02.国内トーナメント、始まる
――RG JAPANトーナメント、1回戦。
優也達、チーム『レベリオン』はこれまでの実績によりノーシードのため、1回戦からの戦いとなる。
「ド、ドキドキしますね……」
そう言ってスパナを握っているのは、整備士用キャップが似合うショートカットの女性、麦野智惠。小柄ながら大きな胸とお尻を気にしており、無理矢理整備服に押し込んでいるのが逆効果という……なんというか小動物的な女性だ。
「まあ、なるようにしかならないからね。――大丈夫だよ、たぶん」
「た、たぶん……ですか?」
優也が暢気にそう言うと、麦野は不安そうに瞳を潤ませる。
「こら。何ちーちゃん泣かせてるのよ?」
「いやいや、隣りにいたんだからそうじゃないって、わかってるでしょう?」
どこか冷たい皆瀬。彼女は黙々と機体チェックを進めていた。
「コンディションは上々、ってところね。あとはパイロット次第。――というより、パイロットの力が無ければ勝てない、っていうのが正しいわね……」
溜息をつく皆瀬。
「ミーティングを重ねて、理解して貰えたと思ったんだけどなぁ……」
「あのね! どこにこんな機体運用をするパイロットがいるのよ?!」
「う~ん……ここ?」
「ああ、もうっ!!」
頭をガシガシかいて、しゃがみ込んでしまう皆瀬。
「……大丈夫?」
「アンタが原因よ、アンタが!」
優也は「そりゃ失礼」と苦笑すると、チームジャケットを脱いで、上半身だけ脱いでいたパイロットスーツ――レーシングスーツのようなもの――を着る。
「イギリスじゃ、ずっと青だったから白いスーツは新鮮だな」
「無地なのは予算とスポンサーが無いからよ。――デザインの問題じゃないわ」
「……うん」
何となく気まずくなりつつ、優也は背後で苦笑していた冴木に「それじゃ、行ってきます」と声をかける。
「世界王者の本当の戦いっぷり、見せて貰うわね?」
「元、ですよ。ずっとダミー相手の訓練でしたからね……まあ、それよりは楽しめると思いますよ」
「自信があるのは良いけれども、足下をすくわれないでね?」
「そうよ、アンタが油断したら、全部パーなんだからね!」
「はいはい……分かってますって」
優也は苦笑しながら自分のヘルメットを手に取り、コクピットへ向かう。
ヘルメットは、新調するのは間に合わなかったので公式戦以外で使っていた、個人用のヘルメットを内装とステッカーだけ替えて対応した。さすがに内装はへたってしまうし、ステッカーはスポンサー絡みで問題が出るから気を遣う。
幸いなことに、個人スポンサーとして残ってくれたスポンサーはチームのスポンサーと被らなかったので(というか、レベリオンのスポンサーが少なすぎて被りようが無かった)、ヘルメットには個人スポンサーのステッカーだけ貼っている。
会場内ではこれから行われる試合の紹介がされており、前大会ベスト8の相手チーム、『光和インダストリー』に対して万年1回戦負けの『レベリオン』がどの程度やれるのかという話題で実況と解説が盛り上がっている。その中でやはり話題の中心となったのは、元世界王者の優也が時代後れなハチクロでどう戦うのか、ということだった。
〔あの『ナイトK』であるとすると、その実力は間違いないと思いますが……さすがにハチクロでは厳しいでしょうねえ……〕
〔しかし、神代選手は『ナイトK』としてイギリストーナメントに出場していた際には、特別戦で今回エントリーしているハチクロを使って優勝しています〕
〔チーム力が大きいでしょうね。正直に申しまして、あの『ルシファー』と比べると……『レベリオン』はどうしても見劣りしてしまいます〕
《失礼な奴らね》
会場内の音声では無い、無線越しに聞こえる皆瀬の不満げな声に思わず苦笑する。
「実力の世界だっていうのは、皆瀬さんも言っていたことでしょ?」
《思うのと言われるのでは、違うのよ》
なるほどとも思える皆瀬の言い分に苦笑しつつ、優也は機体をスタンバイモードからアクティブへと切り替える。
サブモニターに表示される機体のパラメータが戦闘モードのそれに切り替わり、各種センサーは機体が正常に起動していることを示している。
「それじゃあ――始めようか」
《ソールはミディアム、ロットはあなたの指定通り。リングに上がったら、軽くチェックして。ファクトリーの床と会場の床だと、食いつきが違うでしょうから》
「了解」
《一応、システムは指定通りに書き換えたけど……万が一の場合はセーフティーモードを選択すれば、標準の仕様に戻せるから》
「それは安心だね」
《何言ってるのよ、そうなったら勝ち目は殆ど無いのよ?》
皆瀬の言葉に「まあねえ……」と苦笑する。
――機体の基本スペックが参加機体中最下位という優也のハチクロが勝つためには?
