03.物語の裏で~それぞれの道、戦い~
「流石、チャンピオンだよね。――ニッポンのランカー程度じゃ、相手になっていない」
目の前で嬉しそうにそう話す青年――ミハエルの言葉にレオナルドは「だろうね」とだけ応える。
――こんなところで転けてもらっては困る。
自分を――仲間達を裏切ったアイツに対して、レオナルドはそんなことを思う。
同じ方向を――同じ夢を見ていたと思っていた。けれども、アイツはそうじゃなかった。自分達とは違うのだと言って、生まれ故郷に戻ってしまった。――こんな、RG後進国に。
RGの発明は、ロボット工学において革命と言える出来事だった。それを成したのがこの国――日本の技術者達だったことは有名だが、今では後発の国に追い抜かれ、追われる立場から追う立場へと変わってしまっていた。そんな国で、アイツは何をしようというのか?
――理解出来ない。
ピットで仲間達と嬉しそうに話すアイツの姿に、違和感を覚える。――あんな顔、見たことがない。
――いや……。
そうではない。たしか――チームを組んで最初の頃は、あんな顔を見せていたような気がする。それが、変わったのはいつだっただろうか……もはや思い出せない。
今、自分が見ているアイツは、自分達の知る絶対王者――『knight K』の登録名で戦っていたアイツではないのだろう。ああ……そういえば、アイツがあんな笑顔を見せなくなったのは、登録名を変えた頃だっただろうか?
「上がってくるかな? さすがに、次は苦戦しそうだけど?」
どこか楽しそうにミハエルは言う。それに対してレオナルドは「少しの機体ハンデ程度じゃ、アイツは止められないさ」とだけ答える。
「信頼しているんだ……やっぱり、一緒に戦ってきたから?」
「信頼……? そんなんじゃないさ……正確な分析だ」
「ふ~ん……じゃあ、そういうことにしておくよ」
苦笑しながら何かを納得したような顔のミハエルに少しイライラしながら、レオナルドは「帰るぞ」とその場を離れる。
「挨拶していかないのかい?」
「……試合で当たったのなら、そうするさ」
「素直じゃないねぇ……」
「………」
何も知らないくせに、とレオナルドはイライラを通り越して怒りを覚え始めていた。
――僕らの、何がわかるって言うんだ。
国内トーナメントから始めて、世界へ。そして、頂点を掴んだ。結果だけ見れば順調だったが、それなりの苦労は重ねた。連覇だって、世間が見ているほど楽ではなかった。――アイツのモチベーションが、落ちていたから。
――『どうして、そんな顔をするんだ? 僕らは、勝ったじゃないか』
――『……それを皆が分からないから、だよ』
アイツは、悲しげに笑った。勝ったというのに。連覇したというのに。
――そして、アイツはチームを去った。
――『――次に会う時は、きっと向かい側だよ』
どうして、そうなる? 僕らは上手くやってきたじゃないか。勝って、勝って……富と名誉を得た。競技RGをやる人間にとって、最高なことじゃないか。――それの、どこに不満があるというのか……レオナルドには、理解出来なかった。
――理解出来ないほど、僕らはすれ違っていたということか……。
そう分析できても、納得は出来ないし――アイツの言うことは理解出来ない。レオナルドにとって、今の状況はひとつを除いて理想そのものなのだから。
「難しいことを考えているのかい?」
「……そんなんじゃ、ないさ」
「ふ~ん……そう?」
「ああ」
レオナルドは、ミハエルのRGパイロットとしての腕は買っているが、人間としてはどうにも相容れない感じがして嫌だった。――どうしても、アイツと比べてしまう。
ユーロの育成リーグでデビューから目立っていた才能――それは、どこかアイツを彷彿とさせた。アイツと道を違えると分かった時、レオナルドはすぐに動いた。アイツの抜けた穴を埋められるのは、この青年だけだと思ったからだ。
そうならなければ良い――そう思いつつも、レオナルドは『もしもの時』に備え、ミハエルをバックアップする体制を整えた。彼の所属するチームと技術提携を結び、レオナルドが紹介できる範囲でスポンサーを紹介し、ミハエル個人とチームに『余裕』を与えた。
――そして今……レオナルドは自分自身の目でアイツを確認すべく、日本へとやって来ていた。
ぬるい環境に浸って落ちぶれているのであれば、レオナルドはアイツを忘れられるだろう。――そうであれば、ミハエルをゆっくりと支援し、それからイギリスへと連れ帰れば良い。そう思って日本へとやって来た。
――アイツは、やっぱりアイツだった。
個人所有の古い機体を使っているのは腑に落ちない点ではあったが、それでもアイツは日本のプロを相手に圧倒的な力量差を持って勝利していた。そしてそこには、驕りはひとかけらも無かったように思える。
(違約金、払わないとな)
一回戦の戦いを見た次の瞬間、レオナルドはそう思いミハエルの所属チームと『今後について』話し合いを持った。――ミハエルは来期、イギリスで戦うことになる。
――着信。
「――はい」
《ああ、おはようレオ。――そっちは、午後だっけ?》
「ミシェル、君にしては早起きじゃないか。そっちはまだ早朝だろう?」
《ははは、やることが多くてね。徹夜だよ》
「それは大変だね。それで、なんだい?」
《こっちは順調にやってるよ、って定期報告と、直接――って言っても電話越しだけどね、彼のことを聞きたいかなって》
「………」
通話の相手は、チームメイトのミシェル。彼女も、気になっているのだろう。
《レオ?》
「……ああ、悪い。あっちも順調そうだよ。オンボロ使わされているけどね」
