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04.第2回戦

前話と少し前後する場面があります。

「お、やってるね。調子はどうだい?」

「鹿島さん……ええ、おかげさまで良い感じですよ」


 借りているマンション内にある住民用ジム――そこでコンディション維持のためのトレーニングをしていると、チームのスポンサーである高島幸三こうぞうが声を掛けてきた。

 彼は高島エンターテイメントという総合企業の社長で、大のRG好きを公言している人間だ。チームの先代オーナー――冴木の父親――と懇意にしていたのがきっかけで、以来チームのスポンサーになってくれているという。


――もっとも、義理人情で金を動かせないのが大企業であり、最近はチームの成績不振から減額となっており、高島自身が個人的なスポンサーとなって追加援助してくれているらしい。


 優也が日本での生活を送る上で頼れる親戚はおらず、稼いだ金があるのでしばらくはホテル住まいでも良いか……と思っていた所、冴木から話を聞いて事情を知った高島がこのマンションのオーナーに話を付けてくれて、空いていた部屋を借りることが出来た。


「高島さんのおかげで快適な部屋を借りられたし、設備も整ったジムが使えて。本当に助かりました」

「いやいや、私に出来ることは少ないからね……出来るのは、こうやって君やチームを応援してくれる仲間を増やすことぐらいだよ」

「そんな……すごく助かっていますよ、僕たちは」

「そうだったら、嬉しいねえ」


 高島は朗らかに笑う。彼と知り合ってから読んだインタビュー記事ではキリッとした「出来る男」といった風貌の男性だったが、話してみるととても柔らかい雰囲気で、仕事とプライベートがキッチリ分けられているのだろうなという印象だった。


「次は、ヨツバだったね」

「ええ。ちょっと苦労しそうですが――勝ちますよ」

「はは……それを聞いて安心したよ。――おっと、秘書からだ。もう少し時間くれたって良いのにね?」

「ははは……まあ、お仕事は大事ですから」

「まあねえ……ウチが倒れちゃ、スポンサーフィー出せなくなっちゃうからね。頑張らないと」

「出して良かったと思っていただけるよう、結果を残してみせますよ」

「頼もしいねぇ……それじゃ、また」

「はい」


 仕事の合間に立ち寄った、というところだろうか。ここはセキュリティーはしっかりしているが、高島はここのオーナーと懇意にしており、また色々と便宜を図っているらしいので顔パスである。――まあ、わりと有名な企業の社長であるから、相当疎くなければ彼を知らない大人はいないだろう。


「――さて、そろそろ汗を流して、ファクトリーに行くか……」


 丁度良い時間だ――優也は汗をタオルで拭うとシャワールームを目指すことにした。



--------------------



――第二回戦、対ヨツバ戦。専門家の予想では6対4でヨツバ勝利だという。チームとしては思いの外高評価だと盛り上がったが、優也は最初の予想がコロッと変わっていて面白いなと思った。


(勝っちゃうかもしれないな、という風に思って貰える程度には、評価を上げられたってことだ)


 それは、パイロットとしてちょっと嬉しい。――これで評価がこちら側に偏っていれば、もっと嬉しかったかもしれないが。まあ、これが現実だ。所謂『ワークス』チームのRGに時代遅れなハチクロが勝てるとは、ちょっとでもRGを囓った人間ならまず思わないだろう。


「本当に……これで良いの……?」


 どこか不安げな皆瀬。優也は「大丈夫」と親指を立てる。





――ソールをソフトにして、ナックルガードを着ける。そして、装甲の一部軽量化(・・・・・・・・)





 明らかに「狙ってます」と言いたげなセッティングは、ちょっとでも想定から外れれば敗北必至なギャンブルじみたセッティングに見えるだろう。堅実な思考に思える皆瀬からすれば、不安で仕方ないのであろう。


「こちらでもチェックはするけど、一応モニターしておいてね。万が一、チェック漏れがあると怖いから」


「それは、うん……」


 まだ不安げな皆瀬に、優也は「大丈夫だって」と笑い、頭に手を置いてポンポンと叩く。


「ちょ……! 子供じゃないんだから……!」

「はは……! だって、すっごく不安そうな顔してるからさ」

「なるでしょ、普通?!」

「そうかなぁ……?」

「はぁ……これだから別世界の人間は……」


 何故か溜息をつかれた。


「まあ、良いわ……頑張って」

「うん。そのつもり」


 胸部分にスポンサーがひとつ増えたスーツを身に纏い、ヘルメットを被る。軽く身体を動かして調子を確認し、コクピットへと潜り込む。


「――それじゃ、行きますかね」


 メイン電源をON――計器類に明かりが灯り、優也は機体を起動する。


「スポンサーの期待に応えるためにも、夢のためにも――頑張らないとね」


 そう言いながら、優也はヘルメットの中で笑っていた。



--------------------



「――コイツっ!!」


 試合開始の合図――それと同時に一気に間合いを詰めるつもりだったヨツバ YZ-R15のパイロット、三國恭介は敵機――レベリオンの89型6式、ハチクロを見失っていた。


《三國、左下っ!!》

「――?!」


 監督からの無線に反応しようとしたが、三國は直後に機体に加わった衝撃に息を呑む。


「こ、っの!!」


 掴まえようと左腕を伸ばすが、もうそこにハチクロはいなかった。


(俺とYZ-R15に、スピード勝負とはな……!)