優也はこれまでの経験と、プロアマ戦等のメイントーナメント外で愛用してきたハチクロの素直な操縦性で戦うしかない。――実際、イギリスで行われた特別戦も、そうやって勝ち残り……優勝したのだ。
「パイロットの腕の見せ所だね」
《……嬉しそうね?》
本気で楽しんでいたのが漏れ出てしまったのか、皆瀬に指摘されてしまう。
「……わかる?」
《まあね……こんな不利な状況で、そんなテンションでいられたら……ね》
なるほど、と優也は思う。
「勝負が出来る、挑むことが出来るのってさ……凄くワクワクするんだ」
《……そう》
勝ち目の薄い――いや、無いと言っていい試合を前にしてそんなことを言っている優也に呆れたのだろうか、皆瀬は溜息のような空気感を無線越しに感じさせながらそれだけ返してきた。
《――そろそろ、時間よ》
会場内に、ブザーが鳴り響く。――試合開始、二分前だ。
「ワクワクするね……!」
優也はヘルメットのバイザーを下げ、下唇を舐めて笑った。
――やっと、戦うことが出来る。
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チーム『光和インダストリー』のパイロット、山下和也は愛機である『KI-12B』のコクピットでこれまでに無い汗をかいていた。
山下が相手をしている、時代後れな機体――アスカ八九型六式、通称『ハチクロ』。そんなものが自分の今日の対戦相手であるが、山下に余裕など無かった。
「――これがハチクロなもんか……!」
山下はハチクロの動きに押されていた。それは出力的に旧時代の機体とは思えないほど強烈で、俊敏だったのだ。
(デタラメすぎる……! モーターを変えたところで、こんな動きがハチクロに出来るものか……!)
――だが、現実として今、目の前に居るハチクロはそんな動きをしている。
「くそぉ……っ!!」
《山下さん、距離を取ってください!!》
自慢の火器も、こうして素早く懐に踏み込まれてしまえば効果を存分に発揮することなど出来ない。ナイフで応戦しようにも、そのナイフは空を切るばかり。
(俺は――俺達は、前回ベスト8なんだぞ……!!)
いかに相手が元世界王者とはいえ――新しいチーム、それも弱小チームに移籍して最初の試合。そして、機体は時代後れ甚だしいハチクロとなれば……負ける要素は無かったはずだった。
――しかし。
化物のような俊敏さで迫ってくるハチクロ。
ナイフで接近時に細かくダメージを重ねられ、離れたと思えばハンドガンで牽制、攻撃。こちらが1動く前に3――いや、それ以上動いている。
――完敗。
山下は、せめて時間切れの判定負けに持ち込もうとしたが――そんな甘えを元世界王者は許してはくれなかった。
蓄積されたダメージは遂に規定値を超え、山下とKI-12Bは時間切れ遙か前にポイント負けで敗退することとなった。
「――ふぅ」
機体を下り、ヘルメットを脱ぐ山下。相手のピットへと視線を向ければ、1回戦勝利の快挙にチームが大盛り上がりとなっていた。
「山下さん……すみません、改良が不十分でした……」
プロジェクトチーム責任者である徳本が頭を下げる。
「いや……機体のせいじゃない。――パイロットの、純粋な差だよこれは……」
それを認めるのは、嫌だった。――けれでも、それを認めなければプロではない。
――そして、その結果に不満を持ち、成長を望まなければそれもまた、プロではない。
「――次は、勝つ」
「……はい!」
前回大会で良い成績だったのだから、機体を改良して挑めば良い。相手が元世界王者だろうとも、時代後れのハチクロならばこちらが勝つ。――それら全てに、甘えがあった。だから、負けた。
山下は、悔しさや恥ずかしさよりも、プロとして大きな目標が出来たように思えることに胸を熱くし、次の大会が待ちきれない思いだった。
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「本当に、勝っちゃった……」
隣で呆然としている麦野に、皆瀬は頭に手を乗せて「当たり前じゃない」と言う。
(本当に、あんな作戦を成功させるなんて……)
