 シェリルはわからない、という顔をしている。

 ジーンは思わず笑みを零しながら、「この世界は、本当に広いよ……」と口に漏らす。


「――だってさ、あんな『バケモノ』を作った、少なくとも基礎を作った人間が存在を知られずにいるのかもしれないんだよ?」

「……そういうことに、なるかしら?」

「ああ、そうだよ……そして、ね――」


 ジーンは『レベリオン』のデータを見ながら、ワクワクしていた。


「――僕らは、『ルシファー』以外にも、挑戦できる可能性があるってことだよ。そんなの、ワクワクするじゃないか……!」

「……兄さんらしいわね」


 シェリルは呆れたように笑う。


「ああ、ユウヤ……君のおかげで、もっともっと楽しめそうだよ……!」


 翌日の第三回戦を前に、ジーンは『その先』に待ち受けているかもしれない存在を意識し、身震いしていた。



--------------------



「――お久しぶりですね。三年ぶりくらいですか? まだ生きてらっしゃったんですね」

《おいおい、随分な言いようだな》

「あなたみたいな人間が誰にも恨まれずに済むとは思えませんから」

《はっ! よく言う……生意気に育ったもんだ》

「あなたに育てられた覚えはありませんね。――生きる術は、教えてもらいましたが」


 レオナルドは電話の相手に対して素直に告げると、相手も特に気にした風ではなく「まあ、その通りだ」と肯定した。


「それで、こんな朝から何のようですか? こちらは今、朝の六時ですよ」

《分かっていてかけてるんだよ。――どうだ、日本は? なかなか面白い国だろう?》

「セキュリティはまあまあですが、何かと生き辛そうな国だなと思いましたよ」

《はっはっは、そいつは厳しい評価だな。――だが、そんなんでも俺の祖国だ》

「――祖国だなんて、思っていないでしょう?」

《よく分かっているじゃないか》

「認めたくはありませんが、あなたの最後の弟子ですからね……」


 そう、電話の相手――『師』からは色々学んだが、この男を『師』と公言するのはどうにも憚られた。


《可愛くねえ弟子だな――ま、良いさ。俺は、弟子と『孫弟子』の対決を早く見たいから、よろしくやってくれや》

「――何の話ですか?」

《なんだ、気が付いていなかったのか?》


 相手は、レオナルドを馬鹿にしたように笑ったようだった。――電話越しでも、その様子がイメージできる。





《『LR-Ⅳ』のパイロットだった奴――ユウヤ、か。あいつが所属しているチームのデザイナーは、俺の弟子の娘だぞ。チームのRG、ちゃんと見てないのか?》





 まさかの発言に、レオナルドはスマートフォンを落しそうになる。


「何ですって……? でも、あのチームの機体はずっと一回戦敗退だったはず――」

《ああ、ありゃあ劣化コピーだからな、『オリジナル』の。――『LR-Ⅳ』と同等の環境で組んでたら、ちゃんと同じ性能を発揮できたはずだぜ? パイロットが扱いこなせるかどうかは知らんがな》

「まさか……」


 レオナルドは、ユウヤのことを思い返す。――まさか、それを知っていてユウヤはあのチームに行ったのか? と。


《――トーナメントの感じだと、当たるのは決勝みたいだからな……。お前が潰す可能性がないのは良かったよ。じゃないと、『世界』で戦うのを見られなかったからな》

「……俺の『ルシファー』に敵はいませんよ」

《パイロットが使いこなせれば、な。――お前の機体は、良くも悪くも俺の基礎理論の正常発展型だ。使える人間が使えばその性能を大いに発揮するが――そうじゃなければ、ただ扱いにくい『失敗作』だ》

「――パイロットも含めて、俺の『作品』ですよ」

《はっはっは! ほんと、お前は俺に似てるよ――アイツ(・・・)とは違う》


――アイツ(・・・)


 それが指すのは、レオナルドではない、もうひとりの『弟子』のことだろう。


《――気になるか? もうひとりの『弟子』が》


 図星を突かれ、レオナルドは黙り込む。


《ま、死んだ奴とは競えないからな――『孫弟子』の相手をしてやってくれよ》

「……亡くなったんですか、その人は」

《ああ……くだらない事故に巻き込まれて、な。――生きていれば、もっと俺を楽しませてくれたと思うんだがな……ま、今言っても仕方のないことだ、忘れろ》

「………」


――それは、俺よりも期待していたってことですか?


 そう聞くのは、レオナルドのプライドが許さなかった。


「用件は、それだけですか? 今日はこちらも試合なので、準備があるのですが」

《ああ、それだけだ。――ああ、そうだ。ついでに教えておいてやるが、昨日の試合でお前の機体、動きがおかしかったぞ。反応速度と出力がチグハグだ。チェックしておくのをオススメするよ》

「……珍しいですね、そんなアドバイスをするなんて」

《たまにはな。――それじゃあ、また機会があれば》

「……ええ。機会があれば」


 通話を終え、レオナルドは端末を開いて昨日の試合を確認する。自分のチームの試合映像を確認すると、確かに小さな誤差ではあるが、正常ではない動作を見せていた。


「まったく――どんな調整をしたんだ」


 レオナルドは溜息をつきながらチームへの指示書を追加する。


「ジーン達が辞めるなんて言わなければ、もっと順調に――」


 思わず愚痴がこぼれるが、やる気を失った者をチーム内に留めておいてもマイナスになる。――非常に有用なスタッフであったが、仕方ない。


「全く――君のせいだぞ、ユウヤ」


 レオナルドは腹立たしい気持ちでエンターキーを叩き込むのだった。

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