 舐められた、と三國は思った。パワーと機敏さを両立させたヨツバのモーター、それを活かしたYZ-R15。単純な機敏性という点ではトップクラスの機体に劣るものの、近接格闘に持ち込めばこちらが勝てるし、離れても機動性と三國の腕でカバーして上位に残れた旧型のR14をあらゆる点で向上させてきた。――そんな自分達に、旧型の機体で、スピード勝負……?


――しかし、現実として三國はハチクロを、神代優也を捉えることができず、一撃、二撃と攻撃を加えられていた。


 さすがは世界チャンピオン――三國はそれを認めつつ、それでもまだ負けるとは思わなかった。いかに世界チャンピオンといえど、機体の性能差は歴然。戦い方を変える必要は無い、しっかりと耐え、捌ききれば相手のソールは摩耗するしこの程度の攻撃の積み重ねなど――


「――っ?!」


――大会側で計測しているダメージ値が、いきなり上がった。


「どういうことだっ! センサー壊れてんじゃないのかっ!」

《三國、装甲が破壊されたっ! センサーの故障じゃないっ!!》

「馬鹿なっ?!」


 信じられなかった。たしかに、攻撃を重ねられてはいるが、YZ-R15の装甲を破壊するほどの衝撃を受けた感じではなかった。ハチクロの攻撃力が一気に上がったわけでもないのに、何故……?


「?! ま、また……?!」


 ダメージ値が、増えていく。一定以上のダメージ値を超えれば、テクニカルノックダウン(TKO)で負けてしまう。信じがたいが、そんな結末が見えてしまうほど、三國はハチクロの攻撃に脅威を感じ始めていた。


《三國、距離を取れっ! このままじゃ負けるぞっ!!》

「そうは言ってもな――ぐっ!!」


――また、破壊される。


(いったい、どうなっている……?!)


 単純な『破壊力』だけでは、明らかにこちらの装甲が破壊されるほどのものではないはずだ。それなのに、こうも破壊されるというのは――三國は状況が把握できなかった。


「くそっ……!! とにかく、掴まえないと――」


 自慢の機動性の高さも、この化物・・の前には霞んでしまっていた。大柄な機体から想像も出来ない高機動性こそ、YZ-R15の自慢だったが――それを活かすこともできず、一方的にやられてしまっている。


(――悔しいが、認めざるを得ない……差があるのは、機体じゃなく……パイロットの腕だ……)


――いかに世界チャンピオンといえど、ハチクロではその腕を活かすことは出来まい。


 そう思っていた自分の油断に、三國は己を恥じた。しかし、今更後悔しても遅い――勝負は始まっており……そして、終わろうとしていた。


「――くそぉ……っ!!」


 三國の叫びが、虚しくコクピットに響く。――そして同時に、試合終了のブザーが鳴り響いた。


――完敗。


 三國とYZ-R15はレベリオンのハチクロに一撃加えることすらできず、TKOで敗北となった。





「――相手が、悪すぎた」


 監督は、それだけ言ってコクピットから降りた三國の肩を叩いて撤収作業に入った。――まだ、罵倒された方がマシだったと思えるほど、三國のプライドはズタズタだった。


 三國が振り向き、レベリオンの方を見ると――ハチクロは、少しよろけながらピットへと戻っていた。


「はっ……ソールを使い切ったってことかよ……」


 三國は、少しだけ笑って……それから泣きそうになるのを堪えた。


――機動性もパワーもこちらが上。

――いかに相手が世界チャンピオンといえど、この圧倒的な性能差を活かしきれば勝てる。


 そんな、こちら側の考えを見透かされたかのような短期決戦――装甲が一部変わっていたのも、そんな短期決戦においてソールの負担を少しでも軽くしたいという思惑だったのだろう。微々たるものであるが、その微々たるもの(・・・・・・)を笑う奴に競技者たる資格はない。


 出力的に不利な筈のモーター、機体そのものも設計が古いハチクロを――あんな風に操り、最新鋭のRGを圧倒する技術。同じ土俵に立てば自分だって――そんな風に思っていた三國のプライドは、砕け散った。