皆瀬は麦野に当たり前だと言いつつ、事前に決めた作戦を完璧に決めた優也に驚いていた。
――これが、世界王者。
ピットに戻ってくるハチクロと、開いたコクピットから降りてくる優也に皆瀬は背中をゾクリと震わせた。
皆瀬だって、RGマニアなところがあるから世界大会の中継は何度も見ている。録画したり、販売されている動画も購入してチェックしている。――だから、世界のレベルというものは知っているつもりだった。
――これが、世界レベル。
しかし、いざこうして間近で、自分が調整したRGで戦うのを目にすると――自分が知ったつもりだったということに気が付かされる。自分が思っていた以上に、世界レベルというのは凄かったのだ。
――機体のリミッターを解除し、短期決戦。
分かりやすく、それでいて「そんなこと出来るわけがない」と思ってしまう、馬鹿げた作戦。――けれども、元世界王者はそれを確実に実行し、そして勝利した。
RGのリミッターは、機体のバランスを保つために必要不可欠なものだ。各チームが設計・開発する『オリジナル』にも、リミッターではないが制御プログラムとして最大出力を調整するシステムがあると言われているが、市販競技用RGにはメーカーが設計段階で想定したバランスを保つためにリミッターがかけられている。――今回は、それを解除した。
リミッターを解除すれば、各モーター、制御システムの処理速度は少なからず向上する。――しかし、その恩恵に対する代償として、機体バランスを著しく損なう。闇雲に解除すれば良いという話では無いのだ。しかし、優也はそれを選んだ。
(自分の技術に対する自信――いいえ、確信……)
チームの仲間に出迎えられ、笑っている優也。その明るさ、軽さには中継で見たことのある元世界王者にあった『絶対感』、『強者としてのオーラ』といったものは感じられない。
本当に、同一人物なのかと疑いたくなる変化、違いだったが――優也が目の前で示した結果、ここまでに機体制御でみせられた技術は、『本物』に間違いなかった。
「お疲れ様。貴方のおかげで、まずは第一目標クリアね」
「やりましたよ! 万年一回戦負けの我々が……ついに、初戦突破です!」
「やるじゃねえか、チャンピオン!」
冴木に拍手で出迎えられ、麦野や他のチームメイトとハイタッチを交わす優也。
「結果は上々……けれども、次からはさすがに警戒されるでしょうね……」
冴木が苦笑してそう言えば、優也は「でしょうね」と返していた。
「でもまあ……何とかなりますよ」
「凄い自信ね。さすがは世界チャンピオン?」
「はは……ひとりのパイロットとしての経験と自負……ってところですよ」
「なるほどね。――それじゃあ、みんな撤収よ! 遅くなるとペナルティになっちゃうから、急いでね!」
「「「はい!」」」
皆瀬は自分も返事をし、片付けに取りかかる。――けれども、視線は優也の方へと引き寄せられてしまう。
「あ、いいですよぅ! ここは私達に任せて――」
「いや、僕も手伝った方が早いでしょ?」
パイロットである優也が、片付けを手伝おうとしているのを麦野達が慌てて止めている。試合を終えたばかりのパイロットにそういうことをさせるのは、というのもあるが、レベリオンに勿体ないくらいの凄腕パイロットに怪我でもされたら……という不安の方が強いだろう。
「じゃあ、軽いものだけ運ぶね~」
「あ、だからいいですってばぁ~!!」
妥協点だったのか、軽いものを運び出した優也をそれでも麦野があわあわとしながら止めているのを、思わず笑ってしまう。
「――良い雰囲気ね。こういうの、久しぶりだわ……」
隣りに立った冴木にそう言われ、皆瀬は「そうですね」と応える。
「父と、貴方のお父さんの夢……叶えたいわね」
そう言って、ポンと肩に手を置いて微笑むと、冴木も軽いものを片付け始める。
――父さん達の、夢……。
『見てろよ、なつき。父さんの作ったRGがきっと――』
幼い頃の夢。RGデザイナーだった父が、父の親友であるレベリオンのオーナー――良子の父のために設計したRG。そのRGが世界制覇をする――それが父の夢であり、父達の夢であった。
――けれども、その夢は叶わなかった。