《はあ……? 世界チャンピオンなのに?》
「日本に、アイツに見合う機体を用意できるチームなんて存在しないさ」
《うわあ……それ、そっちのチームで言わないようにしなよ?》
「僕だって馬鹿じゃないさ。それぐらいは慎むよ」
《そうかなぁ……レオって、理知的に振る舞おうとするけど根がアレだからさぁ……》
「……帰ったら、覚えておけよ?」
《ほらぁ! そういうところだよ!》
「ああ、煩いなぁ……切るぞ? 詳しいことはレポートにして送る」
《え、ちょ、まっ――》
まだ何か言いたげなミシェルを気にせず、レオナルドは通話を切る。
「向こうのチームの?」
「ああ……向こうは順調だそうだ」
「それは良かった」
ミハエルはそう言いつつも、特に結果を気にしているわけではなさそうだ。――彼にとっては、自分が入るチームの以前の成績よりも、入る時点での実力の方が大切だからであろう。
今、チームでは今期のみの短期契約で引退するベテランとイギリストーナメントを戦っている。自分達のチームなら有力なパイロットを選び放題ではあるが――ただ上手いパイロットでは、不満がある。
――求めるのは、最強。
勝利以外許されない自分達に、中途半端なパイロットはいらない。求めるのは、最強のみ――かつて自分達と共にあったパイロット以上のパフォーマンスだ。
――アイツに、後悔させてやる。
それは、レオナルドの私怨とも言えた。――いや、私怨そのものだろう。それでも、結果として勝利を得られるのであれば何も問題ではない。
「悪い顔してるなあ……何を考えているんだい?」
苦笑しながら指摘してくるミハエルを無視して、レオナルドは仮の拠点であるミハエルのチームへと向かう。
「ここからは、チームへのデータ提供と共に、セッティングを君専用へと大きく振っていくよ」
「へえ……? そうするとデータが取れないからって、やらないんじゃなかったっけ?」
「ある程度は取れたからね。……あとは、自分達の機体が使い方次第で有力であると信じさせられるデータを取れば良い」
「こういう風にして、パイロットがこう使えば強いですよ、って? ……それはとても悪いことだね、レオ」
ミハエルは苦笑しながら胸元で十字を切る。彼自身はそうではないらしいが、母親が熱心な信徒らしい。――どうでもいい話だが。
「次は、名前なんだっけ……オールラウンダータイプのところだよね?」
「ああ……オールラウンダーとは言うが、どこかが大きく劣っていないというだけで、秀でたものはない。パイロットの技量である程度誤魔化してはいるけどね」
「ははっ……じゃあ、こっちもパイロットの技量を見せないとね?」
「遊ぶなよ?」
「まさか。僕はいつだって本気さ」
「どうだかな」
「酷いなぁ」
そんなどうでもいい会話の後、レオナルドは軽く振り返る。
――ユウヤ……僕は、君を許さないよ。
レオナルドは、かつて友であった青年に向けて心の中で呟くと、不審がるミハエルを置いて移動を再開する。
――今度会う時は、反対側……敵同士だ。
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「――スポンサーは増えてきたけど、ちょっと厳しいわね……」
デスクの上に提示された資料に、冴木は難色を示す。――それでも、皆瀬は食い下がる。
「今大会はなるべく良い成績で終えて、次こそ――そう思っていました。けど、次も上手く行くなんて、保証は無いですよね?」
「それは、そうだけど――」
「父達は、そう思いながら無念にも命を落したのだと思います」
「――っ」
皆瀬の言葉に冴木は下唇を噛む。――父達の無念は、ふたりにとって共通の痛みだ。
「彼の機体は、たしかに良い機体です。――けれども、それは『あの年式の機体にしては』、です」
「……ハチクロだもの、ね」
「ええ。――そして、私達の機体なら、多少なりともマシに出来ます」
「そうかもしれないわね……でも、機体を直すにもお金がかかるわ。それに時間と手間も、ね」
「時間と手間は、何とかします。――オーナー……いいえ、良子さん。お願いします、予算の確保と……機体の分解の許可を」
「………」
冴木は皆瀬に背を向け、部屋の外を見る。――今日は、よく晴れていた。
「――私も、思い入れが無いわけじゃないけど……良いの? アレは、私よりも貴方の方が」
「良いんです。――その方が、父は喜ぶと思います。……結果的に、ですが」
「……ふふ。そうね、結果的には、ね」
冴木が苦笑する。――きっと、自分と同じように最初は怒りつつも最後は「良くやった」と渋々認めるであろう父の姿を思い浮かべたのであろうと、皆瀬も苦笑する。
「……わかったわ。各スポンサーにお願いしてみる。あと、新規のスポンサーも」
「すみません、大変な時に……」
「ふふ……それが、チームオーナーの仕事だもの」
そう言うと、冴木は資料をまとめ、受話器を手に取る。
「それじゃあ、さっそく当たってみるわ」
「お願いします。――良子さん、ありがとう」
「……ふふ。良いのよ」
手を振り、それから電話をかけ始める冴木を部屋に残し、皆瀬はそっとドアを閉じて部屋を出る。
「――よしっ!」
顔を叩き、気合いを入れる。――これから、さらに忙しくなる。
「頑張らなきゃ……私と、お父さんの夢のために!」
皆瀬は、増える作業量を考えつつも、ワクワクしていた。――そして、そんなワクワクを味わえるきっかけを与えてくれた彼のことを考える。
「がっかりした、なんて言わせないんだから……!」
そう呟きながら、皆瀬は準備運動とばかりに腕をぐるんと回すのだった。