 俯き、ヘルメットを脱いだ後もチームのスタッフは話しかけてこない。チームもショックだっただろうが、きっと気を遣われているのだろう。


「――情けない」


 三國は、そう漏らすと自虐的に笑う。

 格好付けたところで、プライドが何だと言ったところで、事実はひとつだけ――三國に、世界チャンピオンに勝てる腕は無いということだ。


――今は、まだ。


 それでも、ひとりのプロとして三國は拳を握りしめる。――今はまだ、届かないかもしれない。けれども……きっと、次こそは。


 自分を哀れんでいる暇なんて、ない。早く試合のデータを確認したい、何が改善できるのか、何が足りなかったのかを突き止めたい。


「次は、負けない――」


 三國はそう誓うと、撤収作業に加わった。

 機体を活かせず申し訳ない、次こそは――そう仲間に謝罪し、誓い……三國は次へ向けて歩み出した。



--------------------



「ギリギリだった……」


 コクピットから降りた優也はそう漏らすと、ピットのパイロット待機用シートにドサッと腰を下ろした。

 ソフトのソールを活かして、最初からモーターフル稼働で相手の死角に飛び込み、的確に同じ場所を(・・・・・)攻撃する――単純で、難しいそのミッションを優也は完遂することで勝利することが出来た。


「さすがは世界王者、と言いたいところだけど……本当に凄いわね」


 冴木が感心したような、それでいてどこか呆れたような表情と口調でそう言ってから、「とにかくお疲れ様」とねぎらってくれる。


「とりあえず、これで三回戦ですね」

「そうね……万年最下位に甘んじていたうちが、三回戦……か」


 そう言って苦笑すると、冴木はどこか遠いところを見ているような視線を空へと向ける。


「――長かったわ……」


 ホッとしたような、それでいてどこか悲しげな表情に優也はただ見守ることしか出来ない。――きっと、優也の知らない何かが、彼女にそうさせているのだろう。


「こんな機体で勝っちゃうなんて……ほんと、世界王者って化物ね」

「おいおい……そりゃないよ……」


 いかにも呆れた、という口調で皆瀬がドリンクを渡してくる。


「長期戦を仕掛けても不利、だったら短期決戦て……考えはわからなくもないけど、ほんと……こんな馬鹿げた作戦で勝っちゃうなんて」

「酷いなぁ……ちゃんと勝算はあったんだよ?」

「まあ、その実力じゃ、そうなんだろうけど……こっちはね、万年最下位だったわけ。――ちょっと、別次元過ぎて驚きしかないわ」

「う~ん……そんなもんかなぁ……?」

「世界連覇して、ちょっとそういう感覚忘れちゃったんじゃない?」

「――! ……かも、ね」


 苦笑してそう返しながら、優也は内心、ホッとしていた。


――そういう感覚忘れちゃった(・・・・・・)んじゃない?


(忘れちゃった、か……知らない(・・・・)、とは言わないんだね)


 そんな、聞く人間によってはどうとでも取れるようなことが――優也は、嬉しかったのだ。


「……? どうかした?」


 不思議そうな皆瀬に、優也は「……いいや、なんでもないよ」と笑う。


「さ、ペナルティ貰ったら勿体ないから、さっさと片付けようか」

「あのね、他の皆はもうそうしてるの。ゆっくりしてるのはあなただけ」

「なんか、棘がない?」

「気のせいよ」

「そうかなぁ……」


 ふん……とそっぽを向き、自らも片付けに加わる皆瀬。――その姿は、ちょっとウキウキしているような……そんな風に優也には見えた。


「さて……次は、どうしようかねぇ……」


 そんなことを考えながら、優也はヘルメットを置き、自分の荷物を整理し始める。


「―――」


――それは、たまたま。


 ふぅ……と息を吐き、たまたま首を動かして向けた方向に――彼は立っていた。


「――どうして……」


 スタンドに立つ、その顔に見覚えがあった。――苦楽を共にし、そして道を違えた……忘れようもない、かつての仲間の顔だった。


――レオ。優也に最高の相棒を与えてくれた、かつてのパートナー。


「レオ――」


 呼びかける声は、きっと彼には届かない。

 レオ――レオナルドは優也に背を向け、去って行く。その隣りに、見知らぬ青年を連れて。


「ねえ、荷物――って、どうかしたの?」


 皆瀬の呼びかけにも、優也は動けずにいた。


「どうして――」


 世界王者で、今は国内トーナメントを戦っているはずの『ルシファー』。そのチーフデザイナーであり、エンジニアでもあるレオナルド――その彼が、日本に居ることが信じられなかった。


「君は、一体……」

「ねえ、ちょっと――」


 優也は去って行く友の背を見送りながら、何かが起こっていることを感じていた。

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