ある大会の帰り、チームがファクトリーへと帰る途中で――事故があった。事故に巻き込まれたチームの車の中で、先頭を走っていたオーナーと父が乗っていた車の損傷は激しく、乗っていた二人は病院に運び込まれたものの、ほぼ即死だったそうだ。
それから、チームは急遽後を継いだ良子が立て直しを図ったが、どうにか参戦体制を維持するに留まり……父達の死後、十年ほど経って『万年一回戦負け』の弱小チームとして定着してしまっていた。
皆瀬がチームに入り、デザイナーとして父の設計したRGを継承した機体を作り上げるも、手に入る部品の質、そして何よりもその機体を活かせるパイロットに巡り会えず――結果、期待をほぼ再起不能にさせられてチームまで去られるという事態に陥った。
(さすがに今年は駄目かと思ったけど――)
楽しそうに片付けをする優也を見ながら、皆瀬はふっ――と笑みを零した。
――Aトーナメントは無理でも、Bトーナメントなら……。
皆瀬は、早速ファクトリーに戻ってからする仕事の手順を再構築することにした。
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「まあ、想定の範囲内ではあるけど……」
ファクトリーに戻り、機体の整備を始めるレベリオン。そんな中、優也は機体の足底――『ソール』の確認をしていた。
RGのソールはゴムの一種で作られており、車のタイヤのようなものである。大会のフィールドや戦い方に合わせて選択し、装着する。スピードが売りのRGでもソールの選択をミスすればその自慢の速さも発揮できなくなるほど、RGのソールというのは気を遣うパーツだ。
「あ~……結構、荒れてるな」
脚部周辺担当のメカニック、後藤田が大柄な身体をノシノシと揺らしながら近付いてくる。
「今回のでまあ、ギリギリって感じですかねぇ……」
「長期戦となると、ミディアムじゃキツそうだな……保たせて戦うとなると、やっぱり難しいだろう?」
「そうですね……さすがに、トーナメント上位に出てくるような相手だと、厳しいでしょうね」
柔らかめのソールにして、無駄な動きをせずに瞬発力を活かして戦う、という戦法もある。だが、作戦が崩れて長期戦化した場合、ソールの摩耗は終盤での機動力に大きく悪影響を及ぼす危険性がある。そして逆――硬めにした場合は長期戦に耐えられるかもしれないが、グリップ力の問題で俊敏性に難がある。
「次の相手はオーナーと麦野がチェックしてくれてるが……たぶん、ヨツバだろう」
「ヨツバ、ですか……」
ヨツバ――四葉インダストリアルはRG製造においては国内大手で、老舗だ。社名を変える前、四葉重工時代からRGトーナメントには出場しており、国内では常に上位に入ってくるし、世界大会の経験もある。近年はレギュレーション変更のタイミングで成績を落しているが、実績と経験は侮れない。
「ヨツバだと、スピード勝負になりそうですね……」
「だな。――足回りのセッティング、皆瀬と詰めないとな」
参ったねと言いつつ、嬉しそうに笑う後藤田。
「ま、機体の整備は任せろ。皆瀬と打ち合わせ、あるんだろ?」
「あ、はい。それじゃ、お願いしますね」
「おう」
手を振って機体に取りかかる後藤田を残し、優也はミーティングルームに入る。そこには既に端末を起動して待ち構えていた皆瀬がいた。
「お待たせ」
「今データの分析が終わったから、丁度良いわ。座って」
促され、皆瀬の隣に座る。端末の画面には数値とグラフが並んでいる。
「まずは、国内初勝利おめでとう。それと、ありがとう」
「ありがとう、どういたしまして?」
「そこは感謝を素直に受け取りなさいよ。――それで、これが今回のデータね」
皆瀬が端末の画面を指さす。
「横軸が起動時間、縦軸が機体負荷の評価数値。見て分かるとおり、負荷はそれなりに――一般的に言えば、結構かかってる」
「だね」
「――それでも、リミッターを外してあれだけの動きをしたことを考えると……少ないくらいよ」
ふぅ……と息を吐き、皆瀬は目を瞑る。
「あれだけの動きをさせながら、駆動への負荷が少なすぎる……普通、あんな動きをさせたら、まず膝がやられる」
「だろうね」
優也は苦笑する。確かに、普通にリミッターを外して高機動で動かせようと思ったら――膝への負担が真っ先に気になる部分だ。
「――でも、実際はアラートが出る遙か前で瞬間的負荷が終わっている。――で、コッチの数字」
皆瀬が次に示したのは、脚部駆動のデータだ。
「こんなに繊細な膝の使い方をしているパイロットのデータ、初めて見たわ……ダンパーのセッティング、どうしてこんな設定に? って思ったけど……たしかに、『膝を柔らかく使う』なら、これの方が良いわよね……」
「ご納得頂けて良かった」
「普通、エンジニアは納得できないセッティングはしないんだけどね……」
皆瀬はそこでようやく笑った。――というか、苦笑していた。
「でも、さすがに次はそうもいかない」
皆瀬が画面に映したのは、次の対戦相手となるであろう――ヨツバの機体だった。
「『YZ-R15』……ヨツバ最新鋭のファクトリーマシン。練習試合では、爆発的な加速力を活かしたヒットアンドアウェイを得意としていたわ」
「ヨツバは昔からそんな感じだよね」
「そうね、あそこのモーター、トルクが凄いのよね……」
困ったわね、と腕を組む皆瀬。
「今回の戦法では、さすがに厳しいわよね……」
「まあ、素直にやったら終盤で不利になるだろうねえ……」
余裕を持って機体を振り回せるヨツバと、ムリヤリ機体を振り回しているレベリオン――長期戦化すれば、さすがに負荷が少ない操縦が出来る優也といえども機体における不利は否めない。
「それに、向こうはハードを履いても使いこなせるだろうし、ね」
ソールの硬さは条件や素材の組み合わせもあるが、一般的には反比例してグリップ力が落ちていく。硬ければ良い訳ではないのが難しいところだが、脚部のセッティングや機体の重さによっては状況が変わってくる。
「――確かに、公表されているデータからして重そうだものね」
重さは、押さえつける力になる。競技用RGでは最低重量が決められているが、最大重量は階級戦でもない限り設定されていない。そして世界トーナメントを目指す国内トーナメントは無差別級といった扱いなので、最大重量の設定はない。重ければ速さに影響を及ぼすが、硬いソールでも使いこなせる可能性があるというのは、若干のメリットだ。
――そして、ヨツバにはトルクフルなモーターがある。
「正直、次の戦略を考えると頭が痛いわ……貴方の腕を信じて今日のようにやるか、長期戦を考慮してソールを硬くするか……でも、それだとハチクロの俊敏さを犠牲にしかねない……」
悩んでいる皆瀬に優也は肩をポンと叩き、笑った。
「大丈夫、手はあるから」
そこには、三年連続完全制覇を成し遂げた元世界王者としての経験と自信があった。
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万年一回戦負けだったレベリオン。奇跡とも言われた初勝利の4日後、レベリオンの久しぶりの公式戦第二回戦が設定された。
相手は、予想通りヨツバのファクトリーチーム。専門家の予想では6対4でヨツバ勝利だという。チームとしては思いの外高評価だと盛り上がったが、優也は最初の予想がコロッと変わっていて面白いなと思った。
「本当に……これで良いの……?」
どこか不安げな皆瀬。優也は「大丈夫」と親指を立てる。
――第二回戦、対ヨツバ戦。
まだまだ決勝は見えないが、確実にここも獲らなければならない。
「こちらでもチェックはするけど、一応モニターしておいてね。万が一、チェック漏れがあると怖いから」
「それは、うん……」
まだ不安げな皆瀬に、優也は「大丈夫だって」と笑い、頭に手を置いてポンポンと叩く。
「ちょ……! 子供じゃないんだから……!」
「はは……! だって、すっごく不安そうな顔してるからさ」
「なるでしょ、普通?!」
「そうかなぁ……?」
「はぁ……これだから別世界の人間は……」
何故か溜息をつかれた。
「まあ、良いわ……頑張って」
「うん。そのつもり」
スーツをちゃんと着て、ヘルメットを被る。――スーツの胸には、ひとつだけスポンサーが増えた。
「――それじゃ、行きますかね」
まだ、『友』と向かい合える場所は遠い。――それでも、優也は新しい道をその場所に向かって、一歩一歩進んでいる。